【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第八章 郷に入っては郷に従え

139 背中  成人

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おみ。その目元、ちょっと冷やしてきたらどうや?」
「ん?」
「そのままにしとったら、もっと腫れて目が開かんくなってしまうかもしれん。そうしたら、仕事ができんくなるやろ」

 壱臣いちおみの体をそっと離して、半助はんすけが言った。壱臣いちおみは、あって顔になった。俺も、あって思った。仕事ができなくなるっていうのは困る。それは大変。

「ん、そやな。そうさせてもらおかな」
「厨房で、村次むらつぐさんに手拭いを濡らしてもらって、しばらく目元に当てとくとええ。楽になったら、手伝いしてき」
「ん」
「一人で行けるか?」
「行けるよぉ」

 壱臣いちおみはほわほわ笑った。目は腫れてるけど、いつもと一緒。いつもの壱臣いちおみだ。

「ここ、うちの家やで。家で、その上職場なんやで。目ぇつぶってても行けるわ」

 え?目をつぶってても?壱臣いちおみは、それはできないんじゃないかなあ。気配が読めないから、絶対何かにぶつかっちゃう。目を開けてても、何かにつまずいて転びそうになってることあるし。何もなくてもつまずいたりもしてるよね?目をつぶって歩くのは、絶対やめた方がいい。
 俺はそう思ったんだけど、半助はちょっと笑っただけだった。

「それは頼もしいな」
「うん。半助は?半助は着替えてから来る?」
「……!」

 半助は、ちょっと驚いた顔してからまた笑う。

「俺は、このお人とちょっとお話してから行こかな。ええか?」
「源さんと?」
「そう。源さん……、と」
「俺には、お前と話すことなんてねえぞ」

 源さんって言いながら顔を源さんに向けた半助に、源さんが低い声で言った。

おみがおった方がええですか?」

 半助は、いつもの顔で返事をした。笑ってもいないし怒ってもいない、綺麗な顔。

「……」

 源さんは、それには返事はしないで、ものすごく鋭い目で半助を睨んだ。壱臣いちおみが振り返る前に包丁を隠したのはすごかった。それからまた、低い声が言う。

「人形みてえに綺麗な顔だな。それでおみのことも誑かしたんか?」
 
 人形みたい?ああ、表情が変わらないってことだっけ?俺も言われたことある。前に。そう、だいぶ前に。でも今は言われない。半助もね。綺麗だけど人形みたいではないよ。ちゃんと表情変わるよ。家族は皆、分かってる。源さんは、まだ分かんないかなあ。まだ今日来たばっかりだもんね。仕方ない。
 俺は、壱臣いちおみと話してる時の半助の顔が好き。源さんもよく見てみて。楽しそうで幸せそうで、一緒に笑いたくなるから。

「この顔でおみを誑かせるんなら、この顔で生まれてきて良かったて思います」
「え?うちは、半助の顔が好きな訳やないよ?そりゃまあ、綺麗やなとは思うけど。あー、うーん。好きっちゃ好きやけど。でも、でも、顔だけ違て、ええっと、大きな手ぇとか、綺麗な真っ直ぐな髪の毛とか、声とか色々いっぱい好きなとこある、ん、やけど……」

 壱臣いちおみの声が、だんだん小さくなっていく。大きな声で言っていいよ。俺、分かるよ。好きな人の、色んな好きなとこあるよね。俺も、緋色ひいろの顔が好き。声も好き。大きな手も好き。一緒だ。
 半助は、やっぱりちょっと笑ってから、壱臣いちおみの腰を抱いて扉の前に歩いた。源さんに完全に背中を向けている。好きにしていいよって、源さんに背中を差し出したんだ。源さんは、黙ってそれを見てた。壱臣いちおみ無しで話すのかな?二人で?
 壱臣いちおみの大事な人の二人が、壱臣いちおみ無しで何を話すんだろう。なんで壱臣いちおみ無しで話すのかな。
 知りたい。
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