【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第六章 家族と暮らす

76 金魚がいるならいつか  緋色

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「ここも、お前の、お前たちの家だと覚えておいてくれ」
「…………」

 父の、懇願するかのような声に返事はできなかった。俺は今、この家に帰れなくなっても、大した感慨はないのかもしれない。

「おうち?ここ?」

 俺の腕の中で成人なるひとが首を傾げる。

「そうだ、成人なるひと。ここは緋色ひいろのおうちなんだ。伴侶のお前のおうちでもある」
「なんで?なんで緋色ひいろのおうち?」
緋色ひいろさんは、ここで生まれてここで育ったの!だから!だから、ここに帰ってくるの」

 母の甲高い声に驚いた成人なるひとが俺の服をぎゅっと握り、俺を見た。

「ここで生まれて育ったのは間違いないが、もう結婚して自分の家庭を持っている。このうちは出たんだ。いつもの家が俺たちのおうちだぞ」

 二人して、成人なるひとを混乱させるようなことを言わないでくれ。
 俺に、こくこくと頷いた成人なるひとに父が目を向ける。

成人なるひと

 俺ではなく、成人なるひとに何かを言うつもりか。

「お前は私のことを、父さまと呼んでくれているだろう?それは、家族への呼び名だ。家族の住む家へは、いつでも帰ってきて良いのだよ?伴侶と共に、帰ってきてよいのだ」

 ふーん、とやはりよく分かっていない様子で呟いた成人なるひとは、俺の服を掴んだまま、少し考える。

「父さま、は家族の呼び名。母さまも?」
「ああ、そうだ」
「ふーん」

 きょろきょろと右目が動く。知りたいことがあるなら聞いてくれたらよいのだが、辞書で調べることを覚えてからは、あまり聞いてくれなくなった。後で調べるからいい、と言われることも多い。まあ、正確な情報が身に付く方がいいだろう、とは思うが、たまには頼ってほしい。

「父さま、は何だと思ってたんだ?」
「父さまが、そう呼んでって言った」
「母さまも?」
「うん」
「そうか。それは、父上や母上と同義だな。生んで育ててくれた者へ、その子どもが呼びかける呼称だ」
「えええ!俺、父さまと母さまから生まれた?」
「違う」
「あ、うん」

 すんなり納得したか?
 それなら良かった。

「伴侶の父と母に呼びかけることもある」
「伴侶の……緋色ひいろの?ああ、じゃあ合ってる」
「まあつまり、城にも好きに出入りできるってこった」
「でも、この前、入ったら駄目って言われた」

 皇族専用入口だな。

「じゃあ来なくていいんじゃないか?」
「そっか。緋色ひいろが来ないなら来なくていいけど」
成人なるひと緋色ひいろは仕事をしにお城へ来る」
 
 父が慌てて言うが、来なくてすむなら来ない。
 
「おうちの仕事と違う?」
「いや、違わない。おうちでいい」

 ぱちぱちと成人なるひとの右目が瞬いた。

「じゃあまた今度、金魚に会いに来るね」
「あ、ああ。そうしなさい」
「うちでも金魚を飼ってもいいぞ?」
「金魚なら、私の部屋にいるわ。ね?そうでしょう?」

 母が今の様子であるなら、成人なるひとは決して近寄らせない。
 駄目だ、と幼い頃の俺が警告する。

「うーん。おうちに金魚いたらずっと見ちゃうから……」
「そうか」
「母さま、また今度」

 成人なるひとが、真っ直ぐに母を見て言った。

「また今度、金魚に会いに行くね」
「え、ええ……」

 しばらく会っていないから金魚に会ってから帰ると言うかと思ったが。
 ちょうど良いから成人なるひとを抱いたまま立ち上がった。

「今日は帰る」

 もう、引きとめられることはなかった。
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