1,313 / 1,325
第十章 されど幸せな日々
104 乾杯 成人
父さまと母さまが正面の席に着くと、さわさわと話していた部屋の中は静かになった。去年もそうだった。父さま達が来ると皆の背筋が伸びる。この国で一番偉い二人。
「今年も、恙無くこの日を迎えられたことを嬉しく思う。皆、よく来てくれた」
父さまは、去年も同じことを言った。同じことを言えるのは、何事もなく同じ良い日が迎えられたってことだ。何かあったら恙無くとは言わないらしいので。
「私と雫石がここに参加するのは、今回が最後になるだろう。この挨拶も最後だと思うと感慨深い」
え? 最後?
父さまは、去年はそんな事言わなかった。皆のコップや猪口に飲み物を注がせて、また今年も良い年を過ごそう、乾杯って言った。
俺は、隣の緋色を見る。目を見開いている緋色がいた。更にその隣の四条の当主も驚いた顔をしている。あれ? 去年いた美鶴と鶴来のじいじじゃない。緋色の隣には、もっと若い、美鶴によく似た男の人が座っていた。四条のじいじは、今年は来なかったのか。そういえば、五条の席に、涼乃絵と涼乃絵の伴侶もいない。六条の席にも若い二人だけだった。去年いた、父さま位の年齢の男の人や女の人がいなくなっている。
少し年齢が上の人は、緋見呼さまと緋見呼さまの伴侶、それとうちのじいじだけ。
「こうして見渡してみても、代替わりを終えた家が多いようだ。我が家にも孫が産まれた。二人も……」
父さまの目が、朱実殿下を見て、五条の席に座る赤虎を見た。
「もう、いいだろう。皆、よくぞ今まで、このような仮初めの皇帝に仕えてくれた。礼を言う」
父さまが軽く頭を下げる。母さまは、少しだけ口の端を持ち上げた皇族の顔で真っ直ぐ前を見ていた。
「父上、顔をお上げください。急な話に皆、驚いております」
朱実殿下の言葉に、父さまが顔を上げる。
「ははっ。急な話、か。朱実、私にとってはそうではない。いつ言おうかと、ずっと機会を伺っていた。もう、それこそ、十年以上も前からずっとな」
「父上……」
俺の隣の席の赤璃さまも、驚いた顔をしている。皆、見える範囲の人たちが皆、驚いていた。灯可以外の子ども達は、ただ神妙な顔でお話を聞いているだけだったけれども。
「陛下の決断を尊重致します」
緋見呼さまの声。
「長い間、お疲れ様でございました。皆が、陛下の献身を知っております。その名は、長く続く戦争を終わらせた賢帝として、後の世まで残ることでしょう。その尊き皇帝を、仮初めなどと貶めて呼ぶことは、例え兄上と言えど許しませぬ」
戦争を終わらせた。
そうだ。父さまが。父さまが、戦争を終わらせてくれた。父さまが緋色を戦場に派遣したことで戦争は終わり、俺は救われた。もしもそれが命の終わりであっとしても、俺はきっと幸せだった。
何故か俺は助かって、緋色の隣で幸せな毎日を生きている。それを許してくれたのも父さまだった。
「ははっ。そうか」
「最後などと仰いますな、兄上。引退したらこの場に来てはいけないという決まりなどありはせぬはず。そんな決まりがあらば、我らは今すぐ帰らねばならぬではないか。のう? 利胤殿」
「そのとおりじゃ、緋見呼さま。しかしわしは、旨い酒を飲むまで帰りは致しませぬぞ」
「ははっ。聞かれましたか、兄上。利胤殿の変わらぬことよ」
はは、はははってあちらこちらから小さな笑い声が上がった。
「兄上の決意表明は聞いた。が、今、小難しい話を詰める訳にはいかぬ。なぜなら、すでに利胤の手のコップにはなみなみと酒が注がれておるからな。もちろん、私もじゃ。今日は真面目な話はできそうにないぞ」
「ははっ。これは、待たせてしまったな。では、皆、飲み物を持ってくれ」
父さまは、去年と同じように手にした杯を持ち上げる。
俺も、冷たいお茶の入ったコップを持ち上げた。これは、去年と同じ。
「今年も、良い年であるように。乾杯」
「乾杯」
去年より少し抑えた声の乾杯で、新年の宴は始まった。
「今年も、恙無くこの日を迎えられたことを嬉しく思う。皆、よく来てくれた」
父さまは、去年も同じことを言った。同じことを言えるのは、何事もなく同じ良い日が迎えられたってことだ。何かあったら恙無くとは言わないらしいので。
「私と雫石がここに参加するのは、今回が最後になるだろう。この挨拶も最後だと思うと感慨深い」
え? 最後?
父さまは、去年はそんな事言わなかった。皆のコップや猪口に飲み物を注がせて、また今年も良い年を過ごそう、乾杯って言った。
俺は、隣の緋色を見る。目を見開いている緋色がいた。更にその隣の四条の当主も驚いた顔をしている。あれ? 去年いた美鶴と鶴来のじいじじゃない。緋色の隣には、もっと若い、美鶴によく似た男の人が座っていた。四条のじいじは、今年は来なかったのか。そういえば、五条の席に、涼乃絵と涼乃絵の伴侶もいない。六条の席にも若い二人だけだった。去年いた、父さま位の年齢の男の人や女の人がいなくなっている。
少し年齢が上の人は、緋見呼さまと緋見呼さまの伴侶、それとうちのじいじだけ。
「こうして見渡してみても、代替わりを終えた家が多いようだ。我が家にも孫が産まれた。二人も……」
父さまの目が、朱実殿下を見て、五条の席に座る赤虎を見た。
「もう、いいだろう。皆、よくぞ今まで、このような仮初めの皇帝に仕えてくれた。礼を言う」
父さまが軽く頭を下げる。母さまは、少しだけ口の端を持ち上げた皇族の顔で真っ直ぐ前を見ていた。
「父上、顔をお上げください。急な話に皆、驚いております」
朱実殿下の言葉に、父さまが顔を上げる。
「ははっ。急な話、か。朱実、私にとってはそうではない。いつ言おうかと、ずっと機会を伺っていた。もう、それこそ、十年以上も前からずっとな」
「父上……」
俺の隣の席の赤璃さまも、驚いた顔をしている。皆、見える範囲の人たちが皆、驚いていた。灯可以外の子ども達は、ただ神妙な顔でお話を聞いているだけだったけれども。
「陛下の決断を尊重致します」
緋見呼さまの声。
「長い間、お疲れ様でございました。皆が、陛下の献身を知っております。その名は、長く続く戦争を終わらせた賢帝として、後の世まで残ることでしょう。その尊き皇帝を、仮初めなどと貶めて呼ぶことは、例え兄上と言えど許しませぬ」
戦争を終わらせた。
そうだ。父さまが。父さまが、戦争を終わらせてくれた。父さまが緋色を戦場に派遣したことで戦争は終わり、俺は救われた。もしもそれが命の終わりであっとしても、俺はきっと幸せだった。
何故か俺は助かって、緋色の隣で幸せな毎日を生きている。それを許してくれたのも父さまだった。
「ははっ。そうか」
「最後などと仰いますな、兄上。引退したらこの場に来てはいけないという決まりなどありはせぬはず。そんな決まりがあらば、我らは今すぐ帰らねばならぬではないか。のう? 利胤殿」
「そのとおりじゃ、緋見呼さま。しかしわしは、旨い酒を飲むまで帰りは致しませぬぞ」
「ははっ。聞かれましたか、兄上。利胤殿の変わらぬことよ」
はは、はははってあちらこちらから小さな笑い声が上がった。
「兄上の決意表明は聞いた。が、今、小難しい話を詰める訳にはいかぬ。なぜなら、すでに利胤の手のコップにはなみなみと酒が注がれておるからな。もちろん、私もじゃ。今日は真面目な話はできそうにないぞ」
「ははっ。これは、待たせてしまったな。では、皆、飲み物を持ってくれ」
父さまは、去年と同じように手にした杯を持ち上げる。
俺も、冷たいお茶の入ったコップを持ち上げた。これは、去年と同じ。
「今年も、良い年であるように。乾杯」
「乾杯」
去年より少し抑えた声の乾杯で、新年の宴は始まった。
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
表紙は、Pexelsさまより、Lorena Martínezさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます!
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。