【完結】第一王子と侍従令嬢の将来の夢

かずえ

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15 無理でございます

 夕食がすんだ頃に、アドルスが帰宅した。年配の細身の紳士を連れている。

「トリスタン・リシャール殿だ。殿下の侍従をしてくださる。事情はお話ししておいた。こちらに、変わりはなかったか?」

「トリスタン・リシャールと申します。一度は引退した爺ですので、お役に立てるか分かりませんが。」

 トリスタンは、優雅に挨拶をした。出迎えたセリーヌが貴族女性の挨拶を返す。

「変わりはありましたわ。料理長のバジル様が捕らわれて、救出のためにアルベリクが駆け回っております。その関係で、殿下とマクシムは学園に戻りました。護衛騎士は二人、アルベリクが手配しております。二人の食料が尽きる前に、リュシルちゃんを側に送らねばならないと、侍従服を仕立て屋に注文致しました。」

 アドルスが息を飲むのが分かった。

「まずは、お食事を。」

 セリーヌに促されて、食堂で食事をしながら話すことにする。

「リュシル嬢は?」

「寝かせました。まだまだ病み上がりです。いえ、病気の真っ最中ですわ。昼寝もしたのですけれど、体力が持ちません。食事も、ほおっておいたら、スープとパンしか食べませんのよ。一口食べて見せて、口に無理にでも入れてあげて、気に入ったらやっと、もう一口食べてくれるくらいで。」
 
 セリーヌは、はあとため息をつく。

「でも、仕事はやる気満々です。働いて、治療院に預けた侍女に仕送りして、筆記用具を買いたいのですって。」

「筆記用具?」

「学園に入学してから知ったそうですよ、筆記用具が要ることを。」

「アドルス様。無理でございます。」

 トリスタンが唐突に口を挟んでにっこり笑った。完璧なベテラン侍従のわざとらしい無作法に、アドルスは、真っ青になってその笑顔を見返す。

「頼む。トリスタン殿。もう、他に伝手つてはないのだ。」

「現実的に、無理でございます。ご飯を食べられない子ども三人、爺一人には荷が勝ちすぎてございます。」

「二人は、リュシル嬢がいれば食べるのだ。」

「学園で、筆記用具が要ることを知らない子どもに侍従の仕事は無理かと?」

「それでも、それでも、だ。何とかして、殿下のお側に彼女を置かなければ、食べても食べなくても殿下は……。」

 そこへ、物音がしてアルベリクが帰ってきた。料理人の格好をしたバジルも連れている。

「ただいま帰りました。」

「バジル様、よくぞご無事で!」

 疲れた様子でアルベリクが挨拶をするのへ頷きつつ、セリーヌが駆け寄る。

「夜分に失礼致します。この通り、無事です。」

 こちらも疲れた様子で頭を下げた。

「まさか、二日連続でお訪ねすることになるとは思いませんでした。」

「お座りください。すぐに食事を。」

「ああ、実家に帰っても良かったのですが、その後のことも気になりまして。食事はありがたく頂きます。今日は一度も食べてなくて、頭が回らない。」

 それからふと、二人はトリスタンに気付いたようだった。

「これは、失礼を。アルベリク・ベルナールです。」

「バジル・シモンです。」

「トリスタン・リシャールと申します。」

 トリスタンは、優雅に立ち上がって挨拶を返す。

「父上、素晴らしい侍従を連れてこられましたね。お噂は、聞いております。」

「おそれいります。ただいま、お話をお断りしていた所でございます。」

「え?」

「わたくし一人では、とてもとても無理でございます。といって、お話を伺うに、侍従部屋から人手を借りるのは、どうやらできますまい。引退した爺には、できることはないと思われます。」

 慌ててアドルスが口を挟む。

「ご謙遜を。引退したといっても、ほんの一年前ではありませんか。王城の元侍従長にできなければ、誰もできる者はおりません。どうか、どうか。」

「侍従長など、書類仕事ばかりでございますよ。」

「この一年は、後進の指導に当たっておられたとお伺いしている。リュシル嬢を侍従に見えるようにしてやって欲しいのだ。頼む。」

 アルベリクは、深々と頭を下げた。ふむ、とトリスタンは考え、運ばれた料理を綺麗なマナーでもくもくと食べている料理人を見つめる。平民のような格好をして、騎士のような体格、マナーの完璧な食事の仕方。バジル・シモン。シモン伯爵家か……。

「バジル・シモン様は、この後、どうされるおつもりで?」

「仕事がくびになったので、新しい仕事を探さなければならないのですが、殿下とマクシム殿、リュシル嬢に美味しい食事を食べさせてやる約束が、一日で反古ほごになってしまい、悔しく思っています。騎士団に入団して、殿下の護衛騎士にしてもらおうかと考えていた所です。」

「侍従の方で、参りましょうか。」

「は?」

「アドルス様、バジル・シモン様を共にお付け頂けるのであれば、学園での殿下の侍従の件、お受け致しましょう。」

「いや、待ってくれ、俺は侍従は無理だ。向いてない。」

「マナーは完璧でございます。他人の世話を焼くのもお好きなご様子。向いてございますよ。」
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