【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

136 宴会準備は恙無く  常陸丸

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 がしがしと短い髪を拭きながら、半袖のシャツ一枚で厨房へ向かう。廊下も、厨房も、どこもかしこも暖かい。体を動かしてから熱いシャワーを浴びた身には、暑いくらいの城の中。過保護な皇子様はそのうち、風呂場にも暖房器具を付けろと言い出しそうだ。
 飲み物が入っている冷蔵庫を勝手に開けて、冷やしてある麦茶を取り出す。厨房の管理をしているのが、泉門院うちの厨房にいた広末ひろすえだから、使い勝手がいい。きっと、殿下もそうだろう。うちでは自由に暮らしていたから。
 城だと、殿下が喉が渇いたと言ってから飲み物が手に入るまでが長い。毒物や食あたりから身を護るために、自室の中に、作ってから一定以上の時間が経過した飲食物を置いておけない決まりがある。口にするものには厳重な調べが入る。お茶が飲みたい、と殿下が言って、俺が取りに行くにしても、部屋の外に待機している護衛や侍従に頼むにしても、離れた厨房まで歩くだけで時間がかかるのだ。城の廊下は、緊急時以外は走ったら駄目だし。
 すぐに飲み食いできないのは、世話係の侍従や侍女を側に置かなかった緋色ひいろ殿下の自業自得でもある。
 あるじをよく見て、先回りして準備をするように、と躾けられた侍従や侍女がいれば、殿下はそろそろお茶が欲しいのではないか、そろそろ小腹が空く頃ではないか、と気を回して先に準備をしてくれたんだと思う。
 俺は護衛だ。側にいて危険を排除するのが仕事。なるべくトイレへ行かなくてすむように昼間の水分は控えているから、そろそろお茶が欲しいかな、なんて気付かない。殿下と同じ、子どもだったし。
 それだけ不便な目にあっても、侍従や侍女を嫌がり、俺しか側に置かなかった緋色ひいろ。何にも聞いたことは無いが、俺と出会うまでにきっと何かあったんだろう。
 
「あれ?殿下も今頃、風呂ですか?お二人で鍛練でも?」

 出来上がったおやつを一人でせっせと並べていた村次むらつぐが、声を上げる。殿下も冷たい飲み物を取りに来たらしい。
 返事をせずに、色気たっぷりの笑みを村次むらつぐに向けている。ヤメロ、子ども相手に。
 あと、髪の毛、ちゃんと拭けてねえぞ。
 麦茶をコップに入れて渡すと、当然のような顔で飲み干す。美味しそうに飲んでるなあ。その色気をしまえ。
 殿下が首にかけている手ぬぐいを引っ張り、座ってください、と言うと素直に椅子に座る。垂れてくる水滴を拭き取る俺の手に、当たり前のように身を任せている皇子様。俺にしか見せなかった無防備を、村次むらつぐが居ても気にせず見せる様子に何だか嬉しくなって、先ほどの提案を受けることにした。

村次むらつぐ、何か酒のあてになるもの無いか?」
「はあ?」

 酒のつまみに良さそうなものは無いかと聞くと、おやつを配ろうとしていた村次むらつぐが胡乱な目でこちらを見てくる。いや、まあ、そうだな。おやつの時間だけどな。

広末ひろすえは?」
「あー。さっき休憩の部屋に呼びに行ったら寝てたから、おやつくらい俺が出そうかと思って」
「へえ、珍しい」

 広末ひろすえも、気が抜けることあるんだな。もともとは名字無しの奴がこんなとこで一人で、大変だったよなあ。頼りになる弟子や同僚ができて、良かった。
 しかし、子どもに酒のあてを頼むのもなんだな、と思っていたら、おやつを取りに来た壱臣いちおみが軽く請け負ってくれた。

「お酒かあ。うちも少し、飲んでみたいなあ」
「お。いける口か?」
「いえ。実は飲んだことがうて」
「飲んでみるか?」

 ふわ、と笑って頷く壱臣いちおみは、今日は非番らしい。半助はんすけと休みは合わなかったようで、一人で部屋で料理本を読んでいたという。もし酔いつぶれても、部屋まで運んでやるから安心してくれ。
 はは。楽しくなってきた。
 秘蔵の酒を出してもらうために九条のじい様にも声をかけて、おやつ休憩の時間が終わるのを見計らってから、食堂を占拠しよう。
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