【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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235 卒業旅行 13

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 食堂には、スーツ姿の男性と、一太たちと同じ年頃の女性三人が食事をしていた。席はたくさん空いていたので、それぞれから離れた場所を選んで四人で座る。部屋には、カレーの匂いが漂っていた。スーツ姿の男性がカレーを食べていることで、その強い匂いが部屋に充満しているらしい。
 
「カレーあるんだな。いいな」

 安倍が言って、立ち上がった。

「いやあ、朝からカレーはキツいでしょ」

 一太は、同じく立ち上がった岸田の言葉に同意だ。朝からカレーを食べたら、お腹が重くて動けなくなりそうだ。

「私、パンにしよ」

 二人は、迷いなくお皿と食事が並べてある机に向かっていった。

「僕たちは後で行こうか」
「うん」

 バイキング形式の食事がどんなものかの説明は受けてきた。晃の丁寧な説明を聞いたし、ネットで検索してバイキング形式の画像も見た。置いてある食べ物は、何でも取ってきて食べてもよくて、けれど取った品は残してはいけないことがルール。うん、できる。
 一太がドキドキしながら待っていると、宣言通りカレーを皿に盛った安倍と、小さなクロワッサン一つ、スクランブルエッグ、ウインナー二本、ブロッコリーをワンプレートに乗せた岸田が席に戻ってきた。飲み物はそれぞれ牛乳とオレンジジュースだ。

「そんなに種類無いけど、悩まなくていいかも」
「充分だろ? サービスだし」

 そう。この朝食バイキングは、ホテルの宿泊代金の中に含まれていなかったのだ。食べても食べなくても同じ値段。時間が合えばどうぞ、というホテルのサービスらしい。

「じゃ、僕らも行ってくる」
「はーい」

 緊張したまま、一太は晃と立ち上がった。見に行った机には、先ほど安倍と岸田が持ってきた品の他に、市販のヨーグルトが、皿に置かれた氷の上に並んでいた。飲み物は、牛乳とオレンジジュースの他に水もある。コーヒーと紅茶も、温かいものと冷たいものが置いてある。パンも、クロワッサンの他にロールパン、食パン、フランスパンが置いてあった。

「すご」

 見渡して、一太は思わず呟いてしまう。ネットで調べて予習してはいたが、実際に、並んでいる幾つかの食べ物や飲み物の中から何でも選んでよいと言われると、びっくりしてしまう。

「種類少ないなあ。ま、初めてのいっちゃんにはちょうどいいか」

 晃の呟きに、一太は目を見開く。
 これで、少ない?
 確かに、ネットで調べた時にはもっとたくさんの食べ物が並んでいた。あの中から自分が食べられる分だけ選ぶなど無理だ、と思ったものだ。
 これなら、何とか……。
 そう思いつつ、パンの前で考え込む。晃と暮らすようになるまで朝ご飯を食べる習慣の無かった一太には、小さいパン一つが限界だ。どれにしよう……。

「いっちゃん。クロワッサンとロールパンとフランスパン取るから、一口ずつ味見する?」
「いいの?」
「いいよ。一緒に食べちゃ駄目ってルールは無いんだし。おかずは、全部ほんの一口ずつお皿に入れて持って行ったらどう? ヨーグルトも半分こする?」
「そんなに入るかな?」
「残ったら食べてあげるよ」
「いいの?」
「いいよ。カレーはどうする?」
「カレーはいらない」

 一太は、そこははっきり言った。了解、と晃が笑う。

「選べたね」
「あ、うん。ほんとだ」

 飲み物も悩んだが、温かい紅茶にした。少し牛乳を足して、いつも通りだ。
 一口ずつ色々と味見できた朝食は、とても美味しかった。カレーを食べ終えた安倍が、パンを二つとおかずを並べて持ってきたことには、本当に驚いてしまった。安倍くんなら、バイキングはだいぶお得だろうなあと、一太はしみじみ思った。

 *

「おおお」

 見上げて、思わずそう言ってしまったのは仕方ない。一太は、お城を目の前で見たのは初めてだった。一太が行ってみたかった場所の一つ。小学校の修学旅行の行き先に書いてあったものだ。もちろん、一太の通っていた小学校が修学旅行で行ったお城とは違うお城なのだが、とにかくお城には違いない。
 修学旅行前には授業で詳しく習って、それから実際に訪れていた。修学旅行から帰ってきて、修学旅行の思い出を描きましょうという美術の授業で、お城の絵を描いている人が多かった。それだけ、印象に残った人が多かったのだろう。上手な子のお城の絵は、見上げた構図になかなか迫力があって、お城って格好良いなあと一太は思ったものだ。お金が払えなくて修学旅行には行けず、何を描くこともできなかった一太は、他の子が描いている様子をしばらく眺めていた。教師に気付かれて、外の風景でも描きなさいと窓際に置かれてしまったが。
 
「お、村瀬も城好き?」

 一太の、思わずの感嘆に反応して、安倍が言った。

「あ、うん。お城に来てみたかったから嬉しい」
「あー。修学旅行な」
「そう」
「いいよな、城。俺、結構好き」
「私も」

 岸田が携帯電話を構えて、お城を写真に収めながら言う。

「俺ら、趣味があって良かったよなー。城とかさ、何が面白いのか分かんないって言ってる奴も結構いてさ。修学旅行ん時」
「いたねー。駆け上がって上まで行っちゃってさ、着いたと思ったらすぐ、降りようぜって同じ班の男子に言われて、はあ? ってなった」
「色々見たいとこあるし、説明の看板も読みたいってのにさ。安倍くんおそーいって同じ班の女子に言われて、はあ? ってなった」

 何だか二人で似たようなことを言っている。ふふふ、と一太が笑うと、あ、悪ぃと安倍が言った。

「村瀬、修学旅行行ってないんだよな。こういう話、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。聞きたい。面白いよ?」
「そっか。なら良かった」

 安倍に気を使わせてしまった、という気持ちと、気にしてくれて嬉しい気持ちが入り交じって困ってしまい、一太は晃を見上げた。

「ん?」

 黙って三人の側に立っていた晃が、反射的に一太の頭を撫でる。安倍が、そういえばと聞いた。

「松島は? 城は?」
「行ったよ。修学旅行で」
「違う。好きかって聞いてんの」

 晃は、薄く笑っただけだった。

「ま、いいか。入るぞ」
「待って。お城の前で写真撮る」
「おう、撮ろう撮ろう」

 二人ずつ、お城を背に写真を撮って、入場券を買って城の中へ足を踏み入れる。
 新しく作り直されたものだと分かってはいても、石落としから下を眺めたりすると、うわあと一太は感動した。授業で習ったものを実際に見られるのは、何だかすごい体験だった。ルートは全部巡り、説明の看板でいちいち立ち止まって読んで、と長い時間城を堪能した。この班には、駆け上がる人も、おそーいと文句を言う人もいない。楽しいばかりだった。

「また、どっかの城に一緒に行こうぜ」

 城のてっぺんからの景色を、殿様のように堪能しながら安倍が言う。

「行こう行こう」
「行きたい」

 一太は、少しだけ気になって晃を見る。一緒に回ってくれていたが、晃は楽しかっただろうか?

「晃くん、楽しい?」
「うん」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「なら良かった」

 そんなに、お城が好きな風には見えなかったけれど。

「いっちゃんが楽しいなら、僕も楽しいよ」
「そういうもの?」
「そういうもの」

 なら良かった。
 あーはいはい、と聞こえて一太が横を向くと、安倍と岸田が何とも表現のしようのない顔で晃を見ていた。
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