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鞠の章

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 数日、保護された部屋で過ごした。持ち合わせが無いことは仕方がない。今のところ、そのことを言及されることもなく、食事は提供され、替えの衣服も貸してもらい、風呂を使わせて貰うことまでできた。見たことも無いような品物に囲まれて、使用方法も分からずにいると、身ぶり手振りで親切に説明をしてくれる。慣れてくると、とても便利な国であることが分かった。
 ひねれば、水も湯もすぐに出てくる管がある。かわやは、水で流して綺麗になる。臭うこともない。冷めた食事を温めるのも、あっという間であった。
 私は、生きることに専念しようと、一生懸命、様々な器具の使い方を覚えた。言葉も、忙しく働く白衣の女人たちが、少しずつ教えてくれる。有り難いことだった。
 皇子みこは、今までの不足分を取り戻すように、よく寝ておられた。乳は、一度にたくさん飲むと吐いてしまわれるようで、少しずつ頂いていたが、順調に大きくなられており、共に世話をしてくれる方々が、喜んでくれているのが分かった。どうやら本来は、とても大人しい性質たちだったようだ。穏やかに数日が過ぎた。
 ずっと、ここにいるわけにはいかないらしい。数日過ごすうちに、治療院なのだろうということは分かった。では、私が寝ていたのは、病人用の寝台なのであろう。
 すっかり体調の良くなった私や皇子みこが、それを使わせて貰うわけにはいかない。
 何やら説明に来てくれた人間は、とにかく言葉が通じないことに、ほとほと困っていた。私も、説明のしようがない。自分を証明するものなど、何一つ持っていないし、言えることは、名前だけであった。
 必死で訴えたのは、皇子みこと決して離れたくないこと、である。それだけは、譲れなかった。お守りして、きっと姫様にお返ししよう。いつか必ず、姫様の元へ帰ろう。
 それだけが、私の生きるよすがだった。
 親のない子どもを育てる施設に二人で引き取られ、私は手伝いをすることで置いてもらえることになった。皇子みこを、他の子と分け隔てなく育てるのは難しかったが、夜には二人の部屋を貸してもらえて、思う存分甘やかすことができた。私は、いつか帰ることばかり考えていたので、二人の時はなるべく、自分達の国の言葉で話をした。
 大変だったけれど、穏やかな日々だった。
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