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八十九
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時実の葬儀の後、時行と行成は藩校へほとんど顔を出せなくなった。病が癒えた後に時実がこなす予定だった政務を時行に渡すことが、家臣たちの話し合いで決まったからである。時実の葬儀の采配でその優秀さを存分に見せつけた時行に、表立って異を唱えられる者はいなかった。許婚の実家との関係も良好で後ろ盾も盤石。藩主が国元にいない期間に上に立てる人物を求めていた家臣たちは、滞りがちであった政務を回したいと時行の教育に力を入れ始めたのだ。そして行成も、許婚とはいえ男、しかも、時行と同じく優秀な、いや、同年代の中では特に優秀だとの声の高い人物だったので、時行の側仕えとして申し分ないとして共に政務に携わることとなった。
国元にいない藩主の了承はまだ得られていないが、藩主にも反対する理由はないと思われた。
伝え聞くだけであるが、将軍様のお膝元の屋敷で生まれて暮らしている嫡男、時道にはすでに男子が生まれているらしい。藩主、時成の正妻の実家、浅見家がその存在を認め、時道共々支えようと後見を申し出ていた。男を嫁にしろと言われた三男が国元で力を持つのは、女性の許婚がいた次男、時実が国元で力を持つより先々の心配がいらず、領地安堵を願う家臣たちにとって願ったり叶ったりであったのかもしれない。藩主、時成の突飛な思い付きと思われた策は、時行と行成、余四郎と伊良の仲が良好であることで、名案であったとまで言われ始めていた。もちろん、本人たちを軽んじる愚か者が跡を絶つことはなかったが。
側仕えが一人では心許ないと、同年代の中で同じく優秀な成績を修めている伊良を側仕えに召し上げてはどうかという声が上がった。だが、時行と行成が頑強に反対した。四郎が成長するのを待てばよい、と二人は口をそろえて言い、行成の実家、直井家も賛同したため、この話は立ち消えとなった。直井が権力を一手にしようとしているとの批判の声は上がったが、これまで、男嫁を取れと言われた時行と余四郎を馬鹿にし、遠巻きにしていたのはその声を上げた家の同年代の子息たちである。子が生まれないため先がない、と言われる縁をも大切にしてきた直井家が責められるいわれはどこにもなかった。
飯原家は、我が子が若様の側仕えとなれるなら光栄です、との声は上げたが、反対されて強硬に主張しようとまではしなかった。いや、できなかった。伊良を、我が子と主張できる繋がりをもう失っていたからである。時実の葬儀の後、伊良は若様方の望み通り、青池良庵の養子となっていた。飯原は、血の繋がりがあると皆が知っているので声を上げた、というだけのこと。何故、せっかくの主家との繋がりである次男を養子に出したのかは、飯原成就が決して語らぬため分からないままである。何やら後ろ暗いことを表沙汰にしたくないための取引があったとか何とか、まことしやかに囁かれている。
いのは良庵の跡取りでいるのがよい、と時行と行成に言ったのは余四郎であった。そこにはもちろん、元服までは今しばらく藩校に通わなくてはいけない自分の側から離したくない思いもあったようだが、未だに伊良を軽んじる者が多くいる場に伊良を置きたくないとの思いもあった。時行と行成もその意見に賛成であったので、伊良を時行の側仕えにする気は全くなかったのだ。伊良は、今のまま良庵の下で勉強し、いずれは時行や行成、余四郎の担当の医師として側に侍ればよい。三人の思いは完全に同じであった。
これらは、伊良のあずかり知らぬ話である。
国元にいない藩主の了承はまだ得られていないが、藩主にも反対する理由はないと思われた。
伝え聞くだけであるが、将軍様のお膝元の屋敷で生まれて暮らしている嫡男、時道にはすでに男子が生まれているらしい。藩主、時成の正妻の実家、浅見家がその存在を認め、時道共々支えようと後見を申し出ていた。男を嫁にしろと言われた三男が国元で力を持つのは、女性の許婚がいた次男、時実が国元で力を持つより先々の心配がいらず、領地安堵を願う家臣たちにとって願ったり叶ったりであったのかもしれない。藩主、時成の突飛な思い付きと思われた策は、時行と行成、余四郎と伊良の仲が良好であることで、名案であったとまで言われ始めていた。もちろん、本人たちを軽んじる愚か者が跡を絶つことはなかったが。
側仕えが一人では心許ないと、同年代の中で同じく優秀な成績を修めている伊良を側仕えに召し上げてはどうかという声が上がった。だが、時行と行成が頑強に反対した。四郎が成長するのを待てばよい、と二人は口をそろえて言い、行成の実家、直井家も賛同したため、この話は立ち消えとなった。直井が権力を一手にしようとしているとの批判の声は上がったが、これまで、男嫁を取れと言われた時行と余四郎を馬鹿にし、遠巻きにしていたのはその声を上げた家の同年代の子息たちである。子が生まれないため先がない、と言われる縁をも大切にしてきた直井家が責められるいわれはどこにもなかった。
飯原家は、我が子が若様の側仕えとなれるなら光栄です、との声は上げたが、反対されて強硬に主張しようとまではしなかった。いや、できなかった。伊良を、我が子と主張できる繋がりをもう失っていたからである。時実の葬儀の後、伊良は若様方の望み通り、青池良庵の養子となっていた。飯原は、血の繋がりがあると皆が知っているので声を上げた、というだけのこと。何故、せっかくの主家との繋がりである次男を養子に出したのかは、飯原成就が決して語らぬため分からないままである。何やら後ろ暗いことを表沙汰にしたくないための取引があったとか何とか、まことしやかに囁かれている。
いのは良庵の跡取りでいるのがよい、と時行と行成に言ったのは余四郎であった。そこにはもちろん、元服までは今しばらく藩校に通わなくてはいけない自分の側から離したくない思いもあったようだが、未だに伊良を軽んじる者が多くいる場に伊良を置きたくないとの思いもあった。時行と行成もその意見に賛成であったので、伊良を時行の側仕えにする気は全くなかったのだ。伊良は、今のまま良庵の下で勉強し、いずれは時行や行成、余四郎の担当の医師として側に侍ればよい。三人の思いは完全に同じであった。
これらは、伊良のあずかり知らぬ話である。
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