19 / 61
19 ありがとう
まだ、出勤前から連れてこられた保険医は、すこぶる不機嫌だった。朝食前、顔も洗わないうちからの騒ぎである。
倒れている四人を見て、無表情に突っ立っているリュシルを睨み付けた。
「何の毒を使ったんだ!」
苛々とした声が響き渡る。
その様子を見て、駆けつけた学園の警備騎士がリュシルの腕を掴んだ。
「聞くなら、こちらだ!」
トマが、拘束していた料理長と下働きの青年を警備騎士に引き渡しながら、声を張り上げる。素早くリュシルを取り戻すと、腕のなかに抱き込み、ほっとした。
「早く毒の種類を特定して解毒しないと。学園では無理だ。治療院へ応援の要請を。」
苛々としたまま、保険医が言うと、騎士が一人駆け出して行った。
騒ぎを聞いて出てきた学生や、主人が部屋で食べる朝食を取りに来た王族、高位貴族の侍従たちが集まりだしている。
「毒入りの食事を食べさせたのは、そこの第一王子の侍従だ。そいつが、私たちに食べさせたんだ!」
料理長が喚いた。たくさんの視線が、リュシルを射抜く。
「俺は、俺は、知らなかった……。知らなかったんだ……。」
腰を抜かしていた下働きの青年がぶつぶつと呟いている。トマは、リュシルの肩を抱いたまま移動して、青年のエプロンのポケットを探った。空の小瓶が入っている。取り出して、押さえていた警備騎士に見せる。
「こいつが、毒の瓶ではないか?」
「あ、あ、確かに。お前、お前が毒を入れたのか?」
「毒だなんて、知らなかった。この瓶の中味を、第一王子の食事に振りかけたら、金をくれるって、頼まれたんだ。母の治療費を払ってくれるって……。」
「毒入りの食事を食べさせたのは、第一王子の侍従だ。あの小さな侍従は死神だ!」
青年の呟くような声をかき消すように、料理長が声を張り上げる。
野次馬の視線は、リュシルに集まるばかりだ。
警備騎士が青年のポケットから出てきた瓶を保険医に渡すと、保険医は厳しい顔で、治療院の専門医に見せないと分からない、と言った。
やがて、担架がきて、ようやく四人が運び出される。体の小さいアンリはすでに虫の息だった。
「騎士団の詰め所で事情を聞かねばならない。ご同行頂けますね。」
腰を抜かしていた青年を引き摺るように連れ出し、第一王子の侍従が毒入りの食事を食べさせた、と声を張り上げ続ける料理長を引っ張って行った後、残った騎士団員はリュシルに声をかけた。
ひと言も声を発していないリュシルを不審に思ってもいる。これだけの騒ぎを引き起こしておきながら、無表情に成り行きを見守っているだけだ。落ち着きすぎている……。
「何事か?」
あまりに帰りが遅いのを不審に思ったシリルがマクシムと共に食堂へとやって来た。
騎士は、慌てて礼を取る。
「は。食堂の職員が毒に倒れたため、ただいま治療と調査を行っております。殿下の侍従が、毒を食べさせたと料理長が証言しておりますので、事情をお訊きしたいとお願いしている所でございます。」
シリルは、リュシルを見た。リュシルがそんなことをするわけがない。リュシルは、毒の入った食事を誰かに食べさせたりしない。
「あの侍従が……。」
「毒入りの食事を……。」
「毒を食べさせた……。」
廊下で広がっていくさわめき。
シリルは、トマが、守るように抱き込んでいるリュシルを引き寄せて、抱きしめた。強張った体。
「少しだけ、休ませても良いだろうか。分かりにくいかもしれないが、どうやら立っているだけで精一杯だ。私の部屋で、話をしたい。」
その体勢のまま、警備騎士に声をかける。
「は、は。では、このまま殿下のお部屋まで同行させて頂きます。」
リュシルは、きっと私を守ったのだ。シリルは万感の思いでひと言、リュシルの耳に囁いた。
「リュカ、ありがとう。」
倒れている四人を見て、無表情に突っ立っているリュシルを睨み付けた。
「何の毒を使ったんだ!」
苛々とした声が響き渡る。
その様子を見て、駆けつけた学園の警備騎士がリュシルの腕を掴んだ。
「聞くなら、こちらだ!」
トマが、拘束していた料理長と下働きの青年を警備騎士に引き渡しながら、声を張り上げる。素早くリュシルを取り戻すと、腕のなかに抱き込み、ほっとした。
「早く毒の種類を特定して解毒しないと。学園では無理だ。治療院へ応援の要請を。」
苛々としたまま、保険医が言うと、騎士が一人駆け出して行った。
騒ぎを聞いて出てきた学生や、主人が部屋で食べる朝食を取りに来た王族、高位貴族の侍従たちが集まりだしている。
「毒入りの食事を食べさせたのは、そこの第一王子の侍従だ。そいつが、私たちに食べさせたんだ!」
料理長が喚いた。たくさんの視線が、リュシルを射抜く。
「俺は、俺は、知らなかった……。知らなかったんだ……。」
腰を抜かしていた下働きの青年がぶつぶつと呟いている。トマは、リュシルの肩を抱いたまま移動して、青年のエプロンのポケットを探った。空の小瓶が入っている。取り出して、押さえていた警備騎士に見せる。
「こいつが、毒の瓶ではないか?」
「あ、あ、確かに。お前、お前が毒を入れたのか?」
「毒だなんて、知らなかった。この瓶の中味を、第一王子の食事に振りかけたら、金をくれるって、頼まれたんだ。母の治療費を払ってくれるって……。」
「毒入りの食事を食べさせたのは、第一王子の侍従だ。あの小さな侍従は死神だ!」
青年の呟くような声をかき消すように、料理長が声を張り上げる。
野次馬の視線は、リュシルに集まるばかりだ。
警備騎士が青年のポケットから出てきた瓶を保険医に渡すと、保険医は厳しい顔で、治療院の専門医に見せないと分からない、と言った。
やがて、担架がきて、ようやく四人が運び出される。体の小さいアンリはすでに虫の息だった。
「騎士団の詰め所で事情を聞かねばならない。ご同行頂けますね。」
腰を抜かしていた青年を引き摺るように連れ出し、第一王子の侍従が毒入りの食事を食べさせた、と声を張り上げ続ける料理長を引っ張って行った後、残った騎士団員はリュシルに声をかけた。
ひと言も声を発していないリュシルを不審に思ってもいる。これだけの騒ぎを引き起こしておきながら、無表情に成り行きを見守っているだけだ。落ち着きすぎている……。
「何事か?」
あまりに帰りが遅いのを不審に思ったシリルがマクシムと共に食堂へとやって来た。
騎士は、慌てて礼を取る。
「は。食堂の職員が毒に倒れたため、ただいま治療と調査を行っております。殿下の侍従が、毒を食べさせたと料理長が証言しておりますので、事情をお訊きしたいとお願いしている所でございます。」
シリルは、リュシルを見た。リュシルがそんなことをするわけがない。リュシルは、毒の入った食事を誰かに食べさせたりしない。
「あの侍従が……。」
「毒入りの食事を……。」
「毒を食べさせた……。」
廊下で広がっていくさわめき。
シリルは、トマが、守るように抱き込んでいるリュシルを引き寄せて、抱きしめた。強張った体。
「少しだけ、休ませても良いだろうか。分かりにくいかもしれないが、どうやら立っているだけで精一杯だ。私の部屋で、話をしたい。」
その体勢のまま、警備騎士に声をかける。
「は、は。では、このまま殿下のお部屋まで同行させて頂きます。」
リュシルは、きっと私を守ったのだ。シリルは万感の思いでひと言、リュシルの耳に囁いた。
「リュカ、ありがとう。」
あなたにおすすめの小説
必要とされなくても、私はここにいます
あう
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスのもとへ嫁ぐことになったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、理想の妻になろうとも、誰かの上に立とうともしなかった。
口出ししない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
ただ静かに、そこにいるだけ。
そんな彼女の在り方は、少しずつ屋敷の空気を変えていく。
張りつめていた人々の距離はやわらぎ、日々の営みは穏やかに整いはじめる。
何かを勝ち取る物語ではない。
誰かを打ち負かす物語でもない。
それでも確かに、彼女がいることで守られていくものがある。
これは、
声高に愛を叫ばなくても伝わる想いと、
何も奪わないからこそ育っていく信頼を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
お妃候補に興味はないのですが…なぜか辞退する事が出来ません
Karamimi
恋愛
13歳の侯爵令嬢、ヴィクトリアは体が弱く、空気の綺麗な領地で静かに暮らしていた…というのは表向きの顔。実は彼女、領地の自由な生活がすっかり気に入り、両親を騙してずっと体の弱いふりをしていたのだ。
乗馬や剣の腕は一流、体も鍛えている為今では風邪一つひかない。その上非常に頭の回転が速くずる賢いヴィクトリア。
そんな彼女の元に、両親がお妃候補内定の話を持ってきたのだ。聞けば今年13歳になられたディーノ王太子殿下のお妃候補者として、ヴィクトリアが選ばれたとの事。どのお妃候補者が最も殿下の妃にふさわしいかを見極めるため、半年間王宮で生活をしなければいけないことが告げられた。
最初は抵抗していたヴィクトリアだったが、来年入学予定の面倒な貴族学院に通わなくてもいいという条件で、お妃候補者の話を受け入れたのだった。
“既にお妃には公爵令嬢のマーリン様が決まっているし、王宮では好き勝手しよう”
そう決め、軽い気持ちで王宮へと向かったのだが、なぜかディーノ殿下に気に入られてしまい…
何でもありのご都合主義の、ラブコメディです。
よろしくお願いいたします。
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。