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第一章 大領地の守り子
21最近襲撃が多い気がします
しおりを挟むシュナイザー商会との取引も終わり、わたくしたちは帰路に着きます。
「さて、無事に商談も終わったことだし……。どうせなら、歩いて帰る?」
「はい! ミームは小さい街ですから本当は転移なんか使わなくてもいいくらいですものね! というか先生はどうして転移なんて使っているのですか?」
「疲れるからだよ」
先生は悪びれずに言います。
「いくらなんでも体力なさすぎじゃないですか?」
「うるさいよ。人には得意不得意があるんだからいいじゃない。あ、そうだ。リジェットの髪色を変えようね」
ルンルンの帰り道、わたくしはスキップしそうな気分で、シュナイザー商会を後にしました。
「担当のクリストフさん、という方はお若い方なんですね」
「見た目はね。でも実際はちっとも若くないよ。彼等は呪い子だからね」
「彼等……というと?」
「ああ、クリストフには双子の兄がいるんだよ。そちらは王都でシュナイザー百貨店の代表をやってて、クリストフよりもっと若い見た目をしてるよ」
「そうだったのですね。シュナイザー代表のご兄弟、ということはクリストフもシュナイザーの中では立場が強い方なのでしょうか」
この、お父様にさえ恐れられている先生をクリストフが軽くあしらう様子はわたくしにとってとても衝撃的でした。
「もともとはシュナイザー商会の方はクリストフがまとめていたんだよ。だけどクリストフは、なんというか……。商売の利益ためならちょっとヤクザなことをするからね。それで兄の方に窘められて今は宝飾関連の統括だけやってるんだ」
「ヤ、ヤクザなこと?」
どんなことことをしているのかは想像もつきませんが、わたくしには思いつかない様なよくないことをしている気がします。
「リジェットお願いだから、クリストフを信用しすぎないでね」
わたくしは真剣な顔で言った先生の言葉に深く頷きました。
「あれ? 今、話の流れで聞き流しちゃったけど、リジェット呪い子は知ってるんだ?」
先生はそのことが意外だった様です。世の中に疎いわたくしが知らなそうな事柄ですもんね。
「はい。うちにも、最近までおばあさま付きの侍女でノアという呪い子がいましたから」
「ノア……。ああ、もしかしたらクリストフたちが気に入っていて従業員にしたいってしきりに絶賛していた呪い子の女性かな?」
「え……。ノアって顔が広いんですね」
まさかノアがシュナイザー商会ともつながっているとは思いませんでした。
「呪い子は数が少ないから呪い子同士で交流を持つことが多いらしいよ。彼等は寿命が長いからね……」
瘴気を受けない、と言う性質を持つ彼らは、体から見える瘴気の浸食具合でお互いに呪い子かどうかが瞬時にわかってしまうのだそうです。
寿命が長いため他の人間とは違う時間軸に生きる彼らは孤独を癒すため、お互いに独自のコミュニティを作り、情報を共有しながら生きていることが多く、呪い子同士は知り合いであることが多いらしいのです。
呪い子の中でもノアは、その性質が人一倍強いらしく、様々な職種からオファーがあるそうで、シュナイザー商会もノアを手に入れたい団体の一つなのだそうです。
わたくしはそれを聞いて首を傾げてしましました。
直接シュナイザー商会のクリストフに会ってみて思ったのはやはり商人らしく甘さのない駆け引きをする人だな、と感じました。
お金にならずとも人生のライフワークとして瘴気に見舞われた方のエピローグを聞くのが楽しみとするノアの気質と、何がなんでも商業につなげようとするシュナイザーの気質は、破滅的なまでに合わない気がするのですよね。
ノアにはぜひ、シュナイザーに関わらず、自由に生きてほしいなあ、と心の底で思ってしまいます。
わたくしはあの日からあっていない、ノアのことを思い出します。ノアはその後元気でやっているでしょうか。きっと、あの無表情を保ったまま、楽しく暮らしているに違いありません。
「そうなんですね……。うーん、呪い子とはつくづく不思議なものですね……。ちなみにクリストフさんはおいくつなんでしょうか?」
「もう五十は超えてるらしいよ?」
「ご、五十⁉︎ どう見ても二十代見た目なのに⁉︎」
「呪い子は神秘的だよねえ」
神秘というか、人智を超えているような気がしますが……。呪い子なんて嫌なネーミングだな、と思っていましたが、実際に目の当たりにしてしまうと、昔の人は自分とあまりにも違う生き物をさぞかし怖がったのだろう、ということがわたくしにも理解できてしまいます。
そんなたわいもない会話をしていた時のことでした。わたくしの視界に光るものが飛び込んできます。
「先生、動かないでくださいね」
わたくしは首に下げていた、剣のモチーフを触り、素早く魔法陣を発動させます。
大きくなった剣をしっかりと握り、目の前の動くものに突っ込みます。
動いていたものの正体は灰色の装束に身を包んだ人間でした。手には鋭いナイフが握られています。
通り魔かと思いましたが、どうやら狙いはわたくしのようですね。
「え!」
先生の驚く声が漏れ聞こえました。
外出した途端敵襲ですか。最近こんなことばかり起こっている気がしますが気のせいでしょうか。
敵はわたくしがまさか剣を持って攻撃してくるとは思っていなかったようで、攻撃が遅く、簡単に倒すことができそうです。敵の懐付近に剣を叩き込む様に振ると、あっけなく膝をついてしまいました。わたくしは倒れた敵に最後のとどめとしても一発ガツンと剣を刺し下ろします。
「ぐああ!」
敵は情けない声をあげています。
「わたくしを倒そうなんて、お馬鹿さんですねぇ」
微笑みながら、踏み潰した敵を踏みながらのすと敵はすぐガタガタと震え始めました。
「リジェット、目がイっちゃってる。ご令嬢のそれじゃなくなってる。戻して……」
「はっ! すみません」
先生に声をかけられて慌てて剣をしまいます。戦うことが楽しすぎて、そちらに意識を持っていかれてしまいました。
「リジェット、この人たちをこれで拘束できる?」
先生の手には縄がありました。どこの魔法陣から出したのでしょう?
早すぎてよくわからなかったですが、先生はいろんなところに、いろんなものを隠す魔法陣を所持しているようですね……。さすがです。
「やっぱりリジェットは素早いね、私が魔法陣を展開する前に片付けてしまうなんて」
すごいねえ、といつもの調子でまったりと先生が言います。以前屋敷の襲撃で悪者たちを狩った時、男性陣にドン引きされてしまったので、大丈夫かな? と心配していたのですが、先生はその枠には収まらないようです。
はー! 引かれなくて、本当によかったです。
「それにしても……。少し歩くだけで襲われるだなんて思ってもみなかったなあ」
「この人の狙いはわたくしでしょうか?」
「んー……。もしかして僕かもしれない。僕、いろいろ手広くやってるからな……」
「え、何をですか」
「聞かない方がいいかも」
「また王族関連ですか?」
「んー……」
「否定しないってことは肯定だと捉えてもよろしいのでしょうか」
先生はそのまま、困った顔をしただけで、何も語ろうとはしませんでした。詳しく聞くのは野暮なので、聞かないように致しますが、誰かに狙われるようなことはやめていただきたいですね。
「じゃあ手早く片付けて、お家に帰りましょう」
「あ、その人間は僕が引き取るから貸してくれる?」
「え? 先生運べるんですか?」
先生の腕は相変わらず枝の様に細いです。
「運べないよ。だからこうするんだ」
そう言った先生は腕についていた金色の金属でできたバングルを襲ってきた人間に近づけます。バングルには魔法陣が組み込まれていました。
すると、男はバングルに吸い込まれる様に消えてしまいました。
「うええええ⁉︎ 今、何を⁉︎ まさか収納しちゃったんですか?」
「うん。時間と空間のあわいに収納しちゃった」
以前教えていただいた小物入れの応用版らしいのですが、まさか人間が入るとは思っても見ませんでした。
先生が持ち帰った人間に何をするのかはわかりませんが、聞かない方が平和でいいかも知れません。
はあ、一日の最後にあんなことが起こるとは思いませんでした。ですがお茶、これから収入を得ることができそうなのでよしとしましょう。毒性植物の押し花も、いい値段で売れましたし……。一財産、一財産……。ふふふ………。
わたくし投資できるだけの資金があったらやりたいことがまだまだいっぱいあるのです。おばあさまみたいに事業を興して、騎士になるための交渉に使えるだけの地盤を作りますよ……。想像するだけで気分が高まります! 上機嫌でお家に帰ったわたくしはあまりにルンルンだったので、よからぬことを考えているのではないかとラマに怪しまれてしまったのですが、それはまた別の話なのです。
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