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第一章 大領地の守り子
35初めての出店です
しおりを挟む今日は待ちに待ったハーブティー販売会の日です。
準備は万端で、わたくしとタセ、ニエ、シェカはお母様の管轄である、オルブライト家経営のカフェに足を運んでいます。
今はその一角にシェカの家で作られた、茶箪笥(本当はアクセサリー用だけども)を配置し終わったところです。
「ニエ! お茶のストックはちゃんと届いているかしら」
「うん! バッチリ! ちゃーんとキン村長から届いてるよ」
わたくしたちは最終確認として、朝一番で馬車に乗って届いたお茶のストックを茶箪笥の中に種類別に分けてしまいます。
「あれ? 今日はクゥール様はいらっしゃらないんですか?」
キョロキョロと店内を見渡したタセがわたくしに先生のことを尋ねに参りました。
「ええ。来るはずだったんですけど、さっき寝坊したってお手紙の魔法陣が飛んできました」
「クゥール様って寝坊するんですね」
「あの方、きちんとしていて抜け目ない様に見えて、意外とうっかりさんなんですよね」
「い、意外ですね……」
そう言ったうんうんと頷きながらタセはこれはこれで美味しい……、と呟いていましたが何か美味しいもののレシピでも思いついたのでしょうか?
「ええ……。どうして? すっごいお客様の数じゃないですか」
開店前のカフェの前には長い行列ができています。商談が苦手だと言っていたシェカが頑張ってその列を綺麗に整頓させています。
列に並ぶ人の服装を見ると、見慣れない服装をしているお客様が目に入ります。あの洋服の布地の染め方、王都で流行っている染め方ではないでしょうか。
どうやら領地外からもお客様が来ている様です。
「もしかしたら、わたくしがサロンで自慢しちゃったからかしら」
声のした方向を振り返ると、バックヤードとの境の壁からお母様がひょっこりと姿を表しています。
「お母様! 来てくださったんですね」
「ええ、一応このカフェの管理はわたくしに一任されていますもの……。それにかわいいリジェットの晴れ舞台にわたくしが顔を出さないわけにはいかないでしょう?」
「お母様……、ありがとうございます」
初めはお父様の意見ばかり尊重して、わたくしの意見は見て見ぬふりをしていたかと思われたお母様がこんなに協力的になってくださるとは思ってもみませんでした。
まだ始まってもいないのにこれだけで、感慨深い気分になってしまいます。
「そうだ! お母様、注文させていただいたテーブルクロスですが、こんな感じで茶箪笥にかけさせていただいています」
青みのある白のテーブルクロスに刺された印象的な藍色の刺繍はどこか伝統を感じさせる美しい模様でした。茶箪笥に彫られた花模様とも調和していて、変に悪目立ちすることもありません。
「よかった……。これはいつか大事な時に使おうと思ってずっと考えていた模様だったの。こんなふうに皆さんの目に触れる場面で発表するとは思っていなかったから、ちょっとびっくりしていたけれど……。今日を迎えられてわたくしもよかったわ」
そんな大事なものを今日わたくし達のために下さったことに、感動し、嬉しさを噛み締めてみんなでほんわかしていると、外からシェカが慌てて走ってきました。
「リジェット様! もう人が溢れて、道の向こうまで行ってます。これ以上長くなると迷惑ですから、ちょっと早いですけど、開店しちゃいましょう!」
「そうですね、開店です!」
ザワザワと寄せる人並みをわたくしは張り切って捌きます。
「はい、お会計はこちらです!」
「サンプルはこちらにあります。試飲も用意してますから、こちらでお楽しみください!」
「百ルピ以上購入の方には今日限定のハンカチーフをお付けします」
わたくしは人の多さに思わずワタワタしてしまいましたが、タセとニエはどこで学んだのか、と言う商売人っぷりを見せつけています。
スムーズに人の流れをコントロールしています。
シェカは大丈夫かしらと視線を彷徨わせると、店奥で贈答用の木でできたパッケージを気に入った、別のお店の方と商談を交わしている様でした。
シェカはもともと、家具屋さんの後継ですから、自分の仕事につながる商談ができている様で、わたくしも安心してそれを眺めていました。
「このテーブルクロス……素敵ね」
訪れたお客様は口々にお母様の刺繍を褒めています。やはり誰の目から見てもお母様の刺繍は素晴らしいのです!
奥に隠れていたお母様の方を見ると、頬を紅色に染めて涙目になっています。
今回の販売会はどうやら、それぞれのいいところを引き出せる結果が出た様です。
「完売でーす! 皆さまありがとうございました~!」
シェカの大きな声で告げられた店じまいにあわせて、最後のお客様に感謝の言葉を伝え、わたくし達は撤収の準備をし始めます。
今日、用意した分のハーブティーは結構多めかな、と思っていたのですが無事に売り切ることができました。
「おや、もう完売ですか。早かったですね」
声がした方向に視線を向けると、どこかでみたことのある美貌の男がこちらに近づいてきました。上質だとひと目でわかる薄い生地のサマーニットを来て、細身のスラックスを履いたおしゃれで背の高い、目の印象が強い男性です。こんな綺麗で印象的な人、一度あったら忘れるはずがありません。
誰だろう、と頭の中で記憶を辿るとやっとその人物に当てはまる人がヒットしました。
「クリストフ……?」
「ああ、この格好だといつものスリーピースと違いますからわからないですよね」
「おやすみの日は結構ラフな格好されてるんですね」
「ええ、あの格好は疲れるでしょう?」
ニコリ、と笑ったその表情にわずかに滲む胡散臭さが彼がクリストフであることを雄弁に語っている気がします。
「おかげさまで、マルトの薬草もまた、シュナイザー商会で取り扱える様になりましてね。いやあ、リジェット様、様様ですよ」
「……最初からそれが狙いだったのでしょう?」
「いいえ、とんでもない。こんなにうまくいくなんて最初から考えていませんでしたよ?
まあ、マルトは廃退して旨味のない土地になりつつありましたので、切り捨てようか、とは思っていたのですがねえ」
いきなりの種明かしにギョッとした顔でクリストフの顔を見ます。
「オルブライト家の子女であられるリジェット様の不興を買えばわたくしどもの意思とは関係なく取引を切った様に見せかけられるでしょう? そんな土地とわたくしどもが取引をするなんて領主の意思に反したことはできませんから」
「血も涙もありませんね」
「ええ。わたくしどもは商売をさせていただいていますから。慈善事業ではございません」
「あら? わたくしがやっていることは慈善事業ではありませんよ? 自領の統治です」
そう言い切ると、クリストフは瞳を三日月型にして、わたくしの顔を覗き込みました。
「やはり、あなたは素晴らしい。オルブライトの……。いやヒノラージュ様の系譜を見事に受け継ぐ方です」
手を叩いて絶賛するクリストフの様子に、小さな違和感を感じます。
「クリストフはおばあさまと面識があったのですか?」
「はい。ヒノラージュ様とは同い年でしたからね」
「お、同い年ぃ⁉︎」
呪い子だと聞いていたので、見た目よりも歳を重ねているのは知っていましたよ? それにしてもどうみても二十代後半くらいの年齢にしか見えないクリストフのまさかの年齢にわたくしは唖然としてしまいます。
こんな若々しい、美貌の五十二歳が存在することは許されるのでしょうか。しかもこの世界は一週間が八日ありますし、十三月まで存在しているので一年の長さが、四百日以上あるのです。前世の年齢で計算すると、クリストフは六十歳を超えている計算になります。
呪い子の年齢って本当に記号でしかないのですね……。
「ヒノラージュ様がお亡くなりになったのは本当に惜しいことでしたね……。あの方も自ら自領の魔獣討伐を行っていましたから、瘴気に染まるのが早かったのでしょう」
「それで……、そうだったの……」
おばあさまはなくなるには少し早い様な気がしていましたが、魔獣から瘴気を受けてしまっていたのですね。知りませんでした。
「まあ、リジェット様はその辺り心配していませんが、くれぐれもお体には気をつけてくださいね」
「え? わたくしあなた方の様に無の要素は強くないですが……」
「いいえ、無の要素ではありません。そんなものよりもあなたは素晴らしいものを持っているじゃないですか?」
「素晴らしいもの?」
「ええ……、あなたは……。おっと、保護者のかたが来てしまいましたね」
「先生!」
そう言ったクリストフの後ろには先生が怖い顔をして立っていました。いつも間にこちらに来たのでしょうか。気が付きませんでした。
「ごめんリジェット、普通に寝坊した……。と言うかクリストフ? うちの子に変なこと教えないでくれる?」
「おや、しかしいずれは知ることになるのですよ? 今知っても何も変わらないでしょう? 本当に知られたくないのであれば、リジェット様をわたくしに近づけなければよかったのですよ。あなたは相変わらず詰めが甘い」
プライベート仕様のクリストフの言葉には毒が含まれる様です。ペラペラと滑らかに嫌味を言うクリストフの様子にわたくしは唖然としてしまいます。クリストフは全く先生のことを恐れてはいない様です。むしろこの状態を楽しんでいる様にしか見えません。なんでしょう……、年の功なのでしょうか。
「うるさいよ、殺されたいの?」
「そうやってうまくいかないからって力で掌握しようとするところが、詰めが甘いんですよ」
先生を子供扱いする、クリストフの言動にハラハラしながら会話の行先を見守ります。
「君もレナートも。この子に余計なことを教えないでよね」
「レナート? って誰ですか?」
会話に割り込んで先生に問いかけると先生があ、しまったと言う表情をします。
「君は……。まだ知らなくてもいい」
「あ、わたくしの双子の兄ですよ。シュナイザー百貨店および商会の代表です。今は王都にいますが」
「クリストフ!」
情報をぺろっと口に出したクリストフは悪びれない表情で先生を見ていました。
先生とクリストフはいつまでも何か言い合い? を続けているので、そこから離れて、タセの元に向かいます。タセは今日の売り上げをまとめてくれていた様です。
「いやあ、本当に売り切れてよかったですね。売り上げもすごいんじゃないですか?」
「ええ。バッチリです。集計したところ、こんな感じでした」
タセは計算を終え、今日の売り上げが書かれた紙をみんなにチラリとみせてくれました。
「おおお⁉︎ こんな金額見たことないんですけど⁉︎」
貧乏村出身のニエは初めて見たであろう金額に目を輝かせています。
「今日はとりあえず一日限りのポップアップショップでしたから、皆さんお祭り感覚で購入してくださったのかもしれませんが、それにしてもよく売れましたね」
「この金を使ってパーッとやりたい! って思うところだけど、俺たち……あ、私だった。まだまだ始めたばっかりだから、再投資したほうがいいよな。今回はカフェの机を借りて使ったけど、机もこの茶箪笥に合わせて作った方が絶対統一感でるもんな~」
「お! だったらうちに任せてな! さいっこうの家具を作るから!」
「このカフェにいつも茶葉を置かせてもらえるくらい、在庫も必要だよね。マルトでの生産体制見直さなくちゃ、リジェット様、今後のカフェの使用許可とってもらえます?」
「え……。ええ! それは大丈夫ですよ」
「よかった~。今みんな乗りに乗ってるから今のうちにいろいろやっとかなくちゃ」
なんだか皆さん、随分と優秀ではありませんか? タセはまだ大人だからわかるのですが、シェカとニエも同じレベルで会話を繰り広げています。
わたくしは口を一言も出していないのにちゃっちゃか次のことが決まっていきます。やはり、わたくしの人選は正しかったですね。と言うか運が良かったのでしょうか。
「こんな面白いことをやらせてくれて……ありがと、リジェット様」
ニエはゆるりとした笑顔で言います。
「多分、俺……、私はこういうのが向いてるんだと思う。マルトにいたらそんな一面が自分にあるなんて一生気がつけなかったと思う。こっちにきて本当よかったな」
「……そう言ってもらえるとわたくしも嬉しいです。ニエはまだ子供なのに、わたくしがマルトから出してしまったでしょう? その責任を果たさなくちゃとずっと思っていたのです」
ニエの目がまた、あの時の様に未来を見透かした様にきらりと光ります。
「あのね、多分リジェット様はこれからもいろんなことをやるんだと思う。私はそれに全力でついていくから!」
巻き込まれ上等! と言ったニエは嬉しそうに笑っていましたが、わたくしは手放しに喜ぶことはできませんでした。
わたくしは……次に一体何をやるんでしょうか。
自分のことながら予想がつかなくてちょっと怖くなってきた気がします。
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