【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

48 仕事の時間  三郎

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 離宮の中の殿下の執務室に、さいさんの仕事用の机が置いてある。さいさんは一日中そこにいて、緋色ひいろ殿下の適当なメモ書きを正式な書類の形にしたり、殿下宛に届いた書類を読んで仕分けしたり、提出する前の書類の最終確認をしたりしている。
 さいさんの机の前に置いてある椅子は、背中をすっぽりと覆えるような背もたれのついた物で、殿下の椅子より立派なくらいだった。
 時々、こてっともたれ掛かって目を閉じている。しっかりと体を包み込める上等な品物なんやろう。成人なるひとさまが食堂で使用している座椅子の背もたれとよく似ていた。
 主の出掛けた執務室の扉を、とんとんと叩く。返事が無い。そういえば、先ほどの見送りの時にさいさんの姿は無かったし、朝食の席でも見た覚えがない。
 全員が見送らなければいけない、という決まりがあるわけでもないし、なんなら殿下は、見送りや迎えはいらんぞ、と言うてはる。それでも皆、時間の都合がつく限り自主的に、いってらっしゃいませ、と言いに行くのだ。今日のように、にっこり笑って駄々をこねる背中を押したりもする。
 ここは、ええとこやな。
 今朝の様子を思い出すと、改めてそんなことを思ってしまう。
 さいさんは、覚えている限りいつも、にこにこと笑って出かける人を見送っていた。殿下が出かけなくても、力丸りきまるさまや半助はんすけ生松いくまつ先生や睦峯むつみね先生、その他にも、この離宮に住んでいて、外の仕事に出る人を、自分の仕事が始まる時間までの間、にこにこと玄関で見送っていた気がする。私は、自分の準備に精一杯で、見送りをする余裕なんて、そうそう無かったんやけど。
 返事が無いけど、仕事の時間やから扉を開ける。扉を叩いて返事を聞いてから入ること、と教えてもらった後、返事が無い部屋の前でずっと待っていたら、仕事の時間になったら返事が無くても入りなさい、と言われたから。一つ一つのことがとても難しい。きっと、誰もが簡単にできるようなことが私にはできていないんやろな、と思うけど、それが何かも分からない。
 成人なるひとも似たようなことするよな、と力丸りきまるさまが言って笑っていた。
 自分だけやないことに、ほっとしたことを覚えている。
 
「失礼します」
 
 と入った執務室には、やっぱりさいさんは居て、こてっと椅子にもたれて目を閉じていた。
 青白い顔色に、声をかけていいのかどうか戸惑う。けど、声をかけないと、今日の仕事が分からない。こういう時は、声をかけていいはず、と考える。ああ、この離宮に住み始めてから私の頭は、それまでの十八年で使ったよりもっと動いとるなあ、という気がする。たくさんした勉強が、何の役にも立っていない気がして、それはちょっと虚しかった。

「あの、さいさん?時間ですけど……」
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