204 / 211
そして勇者は選んだ
72 涙
しおりを挟む
「うん、だいぶマシになったね」
寝ているクロを診察したシャンフウは、クロの、たくさん泣いて腫れた目元に、冷やしたタオルを乗せながら言った。
クロは痩せっぽっちで、身体中に傷痕があった。
この傷痕や、育っていない体、言葉を話せないことが、魔王になるために通る道なのだとしたら、クロは何度、この辛く悲しい道を通ってきたのだろう。
俺は、傷は割りとすぐに治るし、森で修行中でさえ、たとえ塩だけの味付けだとしても、肉を焼いて食べることができていた。それができる魔力とスキルを、はじめからもらっていた。前世で一人で暮らしていても、世話を焼こうとしてくれる幼馴染みのセナや、セナの家族と話した経験があった。
「内臓の診察はできないよ。この子は、光の魔力を一切、受け付けないからねえ。でも、まあ、見える傷はみんな塞がってきたようだ」
ムスカが、ほう、と息を吐く。
「ちっとは飯も、食えるようになってきたよ」
美味しいものを食べさせてやりたいと色々食べさせてみたが、始めのうちはクロの腹が食べ物を上手に受け付けられず、吐いてばかりで心配した、という。
とにかく、食べることに慣れなければならない程の体の衰弱。長くろくなものを食べていないのだから、と軟らかい、赤ん坊が食べるような食べ物を摂らせてみたら、喜んで食べたらしい。
クロは、少しずつ、楽しい日々を生き始めている。
「良かった……」
魔王にも、とんでもなく大変な人生があった。勇者や聖者なんかよりずっと。それが、魔物たちと心を通わせるために必要な手順なのだとしたら……。そうして、人に虐げられ、魔物たちと心を通わせた先に、人に恐怖を与え、勇者に殺されるためだけの存在になるのだとしたら。
そんな……。
「ユーゴー?」
セナが、ぎょっとしてこちらを見ている。
「どうしたの?神様がまた、何か言ってる?」
「え……?」
「なんで、泣いてるの?」
泣いてる?
俺が?
目元に手を当ててみる。濡れた感触があった。
知らなかった。俺にも、泣く機能が付いていたのか。感情が昂って、体に変化が出るような機能が。
「あ、クロ、が……」
ひくっ、と喉が鳴って、うまく喋れず、また涙が溢れた。
自分は何ともないのだと伝えないと、セナを心配させてしまう。
「クロが……」
口を開くたびに、喉はひくひくと鳴った。
ぽん、と頭に手が置かれる。
「ゆっくりでいい。泣きたいときは、ちゃんと泣け」
シャンフウが言った。ちゃんと泣くとは、何なのか。泣きたい時とはどんな時なのか、俺には分からない。
セナに背中を擦ってもらいながら、ムスカのベッドで穏やかな寝息を立てるクロの明日が、幸せでありますように、と願う。
もう二度と、クロが苦しむ世界に戻したくない。
寝ているクロを診察したシャンフウは、クロの、たくさん泣いて腫れた目元に、冷やしたタオルを乗せながら言った。
クロは痩せっぽっちで、身体中に傷痕があった。
この傷痕や、育っていない体、言葉を話せないことが、魔王になるために通る道なのだとしたら、クロは何度、この辛く悲しい道を通ってきたのだろう。
俺は、傷は割りとすぐに治るし、森で修行中でさえ、たとえ塩だけの味付けだとしても、肉を焼いて食べることができていた。それができる魔力とスキルを、はじめからもらっていた。前世で一人で暮らしていても、世話を焼こうとしてくれる幼馴染みのセナや、セナの家族と話した経験があった。
「内臓の診察はできないよ。この子は、光の魔力を一切、受け付けないからねえ。でも、まあ、見える傷はみんな塞がってきたようだ」
ムスカが、ほう、と息を吐く。
「ちっとは飯も、食えるようになってきたよ」
美味しいものを食べさせてやりたいと色々食べさせてみたが、始めのうちはクロの腹が食べ物を上手に受け付けられず、吐いてばかりで心配した、という。
とにかく、食べることに慣れなければならない程の体の衰弱。長くろくなものを食べていないのだから、と軟らかい、赤ん坊が食べるような食べ物を摂らせてみたら、喜んで食べたらしい。
クロは、少しずつ、楽しい日々を生き始めている。
「良かった……」
魔王にも、とんでもなく大変な人生があった。勇者や聖者なんかよりずっと。それが、魔物たちと心を通わせるために必要な手順なのだとしたら……。そうして、人に虐げられ、魔物たちと心を通わせた先に、人に恐怖を与え、勇者に殺されるためだけの存在になるのだとしたら。
そんな……。
「ユーゴー?」
セナが、ぎょっとしてこちらを見ている。
「どうしたの?神様がまた、何か言ってる?」
「え……?」
「なんで、泣いてるの?」
泣いてる?
俺が?
目元に手を当ててみる。濡れた感触があった。
知らなかった。俺にも、泣く機能が付いていたのか。感情が昂って、体に変化が出るような機能が。
「あ、クロ、が……」
ひくっ、と喉が鳴って、うまく喋れず、また涙が溢れた。
自分は何ともないのだと伝えないと、セナを心配させてしまう。
「クロが……」
口を開くたびに、喉はひくひくと鳴った。
ぽん、と頭に手が置かれる。
「ゆっくりでいい。泣きたいときは、ちゃんと泣け」
シャンフウが言った。ちゃんと泣くとは、何なのか。泣きたい時とはどんな時なのか、俺には分からない。
セナに背中を擦ってもらいながら、ムスカのベッドで穏やかな寝息を立てるクロの明日が、幸せでありますように、と願う。
もう二度と、クロが苦しむ世界に戻したくない。
108
あなたにおすすめの小説
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話〜君の想いが届くまで〜
一優璃 /Ninomae Yuuri
BL
異世界での記憶を胸に、元の世界へ戻った真白。
けれど、彼を待っていたのは
あの日とはまるで違う姿の幼馴染・朔(さく)だった。
「よかった。真白……ずっと待ってた」
――なんで僕をいじめていた奴が、こんなに泣いているんだ?
失われた時間。
言葉にできなかった想い。
不器用にすれ違ってきたふたりの心が、再び重なり始める。
「真白が生きてるなら、それだけでいい」
異世界で強くなった真白と、不器用に愛を抱えた朔の物語。
※第二章…異世界での成長編
※第三章…真白と朔、再会と恋の物語
婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~
なの
BL
希少な治癒能力と、大地に生命を呼び戻す「恵みの魔法」を持つ公爵家のΩ令息、エリアス・フォン・ラティス。
傾きかけた家を救うため、彼は大国アルビオンの第二王子、ジークフリート殿下(α)との「政略的な番契約」を受け入れた。
家のため、領民のため、そして――
少しでも自分を必要としてくれる人がいるのなら、それでいいと信じて。
だが、運命の番だと信じていた相手は、彼の想いを最初から踏みにじっていた。
「Ωの魔力さえ手に入れば、あんな奴はもう要らない」
その冷たい声が、彼の世界を壊した。
すべてを失い、偽りの罪を着せられ追放されたエリアスがたどり着いたのは、隣国ルミナスの地。
そこで出会ったのは、「氷血公爵」と呼ばれる孤高のα、アレクシス・ヴァン・レイヴンだった。
人を寄せつけないほど冷ややかな瞳の奥に、誰よりも深い孤独を抱えた男。
アレクシスは、心に傷を抱えながらも懸命に生きようとするエリアスに惹かれ、次第にその凍てついた心を溶かしていく。
失われた誇りを取り戻すため、そして真実の愛を掴むため。
今、令息の華麗なる逆転劇が始まる。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる