【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

151 医師の慣習  赤璃

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「お、お、恐れながら、赤璃あかり殿下に申し上げます。皇宮医であります大国おおくに白威しろいと申します」

 震える声を上げたのは、ずっと包拳礼の姿勢だった元医長の孫だった。

「許します、大国おおくに白威しろい。楽な姿勢でお話しなさい」

 ずっと礼を欠かない姿勢が気に入っていたので、殊更優しく声を掛ける。興味もある。この常識を持っていそうな若者は、父と祖父の失態をどうするだろうか。

「ご恩情を頂き、誠にありがとうございます」

 腕は下ろしたが、膝を付いたままで顔を上げた白威しろいが、少し息を整えてから話し始めた。

「恐れながら、祖父は赤璃あかり殿下の侍女を害そうと手を上げたのではございません。私が、扉を叩く祖父を止めようとしたのを、祖父が振り払おうとした手が、私の近くにいた侍女の頬に当たってしまったのでございます」

 それで?と頷いて見せれば、一度口を閉じて考え、また口を開いた。

「祖父の手が当たったことでよろけた侍女と、祖父の手を避けた私が共に転んで、ワゴンを倒してしまった、というのがこの度の騒ぎの真実にございます」

 成る程。それは妙に腑に落ちる説明ではあった。例えどんなに冷静さを欠いていたとしても、皇城で暴力沙汰を起こすなどと、死刑とされてもおかしくない行いなのだから。

「どうなのかしら?」

 大国おおくに真白ましろとその息子を押さえている女兵士二人に目をやれば、きりりとした顔で少し考える様子を見せる。

「そうですね。発端はそうであったように思います」

 近衛らしく整った顔には、特に何の感情が乗ることもなかった。

「では、手を離してよろしい」
「「はっ」」

 二人の女兵士の声が揃って、大国おおくに親子の拘束が解かれる。解放された真白ましろは、昂然と立ち上がって早速に抗議の声を上げた。

「話も聞かず、いきなりこのような暴挙に出るなど名誉ある近衛とも思えない。即刻、解任すべきです」
「私は何もしていない。ただ、父を拘束しようとする者を止めようとしただけなのに」

 息子も同じように立ち上がって、ぼそりと呟いた。

「お、お祖父様、父上、礼をお取りください。御前ごぜんです」
「無礼者!」

 礼儀を欠かなかった孫の警告は遅く、二人はまたしてもその場に押さえつけられることとなった。
 近衛の、低い声が響く。

「皇族の御前で、許可もなく立ち上がり話し始めるとは、なんという不敬」

 彼らは、医師であった。代々、皇宮医を勤め、医長を輩出する由緒正しい家柄の跡取りであった。
 医師が呼ばれる場面では、礼はよい、と言われることが多い。礼儀を重んじていては、間に合わないことがあるからである。長年、そのことに慣れすぎて、すっかり失念していたのだろう。
 しかし今、呼びもせぬのに来て、礼すらも欠いたことへの失態は、長年の慣習で失念していた、と言われても見逃せぬ事態である。

「侍女への暴行が故意ではなかったとして、やはり処分は変わらぬ」

 私の言葉に、肩を落とした白威しろいが、ああ、と嘆きの声を上げた。


 
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