【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

181 その言葉は甘く  三郎

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 助けてくれんか。
 驚いて振り向いた先に、真剣な利胤としたねさまの顔がある。
 助ける?
 私が?

「うちの子らは医師だ。国政の話を聞いても、よく分からぬらしい。それでも頑張り屋じゃからな、理解しようと勉強してくれたんじゃが、仕事の掛け持ちに疲れてしもうてな」

 利胤としたねさまの、いつもきりりとしている眉が情けなく下がる。

「こんなに疲れるまで気付いてやれんとは情けない。申し訳なかった」
「いえ……、私の我が儘で、このような大事おおごとになって、申し訳なく……」

 うつ向いて、小さな声で言う生松いくまつ先生は、まるで見たことがないほど憔悴していた。

「わしは、軍部で生きることを選んだとはいえ、元から九条の家の生まれじゃ。基本の礼儀作法は心得ておる。面倒な駆け引きはやらぬ、と吹っ切ったのも、歳を重ねたからできたこと。元々は、相手の腹を探り自分の腹を隠すようなこともしておった。これが、普通じゃったからな。先ほど睦峯むつみねに言われるまで、わしの普通が子どもらの普通でないと気付きもせんくらいには、身分の高い人間じゃった」

 私はただ、その眉の下がった顔を見る。身分のことなど気にしないように見える、誰にでも優しい利胤としたねさまの顔を。

「わしが普通と思う挨拶や言葉遣いなども、しっかり習って、気を張って、気を付けていなければできないものだと、気付くこともできん。情けないことじゃ」

 挨拶。言葉遣い。所作の数々。
 母が、人を貶す時によく引き合いに出していたもの。
 自身は、所作の美しい、すらすらと話す人やったから、少しでも挨拶の言葉に詰まったり、所作にぎこちなさがあったりすると、途端に眉をひそめて不機嫌になった。
 側仕えの、些細な失敗も許せんような人やった。いつしか私の周りには、能面のように感情を表に出さない、所作の完璧な人間しか残らなかったように思う。
 私自身も、母の前だけやなく誰の前でも、失敗せんようにと気を張って過ごしていた。
 長年染み付いたそれを忘れていたのは、たった数ヶ月のこと。
 ぱちぱちと瞬きしながら話を聞くことしかできない私の体を、利胤としたねさまの手が包んでいる。
 温かい、大きな手が。

三郎さぶろうなら、どこに出しても恥ずかしくない振る舞いができよう。国を治めるために必要な、様々な学問を修めておろう。頑張り屋の偉い子じゃからな。その稀有な力を少しだけ、九条の家に貸してくれんか?助けてはくれぬか」

 自分が生きてきた今までを、全て肯定するかのようなその提案。私を、こんな私を、褒めてくれる言葉。
 一二三ひふみが、どんなに頑張っても得られなかったもの。
 私にはできない、と言うことができなくて。ただ、胸は温かく、喉がしゃくり上げるような音を出す。
 何故か流れてくる涙を止めることができずに、私はただ、呆然としていた。
 
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