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小さな幸せを願った勇者の話

45 宰相

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 立ち上がった案内人に、聖者さまだけこちらへ、と言われてセナは俺の手をぎゅっと握った。

「俺たちは一人で行動しない。」
「命令である。平民が図に乗るでない。」

 名乗りもせずに、おかしなことを言うものだ。

「その命令は聞けない。」

 部屋の中の護衛騎士が剣に手をかけるのが見えた。俺とハルクの剣は城に入る時に取り上げられている。この部屋で武器を持っているのは彼だけだった。
 ハルクが俺の袖を引く。そちらを向くと、ふるふると首を横に振っているのが見えた。心配してくれているらしい。

「神託の聖者さまに気分よく治癒魔法を発動してもらうために、ここまで来たことも大目に見ておったが、そなたのようなどこの馬の骨とも知れぬ者がいつまでもそのような態度で生きていられると思うな。その上、治癒魔法が使えぬ聖者など、この世におってたまるものか。」

 案内人はそう言うと、セナの腕を掴もうと手を伸ばす。もちろん、俺が払いのけた所で、護衛騎士が剣を抜いて近付いてきた。
 攻撃魔法が使える可能性を考えていないのだろうか。強い魔力の持ち主は、鑑定の儀ですべて把握しているつもり?油断しすぎじゃないか?

『ぼん。』

 火力を絞れるだけ絞ったつもりだが、護衛騎士の目の前には大きな火の玉が揺らめいた。流石の反射神経で後退してくれたので、軽い火傷ですんだようだ。

「剣を取り上げて、攻撃手段がないとでも?」
「な、お前、年は幾つだ?」

 俺は口をつぐんだ。こういうときは、相手に勝手に想像させるに限る。

「魔術士……だったのか。」
「いや?火の魔法は得意だが、魔術士というわけではない。」
「こんな強力な魔力の持ち主の報告は受けていない。どこの村の……。」

 ハルクの言葉に答えていると、護衛騎士に護られて火傷一つ負わなかった案内人が、俺を見つめている。
 セナと幼馴染みといったのは聞いていなかったのか?
 あと、強力なっていうけど、できるだけ火力を落とした魔法だったぞ。しかし、威嚇程度の魔法というのは何とも難しい。勇者の俺は、攻撃の威力を落とすなんて考えたことが無かったからな。
 護衛騎士は、火傷の痛みを堪えて俺に剣を突き付けている。

「死にたくないならやめた方がいい。俺は手加減が苦手だ。」

 淡々と事実を述べたつもりだが、護衛騎士の剣を持つ手に力がこもった。

「詠唱……したか?」
「魔法って詠唱がいるの?」

 ハルクの呟きにセナが答えて、ついに案内人は護衛騎士を下がらせた。

「分かった。二人で付いてきてくれ。」
「宰相さま、危険です。」

 護衛騎士が緊張を解かないままに低い声を上げる。敵認定されたようだ。そしてこの男は、宰相だったのか。前世で何度か会っているはずだがよく覚えていない。

「今は一刻を争う。防御の得意な魔術士を呼べ。その上で、この二人と姫の元へ参る。」

 悔しそうに剣を鞘に納めた騎士は、それでも宰相の側から離れなかった。
 

 
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