白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

34へデリーお兄様が襲来しました

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 その日は朝の素振りから何か嫌な予感がしていました。

 なんだか素振りをしている腕が嫌に重く感じるのです。ここ最近先生に魔術を習いに行って、復習をたくさんしているので、体が疲れているのでしょうか?
 今までの経験則だと、こういう日にすごく厄介なことが起こるのです。体が重いのはその予感でなければ良いのですが……。

 念ながら予感は当たってしまうのです。
 素振りが終わり、午前中の座学の時間が始まろうとした時、部屋に慌てた様子のラマが入ってきました。

「失礼いたします、リジェットお嬢様。少し良いでしょうか」
「どうしたのラマ?そんなに慌てて」

 ラマはどうやら走ってきたようです。息が上がっています。

「へデリー様がリジェットお嬢様を尋ねてきております」
「え! へデリーお兄様⁉︎」

 へデリーお兄様はわたくしの二番目のお兄様です。王家の剣に所属しており、今は王都からもオルブライト領からも離れた国境沿の地に副司令長として赴任しているはずでした。

 どうしてそんなお兄様が急に我が家にいらしたのでしょうか。
 ……今朝からしていた嫌な予感はこれだったのかもしれません。





 慌てて身支度を整え、家庭教師の先生にお詫びをし、へデリーお兄様がいらっしゃる応接間に向かいました。
 応接間に入るや否や、わたくしはへデリーお兄様にがっしりと抱き抱えられました。

「リジェット!!元気だったか!」
「へデリーお兄様、いきなりどうなさったのですか?」

 現在は冬真っ盛り、休暇の時期ではないはずです。ヘデリーお兄様は特徴的な黒と緑を混ぜたような色合いの騎士団服に身を包んでいました。

「溜まっていた有給があったからな。半休とってリジェットと話をしたくて魔法陣で飛んできた!」

 ああ、また周りの方に無理を行って強引に休みを取ってきたのでしょう。
 へデリーお兄様はオルブライト三兄弟の中で一番、我が道を行く強い方です。

 柔和なユリアーンお兄様や、立ち回るのが上手くて意外と細やかなヨーナスお兄様とは違い、豪傑で何事にも一直線なのがへデリーお兄様です。

 いつも周りを振り回しながら生きているので、犠牲者が所々で出ています。

 応接間のソファの方に視線をやると頭を抱えた、騎士団服の男性がいるのが目に入りました。黒に近い紫色の髪をした黒縁メガネが特徴的な、妙に色気のある優雅な立ち振る舞いをする方です。
 ……きっとあの方が今日の犠牲者でしょう。

「へデリー副司令長落ち着いてください。妹さんも驚いていますよ」

 だんだんへデリーお兄様の腕圧が強くなってきて、しめ殺されそうになっていたので、男性の声かけはとても助かりました。

「へデリーお兄様、こちらの方にもご迷惑ですから、一度わたくしに着席をさせてください」

 奥の男性に聞こえないくらいの声で、わたくしはへデリーお兄様に注意します。

「そうか、悪かったな」

 意外と聞き分けが良かったへデリーお兄様にほっとしながら席に着きます。座っている男性は服装から考えても、へデリーお兄様の同僚の方ですよね?
 お兄様はこんな醜態を晒して、果たして良いのでしょうか?
 まあ、それはへデリーお兄様本人が対処すべき問題なので、放っておきましょう。
 ただ、こちらに無理やり連れてこられた風で頭を抱えている方を放置してはなりません。

「へデリーお兄様、わたくしこちらのお方と会うのは初めてですのでちゃんと紹介してくださいませ!」

 へデリーお兄様はああそうかと言って紹介を始める。

「こちらはハルツエクデン国境警備部隊、司令長のアンドレイだ」
「し、司令長!?」

 まさかのへデリーお兄様の上司ではないですか! 上司を私用に巻き込むなんてお兄様なんてことしているのですか⁉︎
 わたくしは身も凍るような気分になります。この方の前で楚々をすることはできません。

「私は司令長、という肩書きだけれどあまり武力の方は芳しくなくないですから。所詮家柄だけで司令長になっただけの存在だから、あまりその辺は慮らなくともいいですよ」
「こいつは王妃の甥だからな、家の格で司令長になっただけだ」
「ははは、そう言うことですね」

 アンドレイ様は品のいい笑顔でヘデリーお兄様の不敬な発言を流してくれました。

「えええええ‼︎  ということはアンドレイ様はセンドリック公爵家の……」
「でも、私の家は分家ですから。そんなに大層なものではないですよ」

 そんな高貴な方をこいつ扱いするお兄様の態度に眩暈がしてきました。

「実質、部隊はほとんどへデリーがまとめていますし。
 私はあくまで司令を出すだけですから、そんなに畏まらなくてもいいですよ。それに爵位は高くてもリージェはオルブライトの方が上でしょう?」

 そうは言われても、無理です。わたくしはカッチンコッチンになりながら体を固めました。

「ああ、こいつもそう言ってるし楽にしていいぞ、リジェット」

 だから! 上司をこいつ呼ばわりしないでください、へデリーお兄様! 不敬でしょう!
 ……もう疲れました。以前お父様が兄たちはマナーに疎いところがあったと言っていましたが、九割へデリーお兄様な気がしてきました。
 こんな感じでよく騎士団でやって行けるなあ、と関心してしまいましたが、へデリーお兄様は腕っぷしだけは強いのです。髪も見事な黒で、魔力量が多いので使える魔法陣も多いですし。騎士団が強ければなんでも許される環境なのであれば、お兄様はそれはそれはのびのびとお仕事することができているのでしょう。

「で、今日はどんなご用件ですか。まさかわたくしの顔を見にきただけってわけではないのでしょう」
「お前が騎士団に入りたいとかいう寝言を言っているようだからな。それはまあいいとして……。
 父上に聞いたが最近あの魔術師のところに通っているそうだな」

 あの魔術師って先生のことですよね?何か問題でもあるのでしょうか?

「あの魔術師がいくら高貴な方であっても私は好かん。リジェット、あいつの言うことをまともに聞くのはやめろ」

 やっぱり先生はへデリーお兄様がそう認識しているくらい高貴な方なのですね。なんだか嫌悪した様な口調で言いますが、何か因縁でもあるのでしょうか?

「へデリー、クゥール様を侮辱するようなことを言うのはやめなさい。どこに盗聴の魔術具がついているか分かりません。弟子としてリジェット様を可愛がっているのであれば、リジェット様の体のどこかに仕掛けられていることも考えられるでしょう?」

 ……今聞き捨てならない言葉が聞こえましたが、スルーした方が良いでしょうか。私の体のどこかに盗聴器が仕掛けられているなんて考えたくもありません。そんな隙を見せたつもりはなかったのですが先生はまだよくわからないお方なので、私も対処の仕様が難しいのです。
 あれ……。でも以前ミームの街でおつかいに行った時に付けられた盗聴の魔法陣って外してもらいましたっけ? 嫌な汗がでてきました。とりあえず今日の湯あみの際に一応ラマに背中側に魔法陣が仕掛けられていないかだけチェックをしてもらうと思います……。念のため。

 話を聞く限りお二人はどうやら先生と面識があるようですね。

「なんというか少し意外なのですがへデリーお兄様はわたくしが騎士団に入りたいと言うことには強く反対はしないのですね」

 ヘデリーお兄様は渋い顔でこめかみを握った拳で抑えています。

「反対したい気持ちはあるが、お前が小さい頃から剣を振っている姿を見ているからな。強く否定することは逆効果なのではと思ってな。
 どうせ今のお前の能力であれば騎士学校入学試験で間違いなく落ちる。大体実技試験では魔獣を倒すことを要求されるからな。魔法陣も使えなきゃ、魔獣は倒せない。腕っぷしだけで挑むのはあまりにも無謀だ。だからあまり心配はしてないのだ」

 むむむ……。そう思われていたのですか……。心外です。今のわたくしは自分で魔法陣もかけますし、マルトで魔獣を倒した功績もあるのでその辺は問題ないのですが……。第一私どんな手を使ってでも入学してやると思っていたのです。ヘデリーお兄様はわたくしのやる気を甘く見ている様です。

「ただ魔術師が絡んでくると厄介だ。あいつは力もないくせに聴講生として騎士学校に紛れ込んでいた時期がある」
「え⁉︎  そうなんですか?」
「ああ、ユリアーンの騎士学校在学期間に入り込んでいたらしい。それであいつらは顔見知りらしいな」

 ん? そうすると計算が合わない気がするのですが……。オルブライト四兄弟の長男でいらっしゃるユリアーンお兄様は今、十八歳ですから騎士学校在学時期は四、五年前になります。そうなるとその頃には先生はもうミームに住んでいらっしゃったはずなので、王都を離れていると思うのですが……。
 先生のことですから、王都行きの転移陣も持っているってことですかね。

「まあ、そんなことはどうでもいい。ただでさえ今王都の状況はまずい。お前は騎士学校になど入ろうと思うのではない」
「え? 嫌ですけど?」
「嫌、だと……?」
「ええ。嫌です。どうしてわたくしの人生の決定にヘデリーお兄様が口を出すのですか?」
「それはお前の兄であるから……」
「お兄様であっても口が出せる範囲のことではありません」

 頑ななわたくしを見て、ヘデリーお兄様はこめかみに青筋を立てて怒っています。

「ええい!もうめんどくさい!
今から私と剣を交えなさいリジェット。
私が勝ったら二度と騎士学校へ通いたいなんて言い出すのではない!」

 お兄様めんどくさくなってしまったようです。アンドレイ様はへデリーお兄様の顔を呆れた顔で見ています。
 だがこの展開は私にとっても好都合です。

「……わたくしの愛剣を使ってみたかったんですよね、現役の騎士の方に」

 格好の獲物を目の前に、わたくしは思わず笑みを深めました。





 剣を振るうことができる様に中庭に向かうと、お兄様は腰に刺してあった剣をすうっと美しい動作で抜きました。

「ヘデリーお兄様、その剣なんですか⁉︎  カッコ良すぎやしませんか⁉︎」

 ヘデリーお兄様が持っていた剣は薄く白い、繊細な作りをしていました。なんだかヘデリーお兄様には似合わなそうな華奢な剣ですが、とっても美しいです!

「ん? 剣? ああ……。これは王都の職人に作らせたものだ。もともとアンドレイの剣を作っていた職人だったが使い勝手のいい剣だったから、私も同じものを作らせた」
「何かあるたびに、貸せと言われるのも面倒だったのでご紹介したんですよ。切るというより刺すことに特化した剣なのでご注意くださいね」
「アンドレイ……。リジェットにこちらの手を簡単に晒すな」
「いいじゃないですか? そのくらいのハンディは必要でしょう?」
「それじゃあ今回来た意味がないだろう。今回私は完膚なきまでこいつを叩きのめさねばならんのだ」
「あら? わたくしが簡単に倒せるとでも?」

 お兄様の言葉にわたくしはニイっと片方の口端をあげて笑います。

 勝負の舞台となる、中庭は風が強く吹いています。

 わたくしは例の反逆者の剣をお兄様に向けました。

 先に動いたのはお兄様でした。
 猪突猛進、進んだら一直線なお兄様が私の腕をなぎ払います。

 わたくしはそれを素早く避け、剣の重みを利用し体を宙に浮かせ大勢を整えます。

「チョロチョロと小賢しい……」
「これがわたくしの闘い方ですからね!」
「ふふふ……! やっぱり剣と剣が交わる音を聞くと気持ちが高まりますね! 最近一人で稽古をすることも多かったので久しくこの音を聞いていなかったのです」

 ラマと稽古をすることもありますが、ラマが使う武器は剣ではなく特殊な形をした鎖のついた暗器ですからね。

 お兄様は白剣を思い切りわたくしの足へと投げつけます。避けられませんでしたが、防御の魔法陣が攻撃を弾いたおかげで、刺さってはいません。

「ちっ! あいつの入れ知恵か……。刺さったと思ったのに……」

 うわっ! ヘデリーお兄様、本気でわたくしの足を刺す気だったのですね! ……防御の魔法陣がなければ、足が串刺しになってましたよ⁉︎

 その後は両者譲らす、攻防戦が続きます。長期戦に持ち込まれると、体力の差でどんどん不利になってしまうので、早いうちに蹴りをつけねばなりません。

 お兄様の腕を狙って、ぶんっと剣を振り回すと、お兄様の腕が飛んでしまいそうなくらい速さが出てしまいました。まずいっと思って軌道を変えると、ヘデリーお兄様がチッと舌打ちをしたのが聞こえました。

「躊躇をするな! 殺す気でぶつかって来い!」
「っ! わっかりましたよ! 死んでも文句言わないでくださいね!」

 そう言ったわたくしは剣の刀身を伸ばし、巨大化させます。

「なっ! 剣が伸びた⁉︎」

 わたくしは巨大化させた剣を振りかぶり、お兄様の脇腹に思い切り叩き切りました。

「え⁉︎  リジェット嬢⁉︎」

 アンドレイ様が目が飛び出そうな顔をしてこちらを見ていました。
 勢いよく吹っ飛んだお兄様はそのまま地面に叩きつけられ、しばらく動くことはありませんでした。





 剣にヘデリーお兄様を斬らぬよう命令していたので、血は出ていないようですが、打撃が大きかったため、ヘデリーお兄様の脇腹には紫色の内出血ができていました。
 ……でもわたくし、躊躇をするなと言われたので、内臓を潰す気で剣を振ったのですが、打撲だけで済んでるヘデリーお兄様って丈夫すぎません?

「リジェット嬢は……。なんと言いますか、本当にヘデリーの妹君なのですね。剣に対する嗜好がよく似ていらっしゃる」

 戦いが終わったと判断して、こちらに向かってきたアンドレイ様が感心した様に呟きます。

「そうでしょうか? わたくし自分では似ていないと思うのですが、最近よくヘデリーお兄様と似ていると言われるのですよね。……不本意です」

 眉を下げたアンドレイ様は、言葉を続けます。

「リジェット様、どうか許してやってくださいね。
へデリーはかわいい妹が自分があまり好んでいない魔術師にとられてしまうのが嫌だっただけなんですよ」

 それはうすうす気づいています。へデリーお兄様は言動は厳しいですが、なんだかんだ言ってわたくしに甘いところがありますから。だけど上司まで巻き込んで、迷惑かけながら問題を起こしていくのは良くないと思うのです。

「人の進路に口を出そうとするとロクな目に合わないんですから……、お兄様はしっかり反省してください!」

 そういうとお兄様は痛みをこらえながらうううと唸っていました。

「あの魔術師はユリアーンと同い年のくせに、変に老生しているところがあって、好かん! そんな奴に毒されやがって……」

 え? 今なんて言いましたか?

「へデリーお兄様、聞き間違いではなければ先生……、クゥール様はユリアーンお兄様と同い年の十八歳だと聞こえた気がしたのですが」
「ああ、間違いない。あいつは十八歳だぞ」

「十八歳にはどう見ても見えないでしょう!?何かの間違いじゃないですか!?」
「それが間違いではないから気にくわんのだ……。あいつは年上に見えるってこと特に気に留めていないし、むしろ侮られなくていい、とかで嬉々として受け入れてるからなあ……。そういうところも好かんのだ」

 わたくしはてっきり先生の落ち着き具合から、もうだいぶお年を召しているのかと思っていたのです。無の要素が強い呪い子であれば、年齢が見た目と倍近く違うことだってあるのです。現にクリストフはあの見た目で、結構年齢を重ねている様なので、同じように先生もお若く見えるだけで実年齢は仙人並み! という展開だと思っていたのです。

 十八歳とは……。まだ子供と言って良い年齢ではないですか。

 ……それにしても間違ってご本人に年齢のことを聞かなくてよかったです。誤解だとしてもこの手の勘違いは面白くないでしょう。

 ほっとしたのも束の間、ヘデリーお兄様はわたくしの顔をジロリと強い視線で見つめています。

「なんですか、そんなにじろじろ見て」
「リジェット、お前がこうやって自由にやっていられるのも今のうちだ。父上と違って私は甘くない。この家の当主が俺に代替わりしたら、容赦なくお前をこき使ってやるからな」
「当主って……。この家を継ぐのは長男でいらっしゃる、ユリアーンお兄様でしょう? まさかとは思いますが、戦いを申し込むなんて考えていませんよね?」
「あいつはまだあのクソ王子の近衛騎士でいるんだろう? クソ王子が王座を狙う限り、近衛騎士を辞めることはできない。そうするとこの家の当主は私に回ってくるってわけだ」
「ク、ク……ソなんていうんじゃありません! 不敬でしょう!」
「不敬もクソもあるかよ。あいつはただ順番的に早く生まれたってだけで、王の資質を満たしていないんだからな。私はあの王子のもとにはつかん。リジェット……。間違えてもあいつに輿入れしようなんて考えるなよ」
「そんなめんどくさいことに巻き込まれに行くわけないでしょう!」
「さあて、どうだかな……。私の見立てでは王族はもう動き出していると思うぞ。お前、ギシュタールとの婚約を破棄したんだろう? 早いところ次の婚約者を探せ。あの阿呆どもがお前を獲得するために既成事実を作る前にな」

 なんだか、品がなくて嫌な言い方ですわ。もっと違う言い方があるでしょうに。わたくしはまだ十一歳の淑女なのですから、もう少し丁寧にオブラートに包んで物事を教えていただきたいものです。……まあヘデリーお兄様にそんなことを求めても無駄でしょうけど。

 しかしヘデリーお兄様が王位継承争いに関心があるとは思っていませんでした。一応領主を狙っているだけあって大事な部分は抑えている様ですね。

 この一連の流れを見て、アンドレイ様は相変わらず、そうだねえとニコニコと穏やかな笑みを浮かべていました。この不穏な王都情報が混じった不敬極まりない言い争いに心を乱さないアンドレイ様もなかなか胆力がある、と言うか……切れものなのではないかと言う気がしてきました。

「はあ、本当にヘデリーお兄様は物騒な思考をされていますね。実のお兄様を排斥しようと目論みるなんて」
「その言葉……。お前が言える義理か? お前だって似たようなものだろう」

 どこが似たようなものなのでしょう。その理由はわたくしには全く分かりそうにありません。

「わたくしは強引で人を振り回すヘデリーお兄様よりも温和で慈悲深いユリアーンお兄様の方が領主に向いていると思いますわ」

 そう呟くとヘデリーお兄様はムッとした表情を見せ、黙ってしまいました。その表情を見たアンドレイ様は軽く吹き出しながらコロコロと笑い転げています。

「おやおや……、リジェット嬢は手厳しいお嬢さんだ」

「リジェット……、一つ言っておくがお前は慈悲深いと言うことが本当に領主の資質として必要だと思っているのか? だったら、お前は甘い。甘すぎる」
「なんでですか。優しいって素敵なことじゃないですか」
「ユリアーン……。あいつは確かに慈悲深いかもしれないが、それ以上にあいつは人を切り捨てる判断力がないやつなんだよ。だから今も第一王子から離れない。あいつは主人選びを間違えたまま、それを正せず任務に当たっているからな」
「第一王子ってそんなに評判が良くない方でしたっけ? 穏やかで人格者だってお父様は言っていましたが……」
「はっ! 穏やかで、人格者か……。あいつをそうやって表現するなんて父上も目がくもり始めたようだな。感覚が鈍くなっているようだ。……リジェット」

 嘲笑うようになったお兄様の顔がいきなり真顔になったので、わたくしはびっくりして思わず息を止めます。

「なんですか……?」
「お前が王都に出向いても第一王子には絶対に近づくなよ。万が一近づいた時は、私でもお前を守れないかもしれない」

 それは明らかな忠告でした。どうしてそんなにヘデリーお兄様が第一王子、ジルフクオーツ様に警戒するのか分かりません。しかし、わたくしはヘデリーお兄様の野性の勘の鋭さは一定の精度があると言うことを知っています。忠告を聞き入れて、警戒して損はないでしょう。

「ご忠告、ありがとうございます。……できるだけ気をつけますね」
「ああ、そうしてくれると私も肩の荷が降りる」

 そう言ってヘデリーお兄様は少し安心したような顔をわたくしに見せました。その表情ももちろんですが、その隣でアンドレイ様も同じように息をついた仕草がわたくしには印象的で、なんだか頭を離れずにいたのです。


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