101 / 188
百
しおりを挟む
誰何されたりはしつつも、伊良は無事にその場へたどり着いた。ここまで、迷いなく急ぎ足で進んできた吉之助が、流石に、部屋の前でふうと深呼吸をする。草庵とは城へ着いてすぐに別れ、藤兵衛は護衛の待機部屋だという場所にとどめられたので、今は吉之助と二人だ。二人で廊下に膝をつき息を整えると、吉之助が、失礼いたします、と声を上げた。
吉之助は、中からの返事を待たずに静かに戸を開ける。
開いた戸の向こう側、余四郎はすでに髪を切って整えた後であった。開いた戸の方へ顔を向けた余四郎と目が合い、伊良はほうと見惚れる。それは見事な若武者であった。
なんと、立派な……!
伊良に気付いた余四郎が、にこりといつもの顔で笑った。伊良は、はた、と我に返る。いけない。挨拶が遅れてしまった。
「……伊良、参りました」
青池と名乗るか、それとも、すでに三々九度をしているのだから玉乃川と名乗るべきかを迷って、咄嗟に名だけを述べる。伊良は、頭を下げつつ焦った。ざわ、と揺れる人の気配に気付いたからだ。伊良の目には、凛々しい余四郎しか映っていなかったが、立ち合いの人間が他にもたくさんいるのであった。
けれど。
「良く来た。どうだ?」
屈託のない、余四郎の声がする。伊良は、ふっと息を吐いて顔を上げた。どうしても頬が緩むのを止められない。きっと自分は締まりのない顔をしていることだろう。
「ご立派です。素敵です!」
なにも遠慮することはない。なにせ伊良は、この立派な方の伴侶なので。
「そうか」
余四郎も、益々にこにこと頬を緩めている。
「伊良。こちらへ来い」
二人でにこにこと見つめ合っていると、行成の声がした。見ると、笑いを堪えたような顔で伊良を手招きしていた。しまった。儀式を中断させてしまったか。けれど、行成の隣に座る時行も笑っていたので、伊良は気にしないことにした。四郎さまが喜んでくれた。それでいい。
伊良は、招かれるまま行成の隣に腰を下ろす。それは、玉乃川家の親族席だ。様々な思惑の入り混じったたくさんの視線を受けて、しかし伊良は、もうそこに座ることに迷いはなかった。
ざわざわと揺れる人々に気後れすることなく前を向けるのは、自分たちも三々九度をしたいとねだってくれた四郎のおかげだ。
「揃ったようだ。続けよう」
時行が立ち上がり、余四郎の元へ歩く。時行は、余四郎に烏帽子を丁寧にかぶせると、厳かに言った。
「本日より良時と名乗るがよい」
「はっ。名に恥じぬよう努めます」
その立派な姿に、伊良は胸がいっぱいであった。
吉之助は、中からの返事を待たずに静かに戸を開ける。
開いた戸の向こう側、余四郎はすでに髪を切って整えた後であった。開いた戸の方へ顔を向けた余四郎と目が合い、伊良はほうと見惚れる。それは見事な若武者であった。
なんと、立派な……!
伊良に気付いた余四郎が、にこりといつもの顔で笑った。伊良は、はた、と我に返る。いけない。挨拶が遅れてしまった。
「……伊良、参りました」
青池と名乗るか、それとも、すでに三々九度をしているのだから玉乃川と名乗るべきかを迷って、咄嗟に名だけを述べる。伊良は、頭を下げつつ焦った。ざわ、と揺れる人の気配に気付いたからだ。伊良の目には、凛々しい余四郎しか映っていなかったが、立ち合いの人間が他にもたくさんいるのであった。
けれど。
「良く来た。どうだ?」
屈託のない、余四郎の声がする。伊良は、ふっと息を吐いて顔を上げた。どうしても頬が緩むのを止められない。きっと自分は締まりのない顔をしていることだろう。
「ご立派です。素敵です!」
なにも遠慮することはない。なにせ伊良は、この立派な方の伴侶なので。
「そうか」
余四郎も、益々にこにこと頬を緩めている。
「伊良。こちらへ来い」
二人でにこにこと見つめ合っていると、行成の声がした。見ると、笑いを堪えたような顔で伊良を手招きしていた。しまった。儀式を中断させてしまったか。けれど、行成の隣に座る時行も笑っていたので、伊良は気にしないことにした。四郎さまが喜んでくれた。それでいい。
伊良は、招かれるまま行成の隣に腰を下ろす。それは、玉乃川家の親族席だ。様々な思惑の入り混じったたくさんの視線を受けて、しかし伊良は、もうそこに座ることに迷いはなかった。
ざわざわと揺れる人々に気後れすることなく前を向けるのは、自分たちも三々九度をしたいとねだってくれた四郎のおかげだ。
「揃ったようだ。続けよう」
時行が立ち上がり、余四郎の元へ歩く。時行は、余四郎に烏帽子を丁寧にかぶせると、厳かに言った。
「本日より良時と名乗るがよい」
「はっ。名に恥じぬよう努めます」
その立派な姿に、伊良は胸がいっぱいであった。
673
あなたにおすすめの小説
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!
山田 バルス
BL
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?
春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。
「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」
ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。
「理由を、うかがっても?」
「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」
隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。
「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」
その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。
「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」
彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。
◇ ◇ ◇
目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。
『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』
「……は?」「……え?」
凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。
『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。
アーノルド「モルデ、お前を愛している」
モルデ「ボクもお慕いしています」』
「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」
空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。
『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』
ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。
「……モルデ、お前を……愛している」
「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」
顔を寄せた瞬間――ピコンッ!
『ミッション達成♡ おめでとうございます!』
テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。
「……なんか負けた気がする」「……同感です」
モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。
『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』
王子は頭を抱えて叫ぶ。
「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」
天井スピーカーから甘い声が響いた。
『次のミッション、準備中です♡』
こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる