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四十三
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良庵とたみさんのそんな話を聞いた数日後のこと。
「伊之助さまに文が届きましたよ」
と、うめが一通の文を持ってきた。藩校が終わり、良庵の屋敷へ帰宅してすぐのことである。
「え? 私に?」
「はい。伊之助さまに」
伊之助は、吃驚と目を見開いた。伊之助に文が届いたことなど初めてであったから。
いや、この屋敷に文が届くことが珍しいことだ。伊之助は、良庵や草庵に文が届いているところも見たことがなかった。良庵への急ぎの呼び出しは人が来るので、文のやり取りはない。良庵の仕事柄、急ぎの際は本当に急ぎなのだから、文でやり取りしている暇などないのであろうと理解していたが、よくよく考えれば、それにしても、何の便りもない家だった。
「……ありがとうございます」
伊之助は、驚きのあまり、差し出された文をじっと見て固まってしまっていた。少し間をおいてようやく受け取ると、その表をまじまじと見分する。間違いなく「いのすけ」と書かれていた。ひらがなの走り書きだ。ただ名だけを書かれた表は、文の定石からは外れているように思えた。
伊之助に文を渡したうめが、頭をひとつ下げて下がっていくのを見送ってから、かさりと文を開ける。中には紙が一枚。『〇日早朝、戻れ』と一行、書かれていた。その、走り書きのような文字に伊之助は見覚えがなく、首を傾げるしかない。文と表紙をくまなく見たが、差出人の名はなかった。
やがて、いつも通りに良庵の屋敷へと遊びに来た余四郎と時行、小太郎に、隠すこともない内容だろうと文を見せてみる。
はあ? と全員が首を傾げた。
「なんだ、こりゃ。怪文書か」
「かいぶんしょ?」
「脅したり、いたずらだったり、そういった訳の分からない文書のことをそう言うんだ」
「へええ」
「たまにある」
「え?」
小太郎宛に、『手ほどきをしてやろう、〇日〇どき、どこどこへ来い』と書かれた文が届くことがあるらしい。なるほど、よく似ている。
なるほど……?
「こた。なんだ、その話は。初めて聞いたぞ」
「いたずらです、時行さま。お伝えするほどのことでも……」
「馬鹿者。何か事があったらなんとする。事があってからでは遅いのだぞ」
「何もあるわけないでしょう。父に渡して終わりですよ」
時行が、小太郎の肩に手を置いて問い詰めている間に、余四郎が生真面目な顔で伊之助の方を向いた。
「やはり、いのに護衛をつけよう」
「え?」
「私や兄上には護衛が付いている。小太郎も、出かける時には必ず家の者が付いているだろ? だが、いのはいつも一人だ。心配だ」
いや、とんでもない、と伊之助は慌てて首を横に振った。
「わ、私は大丈夫です」
「大丈夫ではない。以前から、何故、いのは一人なのだろうと思っていた」
「だ、大体は皆、一人だと……。その、四郎さまや時行さまは大事な若様ですから、お守りするのは当たり前です。小太郎さまも」
「いのも大事だ。私の大事」
「そうだな。その通りだ、四郎」
「私も賛成です。怪文書が届いた以上、注意するに越したことはありません」
二人で話していたはずの時行と小太郎も、いつの間にか話に加わっている。
「こたもだ。こたにも怪文書は届いているのであろ? 心配だ。直井家は動いているのかもしれんが、用心に越したことはない。こたと伊之助に常に護衛をつけていられるよう手配しよう」
「そうしよう、兄上。私たちの大事な許婚に何かあったら大変だ」
こうなった若様方を止めることなど誰にできるわけもなく、はい、よろしくお願いします、と最後は二人して頷いたのであった。
「伊之助さまに文が届きましたよ」
と、うめが一通の文を持ってきた。藩校が終わり、良庵の屋敷へ帰宅してすぐのことである。
「え? 私に?」
「はい。伊之助さまに」
伊之助は、吃驚と目を見開いた。伊之助に文が届いたことなど初めてであったから。
いや、この屋敷に文が届くことが珍しいことだ。伊之助は、良庵や草庵に文が届いているところも見たことがなかった。良庵への急ぎの呼び出しは人が来るので、文のやり取りはない。良庵の仕事柄、急ぎの際は本当に急ぎなのだから、文でやり取りしている暇などないのであろうと理解していたが、よくよく考えれば、それにしても、何の便りもない家だった。
「……ありがとうございます」
伊之助は、驚きのあまり、差し出された文をじっと見て固まってしまっていた。少し間をおいてようやく受け取ると、その表をまじまじと見分する。間違いなく「いのすけ」と書かれていた。ひらがなの走り書きだ。ただ名だけを書かれた表は、文の定石からは外れているように思えた。
伊之助に文を渡したうめが、頭をひとつ下げて下がっていくのを見送ってから、かさりと文を開ける。中には紙が一枚。『〇日早朝、戻れ』と一行、書かれていた。その、走り書きのような文字に伊之助は見覚えがなく、首を傾げるしかない。文と表紙をくまなく見たが、差出人の名はなかった。
やがて、いつも通りに良庵の屋敷へと遊びに来た余四郎と時行、小太郎に、隠すこともない内容だろうと文を見せてみる。
はあ? と全員が首を傾げた。
「なんだ、こりゃ。怪文書か」
「かいぶんしょ?」
「脅したり、いたずらだったり、そういった訳の分からない文書のことをそう言うんだ」
「へええ」
「たまにある」
「え?」
小太郎宛に、『手ほどきをしてやろう、〇日〇どき、どこどこへ来い』と書かれた文が届くことがあるらしい。なるほど、よく似ている。
なるほど……?
「こた。なんだ、その話は。初めて聞いたぞ」
「いたずらです、時行さま。お伝えするほどのことでも……」
「馬鹿者。何か事があったらなんとする。事があってからでは遅いのだぞ」
「何もあるわけないでしょう。父に渡して終わりですよ」
時行が、小太郎の肩に手を置いて問い詰めている間に、余四郎が生真面目な顔で伊之助の方を向いた。
「やはり、いのに護衛をつけよう」
「え?」
「私や兄上には護衛が付いている。小太郎も、出かける時には必ず家の者が付いているだろ? だが、いのはいつも一人だ。心配だ」
いや、とんでもない、と伊之助は慌てて首を横に振った。
「わ、私は大丈夫です」
「大丈夫ではない。以前から、何故、いのは一人なのだろうと思っていた」
「だ、大体は皆、一人だと……。その、四郎さまや時行さまは大事な若様ですから、お守りするのは当たり前です。小太郎さまも」
「いのも大事だ。私の大事」
「そうだな。その通りだ、四郎」
「私も賛成です。怪文書が届いた以上、注意するに越したことはありません」
二人で話していたはずの時行と小太郎も、いつの間にか話に加わっている。
「こたもだ。こたにも怪文書は届いているのであろ? 心配だ。直井家は動いているのかもしれんが、用心に越したことはない。こたと伊之助に常に護衛をつけていられるよう手配しよう」
「そうしよう、兄上。私たちの大事な許婚に何かあったら大変だ」
こうなった若様方を止めることなど誰にできるわけもなく、はい、よろしくお願いします、と最後は二人して頷いたのであった。
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