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228 卒業旅行 6
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「綺麗だ……」
日が落ちてきて、園内にはぽつぽつと明かりが灯っていた。本日二回目の観覧車。一太の人生では、三回目の観覧車だ。明るいうちに乗って、園内を上から眺めるのも楽しかったが、こうして、薄闇の中に浮かぶ明かりを眺めるのもとても良かった。一太が、晃と人生初めての観覧車に乗ったのは、こうして日が落ちた後だった。
「綺麗だね……」
隣に座る晃が、携帯電話を構えて一太の肩を抱く。一太は、目線を景色から携帯電話の画面に移して、ふわりと笑った。画面に、柔らかく笑う晃が見えて嬉しくなったからだ。自然に笑顔がこぼれるようになったのは、何時からだったろう。晃が撮る一太は、どれも馬鹿みたいに楽しそうだった。たった一年半の間に、見返すのも大変なくらいの写真が溜まってしまった。
ボタンを押してから、カシャリと音がするまでに少し時間があった。暗い時に写す設定だとそうなることは、もう知っている。こんなに暗くても、はっきりと人の顔が写ることも。背後の園内の明かりは、そんなに多くなかった。
「前も、撮ったね。こんな写真」
あれは、もっともっと大きな遊園地で、人もたくさんたくさん居て、どの乗り物に乗るのにも行列に並んでいた。甘いポップコーンを買うのも、一苦労だった。
「うん。撮ったね」
晃に、いっちゃんが好きだと言ってもらった場所。一太も、晃がとても好きだと返事をした。あの時に二人で写した写真は、現像して、今も一太の手帳に挟まっている。今、写したものより、もっとずっとたくさんの明かりが背後で煌めいていた。あの後、数え切れないくらいの写真を撮って現像もしたけれど、持ち歩く用の宝物の写真を選抜する時に、必ず生き残ってしまうのだ。
特別な夜の、観覧車の写真。
「晃くん、大好きだよ。これからもよろしくね」
目を見開く晃に、一太はにっこりと笑って抱きついた。
あの時の一太は、晃がくれた好きの気持ちを、まだあんまりよく分かっていなかった。誰より特別で、誰にも取られたくなくて、誰よりも一緒にいたい人。そんな気持ちをくれた事には気付いておらず、ただ、一太の贈れる精一杯の好きを返した。
きっと、晃は分かっていただろう。晃の渡した好きとは少し違う好きが返ってきたこと。それでも、好き同士になれたと、とても喜んでくれた。
今なら、と一太は思う。今なら、きっと間違えていない好きを渡せる。
誰より特別で、誰にも取られたくなくて、誰よりも一緒にいたい人。
「僕も。僕もいっちゃんが大好きだ。末永くよろしく」
晃が、ぎゅうと抱き返してくれた。
ありがとう。俺を好きになってくれて。ありがとう。俺のこと、いつもぎゅって抱っこしてくれて。
園内に、ゆったりとした音楽が流れ始める。
「当園にお越しくださり、誠にありがとうございました。当園は、間もなく閉園致します。足元にお気を付けて、お帰りください」
もし誰かに、遊園地で一番好きな乗り物は? と聞かれたら、暗くなってから乗る観覧車って答えよう、と一太は思った。
夜ご飯は、泊まるホテルの近くのファミリーレストランで食べた。はじめは、少し贅沢をしてみようかと、泊まるホテルの中にあるレストランのメニューを確かめに行ったのだが、自分たちの考える贅沢より三倍くらい贅沢な値段が付いていたのでそっと出てきた。
いつか、と安倍が言う。
「いつか、全員の金がいい感じに貯まったら、こんな料理も食べてみようぜ」
「いい感じ? いい感じってどんくらい?」
晃がくつくつ笑う。
「そりゃ、あれだ。いい感じだよ。貯金がいい感じに貯まったら食べにいくんだよ」
「具体的な数字じゃないんだ」
「んー。そうだな。十万? とか?」
実感が湧かないのだろう。首を傾げながら、安倍は言った。
「くくっ。分かった。じゃ、全員が十万貯まったら、上等な料理を食べに行こう」
「おう」
「今のこの料理でも、充分上等なんだけど」
岸田が、ぼそりと口を挟む。一太も、うんうんと頷いた。以前、晃と一緒に行ったファミリーレストランより、一つ一つの品の単価がかなり高い。その上、メニューがセット品じゃなく、メインに、ご飯やパン、スープなどを組み合わせるようになっている。何をどう組みあわせて食べようかと、三人はうんうん唸っていたのだ。晃は、あまり悩まない質なのか、値段を大して気にしていないのか、メインをあっさりと決めて、ご飯とサラダとスープバーの付いたセットにするというと、ちゃっちゃと机に置かれたタブレットに入力して、送信するのを待っていた。
三人がうんうんと悩んでいる机に、タイヤのついた機械が水を運んでくる。
「うわ。何これ。すごっ」
「おおお」
「オミズヲオトリクダサイ」
「喋った……!」
「……!」
岸田が、びっくりして大声を上げそうになる。一太もびっくりして息を飲んだ。岸田は慌てて口を押さえてから、神妙な顔で、水の入ったコップを机に下ろした。四人でまじまじと機械を眺めてしまう。
「うわあ、すご」
「初めて見た」
「うんうん」
「ね。ニュースでやってたのは知ってたけど、本物は初めてだ」
水の入ったコップを下ろした機械は、静かに厨房に戻っていく。ついつい皆でその行方を見守ってしまった。
「人が近くを通りそうになると止まるんだな」
「賢い」
「子どもたち、喜びそうじゃない?」
「確かに」
それとも、これからこうした機械が仕事をする店が増えてきたら、子どもたちは見慣れてしまって、何も言わないのかもしれない。
その存在に驚いたりしたら、レストランにいきつけていないことがバレてしまったりするのかな?
そんな事を考えてから、一太は、まあそれならそれでいいのか、と思った。今はもう、皆が知っていて自分だけ知らないことがあっても怖くない。知らなければ聞けばいいのだ、と思えるから。聞くことのできる相手がいる。初めてなら知らなくて当然だ、と思うこともできる。一太が、今まで一括りにしていたみんなの中にも色んな人がいて、知らないのは、一太ひとりって訳じゃないことが結構あると知った。
一太は、そんな風に思えるようになった事が嬉しい。これからまた、色んな体験ができそうなことも嬉しかった。
お高いレストランにも、お金を貯めてきっと行こう。この四人で! それはきっと、また、忘れられない思い出になるに違いない。
日が落ちてきて、園内にはぽつぽつと明かりが灯っていた。本日二回目の観覧車。一太の人生では、三回目の観覧車だ。明るいうちに乗って、園内を上から眺めるのも楽しかったが、こうして、薄闇の中に浮かぶ明かりを眺めるのもとても良かった。一太が、晃と人生初めての観覧車に乗ったのは、こうして日が落ちた後だった。
「綺麗だね……」
隣に座る晃が、携帯電話を構えて一太の肩を抱く。一太は、目線を景色から携帯電話の画面に移して、ふわりと笑った。画面に、柔らかく笑う晃が見えて嬉しくなったからだ。自然に笑顔がこぼれるようになったのは、何時からだったろう。晃が撮る一太は、どれも馬鹿みたいに楽しそうだった。たった一年半の間に、見返すのも大変なくらいの写真が溜まってしまった。
ボタンを押してから、カシャリと音がするまでに少し時間があった。暗い時に写す設定だとそうなることは、もう知っている。こんなに暗くても、はっきりと人の顔が写ることも。背後の園内の明かりは、そんなに多くなかった。
「前も、撮ったね。こんな写真」
あれは、もっともっと大きな遊園地で、人もたくさんたくさん居て、どの乗り物に乗るのにも行列に並んでいた。甘いポップコーンを買うのも、一苦労だった。
「うん。撮ったね」
晃に、いっちゃんが好きだと言ってもらった場所。一太も、晃がとても好きだと返事をした。あの時に二人で写した写真は、現像して、今も一太の手帳に挟まっている。今、写したものより、もっとずっとたくさんの明かりが背後で煌めいていた。あの後、数え切れないくらいの写真を撮って現像もしたけれど、持ち歩く用の宝物の写真を選抜する時に、必ず生き残ってしまうのだ。
特別な夜の、観覧車の写真。
「晃くん、大好きだよ。これからもよろしくね」
目を見開く晃に、一太はにっこりと笑って抱きついた。
あの時の一太は、晃がくれた好きの気持ちを、まだあんまりよく分かっていなかった。誰より特別で、誰にも取られたくなくて、誰よりも一緒にいたい人。そんな気持ちをくれた事には気付いておらず、ただ、一太の贈れる精一杯の好きを返した。
きっと、晃は分かっていただろう。晃の渡した好きとは少し違う好きが返ってきたこと。それでも、好き同士になれたと、とても喜んでくれた。
今なら、と一太は思う。今なら、きっと間違えていない好きを渡せる。
誰より特別で、誰にも取られたくなくて、誰よりも一緒にいたい人。
「僕も。僕もいっちゃんが大好きだ。末永くよろしく」
晃が、ぎゅうと抱き返してくれた。
ありがとう。俺を好きになってくれて。ありがとう。俺のこと、いつもぎゅって抱っこしてくれて。
園内に、ゆったりとした音楽が流れ始める。
「当園にお越しくださり、誠にありがとうございました。当園は、間もなく閉園致します。足元にお気を付けて、お帰りください」
もし誰かに、遊園地で一番好きな乗り物は? と聞かれたら、暗くなってから乗る観覧車って答えよう、と一太は思った。
夜ご飯は、泊まるホテルの近くのファミリーレストランで食べた。はじめは、少し贅沢をしてみようかと、泊まるホテルの中にあるレストランのメニューを確かめに行ったのだが、自分たちの考える贅沢より三倍くらい贅沢な値段が付いていたのでそっと出てきた。
いつか、と安倍が言う。
「いつか、全員の金がいい感じに貯まったら、こんな料理も食べてみようぜ」
「いい感じ? いい感じってどんくらい?」
晃がくつくつ笑う。
「そりゃ、あれだ。いい感じだよ。貯金がいい感じに貯まったら食べにいくんだよ」
「具体的な数字じゃないんだ」
「んー。そうだな。十万? とか?」
実感が湧かないのだろう。首を傾げながら、安倍は言った。
「くくっ。分かった。じゃ、全員が十万貯まったら、上等な料理を食べに行こう」
「おう」
「今のこの料理でも、充分上等なんだけど」
岸田が、ぼそりと口を挟む。一太も、うんうんと頷いた。以前、晃と一緒に行ったファミリーレストランより、一つ一つの品の単価がかなり高い。その上、メニューがセット品じゃなく、メインに、ご飯やパン、スープなどを組み合わせるようになっている。何をどう組みあわせて食べようかと、三人はうんうん唸っていたのだ。晃は、あまり悩まない質なのか、値段を大して気にしていないのか、メインをあっさりと決めて、ご飯とサラダとスープバーの付いたセットにするというと、ちゃっちゃと机に置かれたタブレットに入力して、送信するのを待っていた。
三人がうんうんと悩んでいる机に、タイヤのついた機械が水を運んでくる。
「うわ。何これ。すごっ」
「おおお」
「オミズヲオトリクダサイ」
「喋った……!」
「……!」
岸田が、びっくりして大声を上げそうになる。一太もびっくりして息を飲んだ。岸田は慌てて口を押さえてから、神妙な顔で、水の入ったコップを机に下ろした。四人でまじまじと機械を眺めてしまう。
「うわあ、すご」
「初めて見た」
「うんうん」
「ね。ニュースでやってたのは知ってたけど、本物は初めてだ」
水の入ったコップを下ろした機械は、静かに厨房に戻っていく。ついつい皆でその行方を見守ってしまった。
「人が近くを通りそうになると止まるんだな」
「賢い」
「子どもたち、喜びそうじゃない?」
「確かに」
それとも、これからこうした機械が仕事をする店が増えてきたら、子どもたちは見慣れてしまって、何も言わないのかもしれない。
その存在に驚いたりしたら、レストランにいきつけていないことがバレてしまったりするのかな?
そんな事を考えてから、一太は、まあそれならそれでいいのか、と思った。今はもう、皆が知っていて自分だけ知らないことがあっても怖くない。知らなければ聞けばいいのだ、と思えるから。聞くことのできる相手がいる。初めてなら知らなくて当然だ、と思うこともできる。一太が、今まで一括りにしていたみんなの中にも色んな人がいて、知らないのは、一太ひとりって訳じゃないことが結構あると知った。
一太は、そんな風に思えるようになった事が嬉しい。これからまた、色んな体験ができそうなことも嬉しかった。
お高いレストランにも、お金を貯めてきっと行こう。この四人で! それはきっと、また、忘れられない思い出になるに違いない。
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