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八十八
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「はは。そんなもの何の意味もない」
その頭へ、大しておかしくもなさそうに笑った正時の声が落ちる。
「時行、余四郎。お前たちの許婚の実家に調べを任せたりなどしたら、お前たちの欲しい結果が出るに決まっておろう。馬鹿馬鹿しい茶番だ」
頬には赤みが差し酔いが回り始めている様子なのに、意外とまともな意見だった。
少し驚いてそちらへ視線をやった時行の腕に手を置いて頷いた行成が、正時へうやうやしく頭を下げる。
「流石は正時さま。貴重なご意見をありがとうございます。時行さまにも四郎さまにも、もちろん私や伊良にもそんなつもりは毛頭ございませんでしたが、言われてみれば確かにその通り。私たちは、そのような馬鹿馬鹿しい結果を欲してはおりません。知りたいのは真実のみ。したがって、この件について、直井家と飯原家は口出し無用といたそうかと思います」
流石は行成さま、と伊良は感心する。行成の顔には、にこりと笑みまで浮かんでいた。
「父上、それでよろしいか」
「ああ、もちろん」
呼びかけられた直井は、間髪入れず返事をした。顔の造作はあまり似ていないが、確かに行成と親子なのだなとよく分かる表情で。
「私とてそんなつもりは毛頭なかったのでな。もちろん、いらぬ疑いを自ら招くつもりはない。この件についての決着を座して待つこととしよう。のう、飯原殿?」
「へ? へあ? あ、いや、私は……」
「良庵は、お主の大事な子息の烏帽子親。しかも、体調の優れぬ子息を長年にわたり世話してくれていた恩人だ。金銭では賄いきれぬ恩義があろう。私などより余程、私情が入るのは致し方ないこと。だが、だからこそ、あの者の為人は、我らこそが保証できると言うもの。決してあの悪意に満ちた噂のようなことをしてはおらぬと安心して待てると言うものだ」
伊良の父が、伊良の治療費や伊良が世話になっている礼を良庵に払ったことなど一度もない。元服の際の諸々の誂えも、良庵の屋敷の使用人のたみさんが、良庵の支払いでできる範囲で一生懸命準備してくれたのだ。気にする伊良に、屋敷の皆が、出世払いで良いのだと言ってくれた。余四郎も、稼げるようになったら良庵に礼をするんだと言ってくれている。直井の家は、そんな事情を全て知っているはずだった。度々、良庵の屋敷に遊びにくる行成は、これは私が世話になっている礼だとか言って、度を超すほどの差し入れを持ってくるのだから。
「…………座して待つは申し訳ない。私にできることあらば、是非協力させていただきたく」
飯原は力なく言って頭を下げた。
詳しいことはまた、大人たちの会議で決まることだろう。
伊良は、ふうと安堵の息を吐く。とりあえず、まだ四郎さまの許婚でいられるようで良かった。
同じく緊張の解けたらしい時行が、思わずといった様子でこぼす。
「しかし、あれだな。良庵が伊良の親であれば、婚姻後に伊良が実家に戻りやすいという話、捨てがたいな。なあ、四郎」
「私はそちらの方が良い。私だって行きやすい」
「はは。迎えに? それ、家出されてるんじゃないか? ははは」
「む。私はいのに出て行かれたりしないぞ。大事な人を大事にするのは当たり前だ。兄上こそ、行成に家出されないように気を付けねば、迎えに行っても信次郎に返してもらえないかもしれないぞ」
「うわ。恐ろしいことを言うな、四郎。信次郎はこたが大好きだから、何があってもこたの肩を持つんだ。本当に返してもらえなくなりそうで恐ろしい。私だってこたを怒らせたりはせぬよ、なあ?」
「ふふ。さて、どうでしょうねえ」
「ええ? 何も心当たりはないんだが」
「ふふふふ」
「ふふ」
行成の楽しそうな笑い声に、伊良も思わず笑ってしまった。
この三人の考える未来の光景に、自分も当たり前に存在していることが嬉しかった。
その頭へ、大しておかしくもなさそうに笑った正時の声が落ちる。
「時行、余四郎。お前たちの許婚の実家に調べを任せたりなどしたら、お前たちの欲しい結果が出るに決まっておろう。馬鹿馬鹿しい茶番だ」
頬には赤みが差し酔いが回り始めている様子なのに、意外とまともな意見だった。
少し驚いてそちらへ視線をやった時行の腕に手を置いて頷いた行成が、正時へうやうやしく頭を下げる。
「流石は正時さま。貴重なご意見をありがとうございます。時行さまにも四郎さまにも、もちろん私や伊良にもそんなつもりは毛頭ございませんでしたが、言われてみれば確かにその通り。私たちは、そのような馬鹿馬鹿しい結果を欲してはおりません。知りたいのは真実のみ。したがって、この件について、直井家と飯原家は口出し無用といたそうかと思います」
流石は行成さま、と伊良は感心する。行成の顔には、にこりと笑みまで浮かんでいた。
「父上、それでよろしいか」
「ああ、もちろん」
呼びかけられた直井は、間髪入れず返事をした。顔の造作はあまり似ていないが、確かに行成と親子なのだなとよく分かる表情で。
「私とてそんなつもりは毛頭なかったのでな。もちろん、いらぬ疑いを自ら招くつもりはない。この件についての決着を座して待つこととしよう。のう、飯原殿?」
「へ? へあ? あ、いや、私は……」
「良庵は、お主の大事な子息の烏帽子親。しかも、体調の優れぬ子息を長年にわたり世話してくれていた恩人だ。金銭では賄いきれぬ恩義があろう。私などより余程、私情が入るのは致し方ないこと。だが、だからこそ、あの者の為人は、我らこそが保証できると言うもの。決してあの悪意に満ちた噂のようなことをしてはおらぬと安心して待てると言うものだ」
伊良の父が、伊良の治療費や伊良が世話になっている礼を良庵に払ったことなど一度もない。元服の際の諸々の誂えも、良庵の屋敷の使用人のたみさんが、良庵の支払いでできる範囲で一生懸命準備してくれたのだ。気にする伊良に、屋敷の皆が、出世払いで良いのだと言ってくれた。余四郎も、稼げるようになったら良庵に礼をするんだと言ってくれている。直井の家は、そんな事情を全て知っているはずだった。度々、良庵の屋敷に遊びにくる行成は、これは私が世話になっている礼だとか言って、度を超すほどの差し入れを持ってくるのだから。
「…………座して待つは申し訳ない。私にできることあらば、是非協力させていただきたく」
飯原は力なく言って頭を下げた。
詳しいことはまた、大人たちの会議で決まることだろう。
伊良は、ふうと安堵の息を吐く。とりあえず、まだ四郎さまの許婚でいられるようで良かった。
同じく緊張の解けたらしい時行が、思わずといった様子でこぼす。
「しかし、あれだな。良庵が伊良の親であれば、婚姻後に伊良が実家に戻りやすいという話、捨てがたいな。なあ、四郎」
「私はそちらの方が良い。私だって行きやすい」
「はは。迎えに? それ、家出されてるんじゃないか? ははは」
「む。私はいのに出て行かれたりしないぞ。大事な人を大事にするのは当たり前だ。兄上こそ、行成に家出されないように気を付けねば、迎えに行っても信次郎に返してもらえないかもしれないぞ」
「うわ。恐ろしいことを言うな、四郎。信次郎はこたが大好きだから、何があってもこたの肩を持つんだ。本当に返してもらえなくなりそうで恐ろしい。私だってこたを怒らせたりはせぬよ、なあ?」
「ふふ。さて、どうでしょうねえ」
「ええ? 何も心当たりはないんだが」
「ふふふふ」
「ふふ」
行成の楽しそうな笑い声に、伊良も思わず笑ってしまった。
この三人の考える未来の光景に、自分も当たり前に存在していることが嬉しかった。
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