【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

29 成人の欲しいもの  緋色

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 どうやらご機嫌ななめだ。
 珍しいこともあるものだ、と膝の上の成人なるひとを見る。相変わらず向い合わせでぺたりとくっつくのが好きらしい。
 読んでいた書類を投げ出して、細い体を抱きしめてみる。はあ、とため息が聞こえた。

「左手が欲しい……。」

 いきなりだな。

「でも半助はんすけは右手がいいって。」
「ああ。利き手が右だったか。」
「利き手?」
「より使いやすい方だ。」
「ふーん……。」

 分からない様子で呟く。
 ああ、そうか。
 飯は主にゼリー飲料で、文字を書くこともなく、武器はどちらでも使えるようにと訓練されていれば、使いやすい手という概念が無かったかもな。
 武器以外に手を使い始めた時にはもう、手は一つしかなかった。

「結婚指輪は左手の薬指。」
「ああ。」

 一度、泣いたな。
 大怪我をした後で目が覚めて、左目が見えないことに気付いた時も左手が無いことに気付いた時も、何でもない様子だったのに。
 結婚の誓いの証は左手の薬指に嵌めると聞いた時、静かに泣いていた。
 結婚できない…と。
 なだめて、誓いを終えて、右手の薬指に嵌めた後は、納得したかと思っていたんだが。
 ただ一つの宝物はずっと着けているから宝箱はいらないと力丸りきまるに告げたこともあったと聞く。それだけ大切にしてくれている誓いの証。

半助はんすけは左手につけられるから、いいなあ。」
「あいつが指輪を?しないだろ。」
「誓いを立てた。」
「あいつらはそんなんじゃない。」

 納得しない様子で、むっと結ばれた唇にキスを落とす。大きな右目がこちらを見ていた。一度離れて、もう一回。名残惜しく離れると、ほう、と悩ましい吐息が聞こえる。

「気持ちいい……。」
「ははっ。」
「ずっと寒かったって。」
「誰が?」
壱臣いちおみ。」
「へえ。」
「もう寒くないって。」
「そうか。」

 壱臣いちおみは、なかなか大変な人生を送ってきたらしい。確かに、一度知った温もりを、もう二度と手放すことはできないだろう。半助はんすけの方から手を離すことも考えられない。
 なるほど。これは。

「確かに、その内指輪が要るかもなあ。」 

 おかしくて笑ってしまう。
 お家騒動の真っ最中、逃げ切った嫡男は初めての温もりに逆上せそうってことか。
 好きに生きたらいい。
 壱臣いちおみ、お前には広末ひろすえが認めるほどの価値がある。成人なるひとに美味しいと言わせる飯が作れるその手は、これから何だって掴めるだろう。
 西の騒動はもう他人事ひとごとだ。それでいいんじゃないか。
 後は赤虎せきとら、というか寧子やすこに任せてしまおう。
 俺にも関係無い!

成人なるひと。気持ちいいことする?」

 何だか楽しい気分で聞いてみる。初めて俺から誘ったかも。

「する。」

 すぐに返ってきた声からは、不機嫌な響きは消えていた。
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