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18 朝食という名の
試験結果発表の翌日、食堂へ朝食を受け取りに行ったリュシルが見たのは、食べられないものしか並んでいない三つのトレイだった。
あまりの殺意と悪意の塊に吐き気が込み上げてくる。
冷静に、冷静に。
身に付いてきたポーカーフェイスを顔に貼り付けて、エプロンをつけた食堂職員の少女を一人、呼び止める。
「すみません。こちらの食事、すべてもう一度入れ直して頂けますか?お皿やトレイも新しく替えて、こちらの三つは処分して頂きたい。」
「……。」
少女は黙って困ったように動きを止めている。混み合う時間より早めとはいえ、忙しい。もう準備できているものを替えろなんて。しかし、相手は貴族。第一王子の侍従である。下手なことは言えない。
「こちらの食事、すべて交換して頂きたい、とお願いしているのですが、聞こえていらっしゃいますか?」
もう一度、淡々とリュシルは繰り返した。これらには、触れることも恐ろしい。混み合う前に処分してもらわないと、他にも被害が出るかもしれない。
しかし、少女は動かなかった。
「あの?」
もう一度、リュシルが繰り返そうとしたときである。体格のよい料理人服の男が一人、近付いてきた。
「アンリ、どうしたんだ。この忙しいのにぼんやりしていないで、次の仕事をしなさい。」
「いえ、あの、その……。」
「すみません。こちらの食事をすべて、もう一度入れ直して頂くようにお願いしているのですが。お皿もすべて交換でお願いします。」
リュシルは、料理人服の男にも同じ言葉を繰り返した。
「え?何故です?もう準備できているのだから、持っていってくださらないと、次の準備ができません。」
「いえ、これらのものは、到底食べられるものではありません。替えて頂きたい。」
「は?」
リュシルは見えたままのことを言っただけである。しかし、料理人の男には理解できず、アンリと呼ばれた少女にも、リュシルが理不尽な要求をしているように思えていた。
「食べられないってのは、どういう意味なんです?」
「そのままの意味ですが。」
押し問答していても、らちが明かないと思ったのだろう、料理人は、厨房にいた職員たちを大声で呼んだ。
「おおい、皆ちょっと来てくれ。」
その時、厨房には男を含めて料理人が三人、アンリと中年の女性、青年が一人。
「この侍従さまが、この食事を食べられないものだと言われるんだが、どう思う?」
どんな不当な言いがかりかと、皆眉をしかめて顔を見合わせる。
「食べられないのです。すべて、お皿ごと替えてください。」
「いくら第一王子の侍従でも、そんな言いがかりをいちいち聞いていたら、仕事が終わらない。いい加減にして頂きたい。」
バジルの後に、王城の厨房から派遣された料理長がリュシルを睨み付けながら言った。
しかし、リュシルには、これらは持ち運ぶことも難しい。触れるのも恐ろしいほどの毒の塊である。
「なら、食べられることを証明しますから、食べかけでも文句言わずに持っていってくださいよ。」
皆を呼び寄せた体格のよい料理人が言った。スプーンを準備すると、三つのトレイのスープを掬っては、一人づつに渡していく。
かたかたと、リュシルは震えはじめた。
「見ててくださいよ、食べますから。」
六人のうち、四人が仕方ないという風にスープを口に運ぶ。
リュシルは、恐怖のあまり声も出せなかった。毒が、口の中に!
ガシャン。
飲み込んだ四人の手からスプーンが落ちる。アンリと中年の女性、細身の料理人がばたりと倒れた。体格のよい料理人も、膝をついてがっくりとうずくまる。
「う、うわああぁぁ。」
飲まなかった下働きの青年が叫んでスプーンを放り投げた。
料理長が、スプーンを床に叩きつけると素早く廊下に飛び出そうとする。
叫び声を聞いて、リュシルに付いてきていたトマが廊下から飛び込んできた。
「リュカ、どうした?」
「トマ、この方と逃げた料理長を拘束してください。」
震えながらもリュシルは言った。落ち着け、落ち着け。飲まなかったことはおかしい。
惨状にも動きは止めず、トマは即座に料理長を捕まえ、廊下に向かって叫んだ。
「誰か、誰かいるか!医療者と、騎士団を呼んできてくれ。早く!」
真っ青で今にも倒れそうなリュカが気にかかるが、この二人を逃がすわけにはいかない。下働きの青年は、震えているばかりだが、料理長の方は逃げる気がありそうだ。
ばたばたと色々な足音が近付いてくるまで、その場から誰一人動けなかった。
あまりの殺意と悪意の塊に吐き気が込み上げてくる。
冷静に、冷静に。
身に付いてきたポーカーフェイスを顔に貼り付けて、エプロンをつけた食堂職員の少女を一人、呼び止める。
「すみません。こちらの食事、すべてもう一度入れ直して頂けますか?お皿やトレイも新しく替えて、こちらの三つは処分して頂きたい。」
「……。」
少女は黙って困ったように動きを止めている。混み合う時間より早めとはいえ、忙しい。もう準備できているものを替えろなんて。しかし、相手は貴族。第一王子の侍従である。下手なことは言えない。
「こちらの食事、すべて交換して頂きたい、とお願いしているのですが、聞こえていらっしゃいますか?」
もう一度、淡々とリュシルは繰り返した。これらには、触れることも恐ろしい。混み合う前に処分してもらわないと、他にも被害が出るかもしれない。
しかし、少女は動かなかった。
「あの?」
もう一度、リュシルが繰り返そうとしたときである。体格のよい料理人服の男が一人、近付いてきた。
「アンリ、どうしたんだ。この忙しいのにぼんやりしていないで、次の仕事をしなさい。」
「いえ、あの、その……。」
「すみません。こちらの食事をすべて、もう一度入れ直して頂くようにお願いしているのですが。お皿もすべて交換でお願いします。」
リュシルは、料理人服の男にも同じ言葉を繰り返した。
「え?何故です?もう準備できているのだから、持っていってくださらないと、次の準備ができません。」
「いえ、これらのものは、到底食べられるものではありません。替えて頂きたい。」
「は?」
リュシルは見えたままのことを言っただけである。しかし、料理人の男には理解できず、アンリと呼ばれた少女にも、リュシルが理不尽な要求をしているように思えていた。
「食べられないってのは、どういう意味なんです?」
「そのままの意味ですが。」
押し問答していても、らちが明かないと思ったのだろう、料理人は、厨房にいた職員たちを大声で呼んだ。
「おおい、皆ちょっと来てくれ。」
その時、厨房には男を含めて料理人が三人、アンリと中年の女性、青年が一人。
「この侍従さまが、この食事を食べられないものだと言われるんだが、どう思う?」
どんな不当な言いがかりかと、皆眉をしかめて顔を見合わせる。
「食べられないのです。すべて、お皿ごと替えてください。」
「いくら第一王子の侍従でも、そんな言いがかりをいちいち聞いていたら、仕事が終わらない。いい加減にして頂きたい。」
バジルの後に、王城の厨房から派遣された料理長がリュシルを睨み付けながら言った。
しかし、リュシルには、これらは持ち運ぶことも難しい。触れるのも恐ろしいほどの毒の塊である。
「なら、食べられることを証明しますから、食べかけでも文句言わずに持っていってくださいよ。」
皆を呼び寄せた体格のよい料理人が言った。スプーンを準備すると、三つのトレイのスープを掬っては、一人づつに渡していく。
かたかたと、リュシルは震えはじめた。
「見ててくださいよ、食べますから。」
六人のうち、四人が仕方ないという風にスープを口に運ぶ。
リュシルは、恐怖のあまり声も出せなかった。毒が、口の中に!
ガシャン。
飲み込んだ四人の手からスプーンが落ちる。アンリと中年の女性、細身の料理人がばたりと倒れた。体格のよい料理人も、膝をついてがっくりとうずくまる。
「う、うわああぁぁ。」
飲まなかった下働きの青年が叫んでスプーンを放り投げた。
料理長が、スプーンを床に叩きつけると素早く廊下に飛び出そうとする。
叫び声を聞いて、リュシルに付いてきていたトマが廊下から飛び込んできた。
「リュカ、どうした?」
「トマ、この方と逃げた料理長を拘束してください。」
震えながらもリュシルは言った。落ち着け、落ち着け。飲まなかったことはおかしい。
惨状にも動きは止めず、トマは即座に料理長を捕まえ、廊下に向かって叫んだ。
「誰か、誰かいるか!医療者と、騎士団を呼んできてくれ。早く!」
真っ青で今にも倒れそうなリュカが気にかかるが、この二人を逃がすわけにはいかない。下働きの青年は、震えているばかりだが、料理長の方は逃げる気がありそうだ。
ばたばたと色々な足音が近付いてくるまで、その場から誰一人動けなかった。
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