【本編完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
141 / 1,325
第三章 幸せの行方

42 緋色 48

しおりを挟む
 しばらく、生松いくまつが鼻を啜る音を聞いていた。
 その状況が辛い記憶を呼び覚ます……。

「上書きは可能か?」
「上書き……。」
「その状況で、もう酷いことは起きない、と覚えさせればいいのではないか?」

 素人の安易な考えだろうか、と思いつつ口にしたが、生松いくまつはとても納得した顔で頷いた。

「とても、とても良い考えだと、思います。」

 興奮した口調で続ける。

「そう。酷いことは起きない。起きないのです。それを知ることができれば!」
「ああ。」

 今、この状況のように、何もできずに見ているだけというのは、俺の精神衛生上もよろしくない。触れることができないなんて、生殺しだ。怖いことは、痛いことは、辛いことは、もう二度と起こらないと、教えてやろう。繰り返し、繰り返し教えてやろう。時間はたっぷりある。俺たちは、一生一緒にいるのだからな。

「よし。分かった。なら、お前はもう部屋へ戻って寝ろ。」
「え……?」
「俺は、しばらく休みを取る。明日はそのための準備で離れるから、その間の成人なるひとの世話を頼む。今のうちに寝ておけ。たぶん、調子を崩すだろう?」
「そ…うですね。すでに、少し発熱しているかと思います。」

 俺は、枕と上掛けを持って成人なるひとの横に戻った。慎重に触れない程度の距離を取る。

「夜は、俺がここにいる。夜中に呼び出して、悪かったな。」
「はい。」

 何か決意を秘めた顔で頷いて扉へ向かう生松いくまつに、最後の言葉を掛ける。

「寝ろよ。」
「はい。」

 あれは、寝ないな……。調べものでもするのだろう。
 静かになった部屋で成人なるひとの、寝ているとは思えない強ばった寝顔を眺めた。手を伸ばしかけては引っ込めるのを何度繰り返しただろう。
 不意に成人なるひとの目が開いて、俺を見つける。

「調子はどうだ?」

 と聞くと、不満げにすり寄ってきた。右手が、ぎゅうと俺の寝間着を掴む。そっと背中に手を回して、ぽんぽんと叩いてみる。成人なるひとの強ばった体から、力が抜けていくのが分かった。

「落ち着いたか?」

 返事はなく、うとうとと寝直しかけている。

「布団に戻れるかな。戻っていいか。」

 抱き上げても抵抗は無く、安心しきったように体を預けてきた。右手だけが、力を込めて服を掴んでいる。
 分かってる。
 大丈夫。
 ここにいる。
 布団の上で抱き締めてやると、くたりと疲れたように寝た。

 朝、断腸の思いで服を握る手を離させてベッドから下りる。今日いきなり休んだら、長い休みが取りにくくなる。起きて泣かなければいいけれど、と思いつつ朝の支度をしていると、控えめなノックが聞こえた。返事をすると、一ノ瀬いちのせ荘重むらしげが入ってくる。

「昨夜は、お疲れさまでございました。」
「ああ、お前の手の者には世話になった。礼を言う。」
「過分なお言葉、光栄にございます。伝えておきます。」
「最近、成人なるひとが世話になっているようだな。感謝する。」
「は。有り難きお言葉。本日は、殿下に一つ、お願いがあって参りました。私を成人なるひとさまの専属護衛にして頂けないでしょうか。」

 ……一族の頭領の仕事は、どうするつもりだ?
しおりを挟む
感想 2,498

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした

鳥居之イチ
BL
———————————————————— 受:久遠 酵汰《くおん こうた》 攻:金城 桜花《かねしろ おうか》 ———————————————————— あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。 その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。 上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。 それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。 お呪いのルールはたったの二つ。  ■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。  ■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。 つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。 久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、 金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが… ———————————————————— この作品は他サイトでも投稿しております。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】獣王の番

なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。 虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。 しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。 やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」 拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。 冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...