【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

57 それはそれで幸せ  三郎

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「う……」

 さいさんが左手で頭を押さえて、小さく声を上げた。

「あ、あ……すまない」

 慌てて声を落とした睦峯むつみね先生が、優しく優しくさいさんの右手を握る。

「いえ。その、私も……。ほっとするとつい」
「大きい声出してごめん。でも、聞いてくれ。あんたがいなければ、殿下は毎日、仕事のために皇城に呼ばれることになってた」
「ええ、はい」
「何も問題が無ければ、今は月に一度か二度、登城すればいいだけだろ?それでも、ごねるだろ?」
「……ええ、はい」

 今朝の殿下のお出かけ前のひと幕は、昨夜の騒ぎの所為ってわけでもなかった?ん?毎回、あれなん?

離宮ここで仕事をしていいって許可をもらってなければ、とっくに逃げ出してると思う」
「……う。そ、そうですね」

 あ、そこは、肯定なんや。

成人なるひとさまと生松いくまつ常陸丸ひたちまるさんと乙羽おとわさまと九条くじょう義父上ちちうえ広末ひろすえさんだけ連れてな」
「もともとのお屋敷暮らしは、そんな感じだったと伺いました」
「あんたも居たけどな」
「いまいち、覚えてなくて」

 申し訳なさそうに笑うさいさん。覚えていない?そして、力丸りきまるさまや村次むらつぐさんの名前はそこにないんか。睦峯むつみね先生、水瀬みなせさんや兄上、半助はんすけも。……当然、私も。

「つまりな。殿下が離宮ここに居てくれるのは、ここで仕事ができるからだ。ここで仕事をしてもいいと許可をもらえたのは、さいさんが、城の文官と同じだけの仕事をこなせる人だからだろ?殿下はこの家に、城の文官なんて絶対入れない。でも、手伝いの文官がいなけりゃ仕事が進まない、城には行きたくないってなったら、あの人、簡単に逃げ出しちゃうだろ?」
「ええ」

 さいさんは目を閉じて、目元を細く長い指で押さえ、溜め息を吐いた。

「簡単ですね。止める人もいないし」
「なんなら、協力者しか出てこない。でもな、置いていかれた俺たちはどうすんだよ。俺は成人なるひとを治すためだけに生きてるのに、見失ったらもう、生きてる意味もなくなるじゃんかよ」
「あなたの研究は、志半ばで折れてよいものではないですよ。人類の希望です」

 成人なるひとさまを治すためだけに?

「人類の希望?ふはっ。馬鹿馬鹿しい。たった一人、長生きさせてあげたいだけだ」

 ふふっとさいさんが笑う。
 たった一人。たった一人のために。

「協力してくれるって約束したろ?」
「ええ。そうでしたね。私を実験動物モルモットとして存分に使ってくれるんでした」
「そうだ。三郎さぶろうがたとえ、書類仕事を全部引き受ける日がきたって、あんたの仕事は無くならない」
「すみません」

 睦峯むつみね先生は、優しい顔で笑った。

「あんたは長く生きるんだ。俺の側で」

 こくんと頷くさいさんに、睦峯むつみね先生が、すっかり冷めた雑炊をすくって差し出す。さいさんは、素直に口を開けて食べ始めた。
 きっと睦峯むつみね先生は、成人なるひとさまのためと言いながら、さいさんのお世話を焼き続けるんやろな。
 ずっと。

 
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