【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第十章 されど幸せな日々

104 乾杯  成人

 父さまと母さまが正面の席に着くと、さわさわと話していた部屋の中は静かになった。去年もそうだった。父さま達が来ると皆の背筋が伸びる。この国で一番偉い二人。

「今年も、恙無くこの日を迎えられたことを嬉しく思う。皆、よく来てくれた」

 父さまは、去年も同じことを言った。同じことを言えるのは、何事もなく同じ良い日が迎えられたってことだ。何かあったら恙無くとは言わないらしいので。

「私と雫石しずくがここに参加するのは、今回が最後になるだろう。この挨拶も最後だと思うと感慨深い」

 え? 最後?
 父さまは、去年はそんな事言わなかった。皆のコップや猪口に飲み物を注がせて、また今年も良い年を過ごそう、乾杯って言った。
 俺は、隣の緋色ひいろを見る。目を見開いている緋色ひいろがいた。更にその隣の四条の当主も驚いた顔をしている。あれ? 去年いた美鶴みつる鶴来つるきのじいじじゃない。緋色ひいろの隣には、もっと若い、美鶴みつるによく似た男の人が座っていた。四条のじいじは、今年は来なかったのか。そういえば、五条の席に、涼乃絵すずのえ涼乃絵すずのえの伴侶もいない。六条の席にも若い二人だけだった。去年いた、父さま位の年齢の男の人や女の人がいなくなっている。
 少し年齢が上の人は、緋見呼ひみこさまと緋見呼ひみこさまの伴侶、それとうちのじいじだけ。
 
「こうして見渡してみても、代替わりを終えた家が多いようだ。我が家にも孫が産まれた。二人も……」

 父さまの目が、朱実あけみ殿下を見て、五条の席に座る赤虎せきとらを見た。

「もう、いいだろう。皆、よくぞ今まで、このような仮初めの皇帝に仕えてくれた。礼を言う」

 父さまが軽く頭を下げる。母さまは、少しだけ口の端を持ち上げた皇族の顔で真っ直ぐ前を見ていた。

「父上、顔をお上げください。急な話に皆、驚いております」

 朱実あけみ殿下の言葉に、父さまが顔を上げる。

「ははっ。急な話、か。朱実あけみ、私にとってはそうではない。いつ言おうかと、ずっと機会を伺っていた。もう、それこそ、十年以上も前からずっとな」
「父上……」

 俺の隣の席の赤璃あかりさまも、驚いた顔をしている。皆、見える範囲の人たちが皆、驚いていた。灯可とうか以外の子ども達は、ただ神妙な顔でお話を聞いているだけだったけれども。

「陛下の決断を尊重致します」

 緋見呼ひみこさまの声。

「長い間、お疲れ様でございました。皆が、陛下の献身を知っております。その名は、長く続く戦争を終わらせた賢帝として、後の世まで残ることでしょう。その尊き皇帝を、仮初めなどと貶めて呼ぶことは、例え兄上と言えど許しませぬ」

 戦争を終わらせた。
 そうだ。父さまが。父さまが、戦争を終わらせてくれた。父さまが緋色ひいろを戦場に派遣したことで戦争は終わり、俺は救われた。もしもそれが命の終わりであっとしても、俺はきっと幸せだった。
 何故か俺は助かって、緋色の隣で幸せな毎日を生きている。それを許してくれたのも父さまだった。

「ははっ。そうか」
「最後などと仰いますな、兄上。引退したらこの場に来てはいけないという決まりなどありはせぬはず。そんな決まりがあらば、我らは今すぐ帰らねばならぬではないか。のう? 利胤としたね殿」
「そのとおりじゃ、緋見呼ひみこさま。しかしわしは、旨い酒を飲むまで帰りは致しませぬぞ」
「ははっ。聞かれましたか、兄上。利胤としたね殿の変わらぬことよ」

 はは、はははってあちらこちらから小さな笑い声が上がった。

「兄上の決意表明は聞いた。が、今、小難しい話を詰める訳にはいかぬ。なぜなら、すでに利胤としたねの手のコップにはなみなみと酒が注がれておるからな。もちろん、私もじゃ。今日は真面目な話はできそうにないぞ」
「ははっ。これは、待たせてしまったな。では、皆、飲み物を持ってくれ」

 父さまは、去年と同じように手にした杯を持ち上げる。
 俺も、冷たいお茶の入ったコップを持ち上げた。これは、去年と同じ。

「今年も、良い年であるように。乾杯」
「乾杯」

 去年より少し抑えた声の乾杯で、新年の宴は始まった。
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