【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

文字の大きさ
88 / 188

八十八

しおりを挟む
「はは。そんなもの何の意味もない」

 その頭へ、大しておかしくもなさそうに笑った正時の声が落ちる。

「時行、余四郎。お前たちの許婚いいなずけの実家に調べを任せたりなどしたら、お前たちの欲しい結果が出るに決まっておろう。馬鹿馬鹿しい茶番だ」

 頬には赤みが差し酔いが回り始めている様子なのに、意外とまともな意見だった。
 少し驚いてそちらへ視線をやった時行の腕に手を置いて頷いた行成が、正時へうやうやしく頭を下げる。

「流石は正時さま。貴重なご意見をありがとうございます。時行さまにも四郎さまにも、もちろん私や伊良にもそんなつもりは毛頭ございませんでしたが、言われてみれば確かにその通り。私たちは、そのような馬鹿馬鹿しい結果を欲してはおりません。知りたいのは真実のみ。したがって、この件について、直井家と飯原家は口出し無用といたそうかと思います」

 流石は行成さま、と伊良は感心する。行成の顔には、にこりと笑みまで浮かんでいた。

「父上、それでよろしいか」
「ああ、もちろん」

 呼びかけられた直井は、間髪入れず返事をした。顔の造作はあまり似ていないが、確かに行成と親子なのだなとよく分かる表情で。

「私とてそんなつもりは毛頭なかったのでな。もちろん、いらぬ疑いを自ら招くつもりはない。この件についての決着を座して待つこととしよう。のう、飯原殿?」
「へ? へあ? あ、いや、私は……」
「良庵は、お主の大事な子息の烏帽子親えぼしおや。しかも、体調の優れぬ子息を長年にわたり世話してくれていた恩人だ。金銭では賄いきれぬ恩義があろう。私などより余程、私情が入るのは致し方ないこと。だが、だからこそ、あの者の為人ひととなりは、我らこそが保証できると言うもの。決してあの悪意に満ちた噂のようなことをしてはおらぬと安心して待てると言うものだ」

 伊良の父が、伊良の治療費や伊良が世話になっている礼を良庵に払ったことなど一度もない。元服の際の諸々の誂えも、良庵の屋敷の使用人のたみさんが、良庵の支払いでできる範囲で一生懸命準備してくれたのだ。気にする伊良に、屋敷の皆が、出世払いで良いのだと言ってくれた。余四郎も、稼げるようになったら良庵に礼をするんだと言ってくれている。直井の家は、そんな事情を全て知っているはずだった。度々、良庵の屋敷に遊びにくる行成は、これは私が世話になっている礼だとか言って、度を超すほどの差し入れを持ってくるのだから。

「…………座して待つは申し訳ない。私にできることあらば、是非協力させていただきたく」

 飯原は力なく言って頭を下げた。
 詳しいことはまた、大人たちの会議で決まることだろう。
 伊良は、ふうと安堵の息を吐く。とりあえず、まだ四郎さまの許婚でいられるようで良かった。
 同じく緊張の解けたらしい時行が、思わずといった様子でこぼす。 

「しかし、あれだな。良庵が伊良の親であれば、婚姻後に伊良が実家に戻りやすいという話、捨てがたいな。なあ、四郎」
「私はそちらの方が良い。私だって行きやすい」
「はは。迎えに? それ、家出されてるんじゃないか? ははは」
「む。私はいのに出て行かれたりしないぞ。大事な人を大事にするのは当たり前だ。兄上こそ、行成に家出されないように気を付けねば、迎えに行っても信次郎に返してもらえないかもしれないぞ」
「うわ。恐ろしいことを言うな、四郎。信次郎はこたが大好きだから、何があってもこたの肩を持つんだ。本当に返してもらえなくなりそうで恐ろしい。私だってこたを怒らせたりはせぬよ、なあ?」
「ふふ。さて、どうでしょうねえ」
「ええ? 何も心当たりはないんだが」
「ふふふふ」
「ふふ」

 行成の楽しそうな笑い声に、伊良も思わず笑ってしまった。
 この三人の考える未来さきの光景に、自分も当たり前に存在していることが嬉しかった。
しおりを挟む
感想 284

あなたにおすすめの小説

生まれる前から好きでした。

BL
目立たないよう静かに暮らしてきた高校生の相澤和真の前に、突然現れた年下の容姿端麗な男、三峰汐音。彼には生まれる前からの記憶があり、和真の事を前世で自分が護衛をしていた王女の生まれ変わりなのだと打ち明ける。自分が側に居なかった為に王女が処刑されてしまったと、心に深い傷を負ったまま汐音は何度も生まれ変わりながらもずっと亡き王女の魂を探し求め、やっと見つけたのが和真なのだと説明する。王女の面影を重ねながら和真を一途に慕う汐音に、和真の生活は乱されていく。汐音の出現で和真の唯一の友人である福井奏の様子もどこかおかしい。出生に複雑な事情を抱えていた和真の身に、さらに大手企業の後継者争いまで勃発してきて……。年下男から一途に愛される生まれ変わりラブ。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。 名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。 そんな彼には「推し」がいる。 それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。 実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。 終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。 本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。 (番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)

推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです

一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお) 同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。 時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。 僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。 本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。 だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。 なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。 「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」 ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。 僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。 その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。 悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。 え?葛城くんが目の前に!? どうしよう、人生最大のピンチだ!! ✤✤ 「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。 全年齢向けの作品となっています。 一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。 ✤✤

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...