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その日は、そのまま晃の実家に行った。一太には、自分が今住んでいる街とあの人が入院していた病院、晃の実家の位置関係がよく分かっていない。道順を覚えたり、そこへ至るまでの方法を考えたりするのが苦手な部分は、努力でどうにかなるものでは無いらしい。とにかく、誠にたくさん運転をさせてしまったことだけは分かった。あの人が入院していた病院から、そのまま電車で、自分が今暮らしている家へ帰れば一番迷惑がかからなかったのではないかと一太が気付いたのは、晃の実家に着いた後だった。もちろん、自分が暮らしている家へ帰る方法がよく分からない一太は、同じ場所に帰る晃に頼ることになるのだが。
「迷惑ばかりかけてすみません」
「何言ってんの、いっちゃん」
またお世話になってしまうことが申し訳なくて一太が頭を下げると、陽子が軽く笑い飛ばした。
「子どもたちの布団も下着も服も、いつ帰ってきてもいいように置いてあるんだから、いつでも帰ってきたらいいのよ」
その言葉通りにこの家には、何も持たずに来ても、一太の下着とパジャマがあった。タオルも好きに使うようにと積んである。歯ブラシも出てきたし、いつもの部屋にいつも使わせてもらっている布団が敷かれて、朝起きたら食事が出てきた。服も、スーツは焼肉臭いからうちにある服を着ていきなさい、と着替えを出してくれる。焼肉臭いスーツは、軽くたたんで紙袋に入れられた。
「帰ったらすぐクリーニングに出すのよ。入園式で着なくちゃならないんだから、間に合うようにね」
「分かったって」
「アルバイトはあと少しで終わりでしょ? 仕事始まるまでに、もう一回帰ってきたらいいのよ?」
「考えとく」
晃の返事が不満だったらしい陽子は、一太に笑いかけてくる。
「いっちゃん。のんびりしたかったら帰っておいで」
「あ、はい。ありがとうございます」
電車に乗る間際まで、陽子はあれやこれやと話してくれた。
「昨日は偉かったね。いっちゃんは、きちんと責任を果たして偉かった」
「そうでしょうか」
仮にも親の遺体を引き取らないと言い切った一太は、非情ではなかっただろうか。
「しっかりと自分のできる手続きをした。立派に見送った。偉かったよ」
「はい……!」
「ああ、立派だった。弟くんのことも、もう一太が心配することはない。彼には父親がいる。学校にも、しっかり通わせてもらっている。戸籍も父親の元に入ったから、一太とははっきり分かれた。彼に何か問題があっても、すぐに一太に連絡がくるようなことはないよ」
誠も、言葉を重ねてくれた。
そうか。俺は俺のできることをちゃんとしたのか。
「胸を張って生きなさい。君は立派な子だ」
「はい」
いらない、いなければよかった、と言われ続けて、それでも生きてきた。あの人の前からいなくなることさえ思いつかずに。でも。
逃げて良かった。
生きてて良かった。
こうして、一太の行動を肯定してくれる人に会うことができた。
「帰ろ、いっちゃん」
「うん。色々と、ありがとうございました」
頭を下げて、電車に乗る。向かい側に座った晃を見て、一太は唐突に、陽子があの人に告げた言葉を思い出した。
いっちゃんを生んでくれてありがとう。
ああ。
ああ、なんて事だ。
生んだあの人がいらないと言った命を、こんなにも大事に思ってくれる人たちが自分にはいるのだ。
生きていこう、胸を張って。
生きていこう、前を向いて。
一太は、心の底からそう思った。
「晃くん」
「ん?」
「ありがとう」
「え? 何が?」
「色々」
「え、うん?」
色々。色々だ。そばに居てくれて、手を繋いでくれて、一太のことを好きだと言ってくれて、一太のことを大事にしてくれてありがとう。
ぎゅって抱っこしてくれて、ありがとう。
「これからも、よろしく」
「もちろん!」
終わり
「迷惑ばかりかけてすみません」
「何言ってんの、いっちゃん」
またお世話になってしまうことが申し訳なくて一太が頭を下げると、陽子が軽く笑い飛ばした。
「子どもたちの布団も下着も服も、いつ帰ってきてもいいように置いてあるんだから、いつでも帰ってきたらいいのよ」
その言葉通りにこの家には、何も持たずに来ても、一太の下着とパジャマがあった。タオルも好きに使うようにと積んである。歯ブラシも出てきたし、いつもの部屋にいつも使わせてもらっている布団が敷かれて、朝起きたら食事が出てきた。服も、スーツは焼肉臭いからうちにある服を着ていきなさい、と着替えを出してくれる。焼肉臭いスーツは、軽くたたんで紙袋に入れられた。
「帰ったらすぐクリーニングに出すのよ。入園式で着なくちゃならないんだから、間に合うようにね」
「分かったって」
「アルバイトはあと少しで終わりでしょ? 仕事始まるまでに、もう一回帰ってきたらいいのよ?」
「考えとく」
晃の返事が不満だったらしい陽子は、一太に笑いかけてくる。
「いっちゃん。のんびりしたかったら帰っておいで」
「あ、はい。ありがとうございます」
電車に乗る間際まで、陽子はあれやこれやと話してくれた。
「昨日は偉かったね。いっちゃんは、きちんと責任を果たして偉かった」
「そうでしょうか」
仮にも親の遺体を引き取らないと言い切った一太は、非情ではなかっただろうか。
「しっかりと自分のできる手続きをした。立派に見送った。偉かったよ」
「はい……!」
「ああ、立派だった。弟くんのことも、もう一太が心配することはない。彼には父親がいる。学校にも、しっかり通わせてもらっている。戸籍も父親の元に入ったから、一太とははっきり分かれた。彼に何か問題があっても、すぐに一太に連絡がくるようなことはないよ」
誠も、言葉を重ねてくれた。
そうか。俺は俺のできることをちゃんとしたのか。
「胸を張って生きなさい。君は立派な子だ」
「はい」
いらない、いなければよかった、と言われ続けて、それでも生きてきた。あの人の前からいなくなることさえ思いつかずに。でも。
逃げて良かった。
生きてて良かった。
こうして、一太の行動を肯定してくれる人に会うことができた。
「帰ろ、いっちゃん」
「うん。色々と、ありがとうございました」
頭を下げて、電車に乗る。向かい側に座った晃を見て、一太は唐突に、陽子があの人に告げた言葉を思い出した。
いっちゃんを生んでくれてありがとう。
ああ。
ああ、なんて事だ。
生んだあの人がいらないと言った命を、こんなにも大事に思ってくれる人たちが自分にはいるのだ。
生きていこう、胸を張って。
生きていこう、前を向いて。
一太は、心の底からそう思った。
「晃くん」
「ん?」
「ありがとう」
「え? 何が?」
「色々」
「え、うん?」
色々。色々だ。そばに居てくれて、手を繋いでくれて、一太のことを好きだと言ってくれて、一太のことを大事にしてくれてありがとう。
ぎゅって抱っこしてくれて、ありがとう。
「これからも、よろしく」
「もちろん!」
終わり
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