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六十
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「この度は、おめでとうございます」
改めて席を立ち、当主と行成に挨拶をする。伊良は、行成とは本日まだ、言葉を交わせていなかった。
「ありがとう。こうしてこの日を迎えられたのは、伊良のお陰だ」
行成が、晴れやかに笑う。
「え?」
「私からも礼を言う。行成が世話になった」
当主までそのように言うものだから、伊良は驚きすぎて口を開いたり閉じたりした。
「あの。私は何も」
何とか言葉を絞り出すと、何を言う、と行成は言う。
「私の悩みに答えられるのはお前だけだ。そういう相手がいることで、私は救われたのだ」
悩み……。
男の嫁となれ、と言われた男の悩み? それなら、まあ……。
武家の男として振る舞い、育っていけばよいのか、それとも、女のように手仕事を身に付け、所作を身に付けるべきなのかが判然としないままに、伊良は育ってきた。殿様が、男を嫁にすると言うたはずだ、と伊良を女装させた伊良の父を叱ったから男の姿で育ってきただけなのだろう、と思う。たくさん勉強をし、必死に武芸に励むほどに、所詮、家に入る身で、と陰口をたたかれ、せせら笑われていた。
武芸はからっきしの伊良でさえそれだ。何をやっても優秀な行成には、特にそういった、やっかみ交じりの陰口はひどいようだった。伊良が一人でいると気が緩むらしい藩校の者たちは、伊良への陰口ばかりでなく、行成への陰口も、聞こえるように吐いていくことがあったのだ。伊良は、自分の陰口は聞き流せるが、自分にとって大切な人への陰口は聞き流せぬ質だ。勝てぬ喧嘩を挑んでは、時行や余四郎、行成に助けてもらうことがあった。
「私はいつも、小……行成さまに救われていますが、私が行成さまを救えた事はない気がします……」
藩校での諸々を思い出した伊良が、考えながら口を開くと、行成はその美しい眉間に皺を寄せた。
「そんな事はない、伊良。居てくれるだけで救いだ」
「そう、ですか……」
「そうだ。共にいるだけで良いのだ」
それなら良かった。伊良にも、役に立てる事があるのなら。
「良いお子をお持ちですな、良庵殿」
当主が、伊良と共に祝いを述べてから、黙って控えていた良庵に声をかける。
「勿体なきお言葉にて」
良庵は、子ではない、とは言わなかった。
「末永う、よろしく頼む」
「ははっ」
「あの、はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」
共にいるだけでよい、と言ってくれる人が、余四郎の他にもいた。あなたの子は良い子だ、と言われて、頷いてくれる人がいた。
伊良は、良庵、草庵と三人で深く頭を下げながら、胸がぽかぽかと暖かくなるのを感じていた。今日も良い日だ、と思った。
改めて席を立ち、当主と行成に挨拶をする。伊良は、行成とは本日まだ、言葉を交わせていなかった。
「ありがとう。こうしてこの日を迎えられたのは、伊良のお陰だ」
行成が、晴れやかに笑う。
「え?」
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「あの。私は何も」
何とか言葉を絞り出すと、何を言う、と行成は言う。
「私の悩みに答えられるのはお前だけだ。そういう相手がいることで、私は救われたのだ」
悩み……。
男の嫁となれ、と言われた男の悩み? それなら、まあ……。
武家の男として振る舞い、育っていけばよいのか、それとも、女のように手仕事を身に付け、所作を身に付けるべきなのかが判然としないままに、伊良は育ってきた。殿様が、男を嫁にすると言うたはずだ、と伊良を女装させた伊良の父を叱ったから男の姿で育ってきただけなのだろう、と思う。たくさん勉強をし、必死に武芸に励むほどに、所詮、家に入る身で、と陰口をたたかれ、せせら笑われていた。
武芸はからっきしの伊良でさえそれだ。何をやっても優秀な行成には、特にそういった、やっかみ交じりの陰口はひどいようだった。伊良が一人でいると気が緩むらしい藩校の者たちは、伊良への陰口ばかりでなく、行成への陰口も、聞こえるように吐いていくことがあったのだ。伊良は、自分の陰口は聞き流せるが、自分にとって大切な人への陰口は聞き流せぬ質だ。勝てぬ喧嘩を挑んでは、時行や余四郎、行成に助けてもらうことがあった。
「私はいつも、小……行成さまに救われていますが、私が行成さまを救えた事はない気がします……」
藩校での諸々を思い出した伊良が、考えながら口を開くと、行成はその美しい眉間に皺を寄せた。
「そんな事はない、伊良。居てくれるだけで救いだ」
「そう、ですか……」
「そうだ。共にいるだけで良いのだ」
それなら良かった。伊良にも、役に立てる事があるのなら。
「良いお子をお持ちですな、良庵殿」
当主が、伊良と共に祝いを述べてから、黙って控えていた良庵に声をかける。
「勿体なきお言葉にて」
良庵は、子ではない、とは言わなかった。
「末永う、よろしく頼む」
「ははっ」
「あの、はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」
共にいるだけでよい、と言ってくれる人が、余四郎の他にもいた。あなたの子は良い子だ、と言われて、頷いてくれる人がいた。
伊良は、良庵、草庵と三人で深く頭を下げながら、胸がぽかぽかと暖かくなるのを感じていた。今日も良い日だ、と思った。
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