【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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九十

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 そうして、時行と行成が藩主代行の仕事を始めて二年半が過ぎた。将軍様のお膝元にいる間に体調を崩した藩主、時成は領地に帰らず、同じように体調が思わしくないと連絡の届いた嫡男、時道への家督譲渡も進まぬままであった。
 その間、時行は立派に領地を治めていた。誰も文句を付けられぬほどの見事な手腕はもちろん、許婚いいなずけの行成と、行成の実家、直井家の助けがあってのことである。

「婚姻の儀を、早々に執り行いたい」

 久しぶりにお忍びで良庵の屋敷へとやってきた時行は、だらしなく縁側に寝そべって余四郎と伊良に言った。季節は夏。藩校帰りの余四郎が、暑い暑いと井戸端で水遊びをはじめ、巻き込まれた護衛や小姓が逃げまどっていた。伊良は、慌ててまだ干してあった洗濯物を取り込んで、時行の隣に座る。

「よいですね。楽しみです」

 伊良がにこりと笑って答えると、時行はほっと息を吐いた。

「そうか。楽しみか」
「そりゃあもちろん」

 すっかりたくましく男らしく成長した時行と、あまり大きくはならなかったが鍛えていることがよく分かる体つきの、相変わらず美しい行成が並ぶ姿は、普段でも見惚れてしまう素晴らしさだ。礼服に身を包んで並び立てば、さぞ絵になる姿だろう。楽しみでしかない。

「やはりお前はいいなあ」
「はい?」

 晴れ晴れと笑った時行がそんなことを言うから、伊良は首を傾げてしまった。

「お前と話しておると気が晴れる」
「え? え? そ、そうなんですか?」

 ただ本当に感じたことを、伊良は言っているだけなのだが。
 そういえば、つい最近、これまた久しぶりに訪ねてきた行成の弟、信次郎、いや、今は無事に元服の儀を終えた俊行としゆきが、似たようなことを言って帰って行った。
 伊良にはよく分からないが、皆の気が晴れるなら何よりだ。

「……見合い話がうるさくてな」
「ああ」

 立派に領地を治める時行に娘を嫁がせたいと願う家は後を絶たないらしかった。断っても断っても湧いてくるのだと、先日訪ねてきた俊行が憤っていた。元服の際、兄上から一字をもらいたい、と願ったくらいに行成のことが大好きな俊行は、兄を困らせる者を許せないのだろう。
 藩主と跡継ぎが体調を崩しているとなれば、事あれば跡を継ぐのは時行さまだと見越して、そうした話が絶えないのは仕方ない、と言ったのは行成だったか。伊良の耳には入っていないが、余四郎にもきっと、そんな話はたくさん持ち込まれているのではないだろうか。

「婚姻したところで、側室にとかなんとか言うのだろうが、まあ、藩主以外が側室を持つことは認められておらんと突っぱねることができる」
「なるほど! いいですね、それ」
「おう。そうだろう? 手伝ってくれるか、伊良」
「喜んで!」

 笑いあう二人の前に、ばしゃっと水がまかれた。

「うわ」
「わわ、四郎さま、洗濯物が」

 一応、四郎もそこは気にしたらしく、伊良がたたんでいた洗濯物にかかりはしなかったが。

「浮気は許さんぞ、いの! 兄上も!」

 もう一度、桶へ水を汲んでいる四郎の顔が思いのほか真剣で、伊良はぷはっと笑ってしまう。

「浮気? どこでそんな言葉を覚えてきたのだ? 四郎」

 笑いながら立ち上がった時行は、桶を構える四郎に構わず向かって行った。
 結局、全員でびしょぬれになったのは当然の帰結である。
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