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五十
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伊之助は、うんうんと唸りながら文を書いた。受け取った文はあのようであったが、同じようなものを作って返すわけにはいかぬ、と机の前に座る。時行は、何も悩むことはない、一言、戻れないと書けばよいだけだ、とあっさり言って帰っていったが、それでは、怪文書が増えるだけのような気がしたのだ。
悩みつつ、文を受け取りました、と記した。差出人がないので、伊之助の受け取った文が本当に父からの文なのか未だ不安だが、まずはここから記さねばならぬだろう。続けて、お元気ですか、とか、私は元気です、とかその辺の文言が浮かんだが、どれも違う気がした。父は、間違いなく、伊之助の体調に興味がない。正直に言えば、伊之助も父の体調に興味がなかった。薄情かもしれないが仕方ない。こういうのをお互い様というのだろう。そう、お互い様だ。それに、よく考えれば、医者の家で療養していることになっている者が、元気ですと言ってしまってはいけない気もする。では、気候の話か。……いや、晴れていようが、雨が降っていようが、暑かろうが寒かろうがどうでもいいな、と思う。これが、余四郎との文のやり取りであるならば、雨続きの間は部屋で将棋をして遊びましょう、などと気候に絡めた何かを書ける。だが、相手が父では、気候に付随する父に対しての文言が何一つ思い浮かばなかった。気候の話もやめることとしよう。
文の定石を考えてみるほどに、伊之助と父の間にやり取りすべきことが何もない。驚いたことに、本当に、書くべきことはたった一言、戻れません、だけであったのだ。なるほど、と伊之助は得心する。父の文が、怪文書になるはずだ。
せめても、伊之助より、と署名はしておいた。宛名も、飯原成就様としっかり記した。良庵と草庵の帰りは相変わらず遅かったので、本日より共に過ごすこととなった護衛の藤兵衛に、こんなことで良いのだろうか、と書きあがった文を見せてみる。あれへの返事であるなら充分過ぎるほどです、との言葉をもらい、安堵した。
左近は、小太郎を直井家の屋敷へ送って行ってからこの屋敷へ戻ってきており、与えられた部屋でくつろいでいる。伊之助が、戻ってきた左近に、おかえり、というと、一度驚いた顔をしてから笑顔を見せ、ただいま戻りました、と言った。こういった挨拶ができる人が増えたことが、伊之助は嬉しかった。
藤兵衛にも、もう休んだらよいと伊之助は言ったのだが、伊之助さまが寝たら休みますのでお気になさらず、と文を書く伊之助の側にいてくれた。この人が傍にいるのは、ちっとも嫌ではなかった。
悩みつつ、文を受け取りました、と記した。差出人がないので、伊之助の受け取った文が本当に父からの文なのか未だ不安だが、まずはここから記さねばならぬだろう。続けて、お元気ですか、とか、私は元気です、とかその辺の文言が浮かんだが、どれも違う気がした。父は、間違いなく、伊之助の体調に興味がない。正直に言えば、伊之助も父の体調に興味がなかった。薄情かもしれないが仕方ない。こういうのをお互い様というのだろう。そう、お互い様だ。それに、よく考えれば、医者の家で療養していることになっている者が、元気ですと言ってしまってはいけない気もする。では、気候の話か。……いや、晴れていようが、雨が降っていようが、暑かろうが寒かろうがどうでもいいな、と思う。これが、余四郎との文のやり取りであるならば、雨続きの間は部屋で将棋をして遊びましょう、などと気候に絡めた何かを書ける。だが、相手が父では、気候に付随する父に対しての文言が何一つ思い浮かばなかった。気候の話もやめることとしよう。
文の定石を考えてみるほどに、伊之助と父の間にやり取りすべきことが何もない。驚いたことに、本当に、書くべきことはたった一言、戻れません、だけであったのだ。なるほど、と伊之助は得心する。父の文が、怪文書になるはずだ。
せめても、伊之助より、と署名はしておいた。宛名も、飯原成就様としっかり記した。良庵と草庵の帰りは相変わらず遅かったので、本日より共に過ごすこととなった護衛の藤兵衛に、こんなことで良いのだろうか、と書きあがった文を見せてみる。あれへの返事であるなら充分過ぎるほどです、との言葉をもらい、安堵した。
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藤兵衛にも、もう休んだらよいと伊之助は言ったのだが、伊之助さまが寝たら休みますのでお気になさらず、と文を書く伊之助の側にいてくれた。この人が傍にいるのは、ちっとも嫌ではなかった。
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