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百五十
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「は?」
驚きの声はいくつか上がった。行成や藤兵衛だけでなく、捕らえられた浪人からも。
「え?」
伊良は戸惑って首を傾げる。何か、おかしなことを言っただろうか。
「まさか、伊良? 放す気か」
「え、ええ」
行成に頷けば、盛大にため息を吐かれた。
「また繰り返すぞ」
「え? 何故?」
行成たちには到底敵わない、と分かったはずだ。騒げば、すぐにまた駆けつける。こうしたことが起こるかもしれない、と分かっている分、此度より余程早くに駆けつけられるだろう。藩主になるまで身軽に動き回っていた良時は、町で大きな問題があれば自分のところへすぐに連絡が来るような仕組みをすでに作り上げていた。だから今も、駆けつける人間が変わっただけで、人々にとっては変わらない町の風景である。まあ、「四郎組」と呼ばれる者達が活躍するようになってから町の治安は格段に良くなっていたので、久しぶりの大捕り物であったのだが。
つまり、また同じようなことをすれば、こうして人々の前で拘束され、恥ずかしい姿を晒すことになる。伊良には未だに理解できないが、武士というのは、こうして負けた姿を晒すことをひどく恥ずかしいものとして気に病み、仕える主の元を離れたり、命を絶つ者までいるらしい。浪人たちとて武士。しかも、剣の腕を見込まれて雇われているとのことだから、こうして負けた姿を晒すのはひどく屈辱だろう。何度も繰り返すとは思えない。
「命令に逆らえぬからだ」
首を傾げる伊良に行成が説明する。
「金で臨時に雇われているのだから、命令を聞かねば食い扶持を失う。命令されたら、またやらねばなるまい。例えそれが、良くない事だと分かっていてもな。まあ、良くない事をこそやりたがる、救いようのない輩もおるが」
「な、なるほど。では、捕らえておかなくては、この者達はまた不本意ながらこの騒ぎを繰り返す、ということですか? あ、いや、ということ……か?」
伊良は、慌てて言葉を改めてから行成の様子を伺った。戻ってきた行成は、一度怒りを飲み込んだ後、伊良の手伝いとして精力的に仕事をし始めたのだが、その際に、自分のことを部下として扱うように、と伊良によくよく言い含めたのだ。今は、藩主は良時であり、その伴侶の伊良の方が行成より身分が上であるのだと。気を付けてはいるのだが、尊敬する行成を部下として扱うというのはとても難しく、ついつい今までのように接してしまう。あなたは、義理の兄でもあるのだから、ということで、行成の言葉使いなどはこれまで通りとしてもらったのがせめてもの救いだ。
ふ、と目元をやわらげた行成は、伊良の額を軽く弾いた。頑張ったことは分かってくれたらしい。
「不本意かどうかは知らぬが繰り返すだろうな」
「ええ。ただ牢に入れておくのも金がかかるのに……」
「ふ。ははっ。それが本音か」
伊良が思わず呟いた言葉に、行成は小さく笑いをこぼした。周りで、わあ、きゃあ、といった声がわいているが、考え込んでいた伊良は気付かなかった。
本音である。牢に入れて何もできない者に渡す食事にも、その者らを見張り、世話をするにも金はかかるのだ。それなら、店の者を脅しただけで大した被害を出していないような者達は、もうしないと約束してくれるなら牢に入れるまでもないのでは、と。
しかし、観念して頭を下げていた浪人の一人が口を開いた。
驚きの声はいくつか上がった。行成や藤兵衛だけでなく、捕らえられた浪人からも。
「え?」
伊良は戸惑って首を傾げる。何か、おかしなことを言っただろうか。
「まさか、伊良? 放す気か」
「え、ええ」
行成に頷けば、盛大にため息を吐かれた。
「また繰り返すぞ」
「え? 何故?」
行成たちには到底敵わない、と分かったはずだ。騒げば、すぐにまた駆けつける。こうしたことが起こるかもしれない、と分かっている分、此度より余程早くに駆けつけられるだろう。藩主になるまで身軽に動き回っていた良時は、町で大きな問題があれば自分のところへすぐに連絡が来るような仕組みをすでに作り上げていた。だから今も、駆けつける人間が変わっただけで、人々にとっては変わらない町の風景である。まあ、「四郎組」と呼ばれる者達が活躍するようになってから町の治安は格段に良くなっていたので、久しぶりの大捕り物であったのだが。
つまり、また同じようなことをすれば、こうして人々の前で拘束され、恥ずかしい姿を晒すことになる。伊良には未だに理解できないが、武士というのは、こうして負けた姿を晒すことをひどく恥ずかしいものとして気に病み、仕える主の元を離れたり、命を絶つ者までいるらしい。浪人たちとて武士。しかも、剣の腕を見込まれて雇われているとのことだから、こうして負けた姿を晒すのはひどく屈辱だろう。何度も繰り返すとは思えない。
「命令に逆らえぬからだ」
首を傾げる伊良に行成が説明する。
「金で臨時に雇われているのだから、命令を聞かねば食い扶持を失う。命令されたら、またやらねばなるまい。例えそれが、良くない事だと分かっていてもな。まあ、良くない事をこそやりたがる、救いようのない輩もおるが」
「な、なるほど。では、捕らえておかなくては、この者達はまた不本意ながらこの騒ぎを繰り返す、ということですか? あ、いや、ということ……か?」
伊良は、慌てて言葉を改めてから行成の様子を伺った。戻ってきた行成は、一度怒りを飲み込んだ後、伊良の手伝いとして精力的に仕事をし始めたのだが、その際に、自分のことを部下として扱うように、と伊良によくよく言い含めたのだ。今は、藩主は良時であり、その伴侶の伊良の方が行成より身分が上であるのだと。気を付けてはいるのだが、尊敬する行成を部下として扱うというのはとても難しく、ついつい今までのように接してしまう。あなたは、義理の兄でもあるのだから、ということで、行成の言葉使いなどはこれまで通りとしてもらったのがせめてもの救いだ。
ふ、と目元をやわらげた行成は、伊良の額を軽く弾いた。頑張ったことは分かってくれたらしい。
「不本意かどうかは知らぬが繰り返すだろうな」
「ええ。ただ牢に入れておくのも金がかかるのに……」
「ふ。ははっ。それが本音か」
伊良が思わず呟いた言葉に、行成は小さく笑いをこぼした。周りで、わあ、きゃあ、といった声がわいているが、考え込んでいた伊良は気付かなかった。
本音である。牢に入れて何もできない者に渡す食事にも、その者らを見張り、世話をするにも金はかかるのだ。それなら、店の者を脅しただけで大した被害を出していないような者達は、もうしないと約束してくれるなら牢に入れるまでもないのでは、と。
しかし、観念して頭を下げていた浪人の一人が口を開いた。
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