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第五章 それは日々の話
155 専属医師 赤璃
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「祖父は、新しい技術や考え方に付いていけなくなった頃から、頑なになりました……」
温かいお茶を一口、口に含んで、白威が話し始めた。
「父は、祖父を怖れて何も言えず、医局は今、随分と最新の医学から後れを取っているように思います……」
自覚がある者もいたのだ、と安堵した。狭い皇宮の中で、決まった人間の診察だけをしていれば、なかなか新しい情報は耳に届きにくいものなのかもしれない。本当は、国で一番の知識と技術を持っていなくてはいけないと思われる皇宮医が、古い考えにとらわれていていいわけがない。
皇宮での妊娠出産など、何十年に一度か二度のこととはいえ、常に最新の勉強を欠かさぬ姿勢を見せてもらわねば困る。
「気付いただけ、偉いわ」
白威は力なく首を横に振る。
「今どき、妊娠は病気ではない、吐き気や怠さ、眠さも気のせいだ、気持ちが弱いのだ、などと言う医師は、嘲笑の的です。それをよくもまあ、最も高貴なお方に向かって……」
よほど溜まっていたものがあるらしい。口調は穏やかなままだが、声は少しずつ大きくなりかけ、はっと閉じた。
「申し訳ございません、殿下。家ごと、首切りされたとしても否やはございません。医局を刷新する良き機会かと思われます」
「そう……」
たぶん朱実は、大国の家ごと医局から切るつもりだったのだろう。でも、それでは勿体ない。新しい人間を雇うには時間がかかる。有能な人まで手放すほど、余裕はないはずだ。
「あなたは、何の失態も犯していないから、首にできそうにないのだけれど」
少し笑って言うと、また生真面目な顔で首を横に振った。
「祖父と父の暴言、暴挙を止めることができませんでした」
「気にすることないわ。あなたは、あなたにできるだけのことをした。ああ、でも」
祖父と父が失脚すれば、医局に残る白威への風当たりは、相当きついものになるだろう。狭い世界だ。逃げ場はない。そのことに思い当たって、一度、言葉を切る。それでも。
「いえ。医局に残ってくれたら嬉しいわ。今医局で、最新の、妊娠に関する情報をもっているのは、あなたでしょう?」
はっとこちらを向く目は、戸惑いを示していた。
「どなたか他の医師に、診察を受けておられたのでは?」
「そりゃあね。不安だし。妊娠は病気ではない、気の持ちようだ、と言うだけの人間が診察したって、何の意味もないもの」
「誠に、申し訳……」
「それはもう、いいのよ。解決したから。でもね、皇宮医ではない医師に診てもらうのは大変なの。呼ぶのも一苦労よ。分かる?」
「ええ。はい」
裏口から、隠して呼んでいる。だって皇宮医ではないのだから。定期の診察はそれで良くても、それでは不測の事態に対処できない。
「あなたを私の専属医師にするから、とりあえず、この子が生まれるまで頑張って」
「はい。……はい」
決意を込めた目が真っ直ぐにこちらを向いて、大きく頷いた。
温かいお茶を一口、口に含んで、白威が話し始めた。
「父は、祖父を怖れて何も言えず、医局は今、随分と最新の医学から後れを取っているように思います……」
自覚がある者もいたのだ、と安堵した。狭い皇宮の中で、決まった人間の診察だけをしていれば、なかなか新しい情報は耳に届きにくいものなのかもしれない。本当は、国で一番の知識と技術を持っていなくてはいけないと思われる皇宮医が、古い考えにとらわれていていいわけがない。
皇宮での妊娠出産など、何十年に一度か二度のこととはいえ、常に最新の勉強を欠かさぬ姿勢を見せてもらわねば困る。
「気付いただけ、偉いわ」
白威は力なく首を横に振る。
「今どき、妊娠は病気ではない、吐き気や怠さ、眠さも気のせいだ、気持ちが弱いのだ、などと言う医師は、嘲笑の的です。それをよくもまあ、最も高貴なお方に向かって……」
よほど溜まっていたものがあるらしい。口調は穏やかなままだが、声は少しずつ大きくなりかけ、はっと閉じた。
「申し訳ございません、殿下。家ごと、首切りされたとしても否やはございません。医局を刷新する良き機会かと思われます」
「そう……」
たぶん朱実は、大国の家ごと医局から切るつもりだったのだろう。でも、それでは勿体ない。新しい人間を雇うには時間がかかる。有能な人まで手放すほど、余裕はないはずだ。
「あなたは、何の失態も犯していないから、首にできそうにないのだけれど」
少し笑って言うと、また生真面目な顔で首を横に振った。
「祖父と父の暴言、暴挙を止めることができませんでした」
「気にすることないわ。あなたは、あなたにできるだけのことをした。ああ、でも」
祖父と父が失脚すれば、医局に残る白威への風当たりは、相当きついものになるだろう。狭い世界だ。逃げ場はない。そのことに思い当たって、一度、言葉を切る。それでも。
「いえ。医局に残ってくれたら嬉しいわ。今医局で、最新の、妊娠に関する情報をもっているのは、あなたでしょう?」
はっとこちらを向く目は、戸惑いを示していた。
「どなたか他の医師に、診察を受けておられたのでは?」
「そりゃあね。不安だし。妊娠は病気ではない、気の持ちようだ、と言うだけの人間が診察したって、何の意味もないもの」
「誠に、申し訳……」
「それはもう、いいのよ。解決したから。でもね、皇宮医ではない医師に診てもらうのは大変なの。呼ぶのも一苦労よ。分かる?」
「ええ。はい」
裏口から、隠して呼んでいる。だって皇宮医ではないのだから。定期の診察はそれで良くても、それでは不測の事態に対処できない。
「あなたを私の専属医師にするから、とりあえず、この子が生まれるまで頑張って」
「はい。……はい」
決意を込めた目が真っ直ぐにこちらを向いて、大きく頷いた。
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