【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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216 成人式 4

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 周りにいた人の全ての視線が自分に向いたことに気付いて、一太ははっとする。しまった。やってしまった。こういう人に言い返すと、ろくな事がないのに。
 晃の周りにできていた人集りだけが、しんと静まってしまった。
 それ以外の場所ではガヤガヤと話し声がするのに、そこだけが不自然に静かになったのだ。これはいけない。これは普通じゃない。一太は咄嗟に俯いて、自分に刺さる視線を見えないようにした。ど、ど、どうしよう。普通じゃない、と散々言われて自覚してからは、とにかく目立たないように、少しでも普通でいられるように気を付けてきたのに。
 でも、一太にはどうしても分からなかった。納得できなかった。今日ここに来た人たちは、成人式に出席しに来たんじゃないの? 成人式がどうでもいいってどういうこと?

「成人式が始まりますので、受け付けをして会場へ入ってくださーい!」
「時間に余裕を持って行動してください!」

 会場から出てきた大人が数人、声を掛けて回っている。
 行かなくちゃいけない。こんな所で足止めされていたら、式に遅れてしまう。一太は、一太と晃は、成人式に出席しに来たのだから。

「俺たち会場に入りたいので、どけてください」

 一太は、思い切って顔を上げてもう一度声を出した。これはさっき晃が言ったことと同じだから、おかしい言動では無いだろう。

「は? はあ? 行きたければあんただけで行けば? っていうか、あんた誰?」

 返事があったので、さっきと違って、おかしい言動では無かったようだ。会話ができそうで一太はほっとする。

「ええっと。俺は晃くんと一緒に行動するので、一人では行かないです。行く時は二人で一緒に行きます。それと、人に名前を聞く時は自分から名乗るのが普通だと思います」
「なんでそんな事言われなくちゃいけないのよ! あんたみたいな人、私覚えてないし! 誰? 何組の人? 何、松島くんの友だち面してんのよ」

 何組の人? ああ。同じ学校にいたと思われているのか。じゃあ、この人たちは皆、晃くんの学生時代の知り合いってこと?

「あの。僕、あなたのことを知らないんだけど」

 一太が口を開く前に、晃が言った。一太のことはさっき抱え込んだそのままだ。
 女性がぽかんと口を開ける。せっかく綺麗にお化粧したのに、表情で台無しだ。

「同じ学校の人? ごめん、全く覚えがない。それと、友だちが友だち面して何かおかしいかな?」
「え? え……やだ。わ、私、私よ。ほら、高校の時、お、同じクラスで、いつも一緒に……」
「ごめん、思い出せない。僕、女子の友だちなんていなかったし。あの、もういいかな。僕たち、会場に入りたいんだけど」
「あ、あ。ええっと……」

 晃は、一太の背中に手を回したまま、すたすたと会場へ向かって歩き始めた。取り囲んでいた人垣が、何となく割れて通してくれる。
 一太は、ほっとしながら晃を見上げた。

「あれでもういいの?」
「いいよ。だって僕、本当にあの子たちのこと覚えてないし。知らない人と写真撮られても困る」
「あ、うん」

 そりゃそうだ、と一太は頷いた。
 名乗ってくれたら、晃くんも思い出したかもしれないのに、と少しだけ思ったが、それでもあんなにたくさんの人と写真を撮っている暇はない。
 会場に入ろうとする人が少ないことが、一太には不思議だった。
 受け付けを二人、無表情で通って、広い講堂の空いている席に座ると、晃がほーっと息を吐き出した。

「いっちゃん。巻き込んでごめんね」
「え? ううん」

 別に晃が謝ることではない。晃も迷惑をかけられた側だ。何せ晃は、親しげに話しかけてきた女性が誰なのか知らない、と言っていたのだから。

「よくあるんだ。友人だと名乗る女性に声を掛けられることがさ。僕は女性の友人なんて岸田さんしかいないのに、何で勝手にそう思われてしまうんだか分からないよ」
「え? お前、女の友だちいるの? 彼女?」

 急に声がして、一太はびくっと肩を揺らした。スーツ姿の男性が三人、晃の横に座る。晃と一太が、人の少ない場所を選んで座ったものだから、三人並んで横の席に座ることができたらしい。

「いやあ。見てたぜ、松島。相変わらず女に囲まれてたな」
「メールに返事がないから、てっきり成人式に来ないんだと思ってた。来るなら来るって言えよな」
「そうしたら俺らが、いつものように女たちの相手をしてやったのに」

 随分親しげな三人は、皆それぞれ整った顔をしていた。晃ほどではないが、明るく話す様子は気さくで女性たちが放っておかなそうだ。

「……久しぶり」

 晃が、渋々といった様子で口を開いたので、先ほどの女性たちと違ってちゃんと知り合いらしい。

「おう。その無愛想、相変わらずだな。いやあ、懐かしい」
「さっきは人違いかと思ったぜ。随分と優しい口調で話してたからさ。お前、あんな話し方できたのな? 岸田さん? だっけ? 彼女が出来てちょっと変わったのか?」
「見えてるぜ、指輪。なあ、今日は一緒に来てないの? 写真は?」

 話が勝手に進んでいくこの感じは、どことなく安倍の様子に似ている。安倍といる時ほど、晃が気を許している様子はなかったが、たぶん晃の友人で間違いないのだろう。挨拶をするべきか、と一太が対応を迷ってそわそわしていると、こんにちは、と一人が身を乗り出して話しかけてきた。

「こ、こんにちは」

 とりあえず、挨拶が交わせてほっとする。

「松島の友だち?」
「はい、そうです」

 この晃の友人は先ほどの女性とは違い、一太に、あんたなんか知らない、誰だ、とは言わなかった。まあ普通に考えて、晃と一緒に成人式に出席しているのだから、親しい関係であることは分かるというものだ。

「地元こっち? 松島とは大学で知り合ったん?」
「ええっと、地元……」

 地元、というのは何だったっけ?

「地元は違うけど、僕が一緒に成人式に出席したくて誘ったんだよ。申請すれば出席できたから」
「へえ」

 三人ともが、晃の言葉にひどく驚いている。地元、は後で調べることにして、一太は晃に会話を任せることにした。が、晃の友人の目は一太の方を向いている。

「ええっと。友だちさんは、地元で成人式に出席しなくて良かったん? ほら、こうやって昔の友だちとかに会えたりするじゃん?」

 地元とは、もともと住んでいた場所のことかな、と一太は当たりをつける。会話をするために知らない言葉の意味を予測するのは、慣れた作業だった。この緊張感は少し懐かしい。最近は、知らないことを聞いても、誰も一太をおかしな目で見なかったから忘れていた。
 
「今の友だちと一緒にいたかったから」

 昔の友だちなんていない、という本心を隠して、一太はにこと笑う。まあ、晃と一緒にいたいのも本心なので嘘は吐いていない。

「へええ。そうなんだ。ま、いいや。で、岸田さんってどんな子?」
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