白兎令嬢の取捨選択

菜っぱ

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第一章 大領地の守り子

49蚤の市に向かいます

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「今日の授業は早めに切り上げて、蚤の市に行かないかい?」

 お父様との決闘が行われた次の週の水の日、わたくしはいつものように先生の家に魔術を習いに行っていました。蚤の市……その言葉を聞いたわたくしは目をこれでもか‼︎ というくらいに輝かせて、先生の緑色の瞳を覗き込みます。

「蚤の市! そんな素敵なものがあるのですか!?」
「僕も知らなかったんだけど、オルブライト直轄の街では第四週の水の日にあるみたいなんだよ。この間一緒に食事に行った時、掲示板に書いてあるのを見つけて行きたいなと思っていたんだよね」

 そんな素敵なお知らせを見逃していたなんて!  ちょっと悔しい気分になりますが、先生が見つけてくださっていてよかったです。先生的には蚤の市が今回の決闘のご褒美だと考えているようです。

「でも水の日にやるなんて不思議ですね」
「うん……。ちょっと前までは不思議に思っていたけど、ハルツエクデンの人たちはいい意味であまり働かないからね。月の最後の方には無の日から合わせて四連休をとる人も少なくないらしいよ」

 先生は以前王都にお住まいだったので、きっとオルブライト領の領民よりも厳しい労働環境を目にしていたのでしょう。取れるならば、毎月四連休をとってしまう、オルブライト領の民のことをうらやましく思っているようです。わたくしも正直うらやましいです。

 でも、それによってオルブライト領の領民はどの街を見ても健やかに暮らしているようにわたくしの目には映りますし、ある種それが労働の限界なのではないかとも考えさせられます。

 わたくしは先生の家でお部屋をお借りして、先生に預けておいた街歩き用に作った新しいワンピースに着替えます。お忍びに使うには普段のワンピースは少し派手すぎますから。

 花柄が施された紅茶色のシックなワンピースは今日の気分にぴったりでした。
 今日はお忍びを楽しみたいので、髪色も水色に変えておきましょう。

「先生! お待たせしました。着替え終わりましたよ!」

 先生はわたくしのワンピース姿を見ておや? という表情をしました。

「リジェットちょっと大きくなったね。ワンピースの裾がちょっと短くなっているようだよ」

 そう言われてみると、ワンピースのスカート丈が膝下だったものが膝上にかかるようになっています。
 貴族の令嬢としては膝を見せてはいけないのですが、今日は庶民の子供のふりをして出歩くのですからセーフでしょう。

「このワンピースとっても可愛くて気に入っていたのに、もう少しで着られなくなっちゃいますね……。とっても残念です」
「これから行く蚤の市で幅が広めのレースを見つけてみようか。下の部分に縫い付ければあと一年は切られるんじゃないかな」
「わあ! とっても素敵です! ぜひそんな素敵な物に出会いたいです!」

 買いたいものも決まりましたし、わたくしはウキウキしながら、転移陣へ移動します。

 先生の家から転移陣を使い、オルブライト直轄の街の路地にスッと降り立ちます。人目につかぬよう路地の奥の方に降り立ったのですが、今日の街はどうやら賑わいを見せているようで、こちらにも人のさざめきが聞こえてきます。

 煉瓦造りの建物が立ち並ぶ大通りは賑わいみせていました。皆、たくさんのものを買うつもりか大きめの鞄を持って道端の露店を確認しています。

 蚤の市は朝早くから行われるのかと思っていましたが、どうやら昼から始まるようです。
 わたくしたちがついたときにはちょうど、品物が並び終わったところでした。厚い織物の敷物の上に置かれた、目新しい品物に心をときめかせながら、わたくしはスキップするような足取りで蚤の市の小道を歩きます。

 水の日の割には人通りが多く、いろんな人とごちんとぶつかりながら歩きます。小さいわたくしはすぐに人並みに埋れてしまいました。

「ほら、リジェット。流されないようにね」

 そう言った先生が、手を伸ばしてくださったので、しっかりと離れないように手をつなぎました。先生の手はひんやりと冷たいのになぜか手を繋いでいると落ち着くので不思議です。

 歩いていると街の中にふわりと甘い香りが漂っていることに気がつきます。

「あ、美味しそうな揚げ菓子の屋台があるよ?
 一つ食べてみる?」
「わあぜひ!」

 三ルピ払って、揚げ菓子を受け取ります。
 ハフハフしながら食べられるこれはどうやらフォーナツのような食べ物のようです。

 無駄な味付けがなく、砂糖のみのシンプルなものでしたが、とっても美味しいです。

「美味しいです! わたくし買ったものをその場で食べるなんて初めてです」
「そうだろうね。こういうのもあそこのお屋敷にいるとなかなかできないだろうし」
「はい! もうこれだけで、今日来た甲斐がありました!」


 見渡すとお洋服から古本、何に使うか分からないガラクタまで、様々なものがこれでもかと言うくらいたくさん売られていました。

 わたくしたちは店を一店一店覗きながら、めぼしいものがないか確認していきます。

「先生は今日、何をお探しですか?」
「どこかに古い魔術書が売ってないかなーとは思っているよ」
「まあ! 蚤の市に魔術書なんて売っているのですか?」

 平民が多い街の蚤の市に果たして魔術書なんて売っているのでしょうか。疑問に思って先生に尋ねてみます。

「それがあるんだよ。高等な魔術師になると自分の研究を隠したがるから暗号文にする人もいるんだ。
 それがなんとも巧妙な暗号になっていて、純粋に読み物として面白いものを多いから魔術書だと思わずに、こういうところに流失することがあるんだ。
 この前も蚤の市で魔術書を見つけて、面白い伝奇小説だと思ったら百年前の魔術書だった」
「はあ、そんなこともあるのですね」

 確かに、内容を知られたくなかったら隠しますものね。もしかしたら、オルブライト家のあの資料室にある本の中にも、実は魔術書、と言うものがあるのでしょうか。
 もしあったら、是非読んでみたいです。
 家に帰ったら、早速探してみようと心の予定表に予定を書き込みます。

 その後何店か周りましたが、わたくしは特に買っていきたいものは見つかりませんでした。
 お隣の先生の荷物をチラリとみると戦利品を無事獲得してほくほくとした笑顔を浮かべています。

「リジェット、ちょうどいい幅のレースを見つけたよ。こんなのどう?」
「わあ! これ長さもワンピースの裾一周分より少し長いくらいでちょうどいいですね。色も白すぎないのでこのワンピースにも合いそうですね!」

 先生は手芸用品が多く売られているお店で探していたワンピース用幅広レースを見つけてくれました。
 わたくしも探していたつもりだったのですが、先生の方が探し上手でしたね。

 このお店は結構可愛いものが多いかもしれません。染め色が鮮やかで美しい刺繍糸やキラキラ輝くビンテージのボタンがたくさん並んでいます。
 こういうものをお母様に買っていったら喜んでくれそうですが、今日のことがバレてしまうのでお土産を買うのは控えた方が良さそうです。

「え……」

 ん? なんだか先生の様子がおかしいです。何があったのでしょう。
 表情が驚き、というよりも驚愕に近い顔になっています。

「これ、買います」

 先生が手に持っていたのはビンテージのボタンのようでした。様々な色合いを持った半透明でマーブル模様のボタンが厚紙の台紙に縦四列、横三列に縫い付けられています。

「あら、何個にします?」
「全部で」
「では一つ五ルピなので六十ルピですね」

 ボタン一つで五ルピというとちょっと高い気がしますが、先生は全部残らず買ったようです。そんなに好みにあったボタンなのでしょうか?
 綺麗だとは思うのですが……。

 手芸店での買い物が終わった先生はなんだかウキウキした表情をしています。

「さっきのボタンはそんなにいいものだったのですか?」

 先生はこちらの質問に、ニヤリとした笑いを浮かべて答えました。

「あのボタン…‥。色盗みの女が作った宝石でできてたんだよね」
「え!? ま、まさか! そんなことが!」

 色盗み、という単語に少しどきりとしてしまいましたが、表情をすぐ取り繕います。
 危ない、わたくしのことではなくこのボタンのことですよね。

 でも冷静に考えてもここで手に入ったということはとっても幸運なことなのではないでしょうか。
 色盗みの女が作る宝石はものすごく高い物です。わたくしは以前買おうとして、一つも買えなかった時のことを思い出します。
 先生が購入したボタンは一つ一つは親指の腹くらいの大きさでしたから、それほど大きくはありませんでしたが、全部で十二個ついてましたから……。
 その価値を考えるととんでもない金額になるのではないでしょうか。

「正規の値段で購入したら家が余裕で買えますね」
「多分あのお店の人もまさかこれが色盗みの宝石だとは思わなかったんだろうね。いやー。いい買い物だったね」

 いい買い物、という次元の話なのかは別としてとってもラッキーだったようですね。






 先生はやはりずいぶん目利きのようで、お目当てだった暗号化された魔術書もその後すぐお隣の古本の露店で見つけてしまいました。わたくしにはただの天文学の本にしか見えなかったのですが、先生に教えてもらいながらその本をみると、確かにそれは魔術書でした。どうやら武や熱の要素で構築された、戦いのための魔法陣を多く記した本だったので、後でわたくしも見せていただこうと思います。

 そのほかにも、衣服を仕立てるのに必要な布地や、生活雑貨など、お値打ち価格のものをこれでもかと買い込んでいます。まるで何かお店を開く前のバイヤーのような勢いです。

 よく重くないな、と思っていたらどうやら先生が持っている鞄の中には収納の魔法陣が組み込まれているようです。
 鞄に入れるたび、商品がその中に吸い込まれるように入っていきます。

 わたくしも何かいいものを見つけて一店くらいはお買い上げしてみたいです。もしかしたら、どこかに埋れているのかもしれないですね……。わたくしもまだまだ目利きとしての実力が足らないようです。

 ちょっぴり落ち込みながらしたの方を見て歩いていると、ふと視界にきらりと光るものが入ってきました。
 あまりみたことのない輝きだったので、なんだろうとしゃがんで確認してみると、それはなんとも珍しい虹色に輝く小瓶でした。

 小瓶に触ると、ふわり、と指先に向かって暖かい何かが流れてくるのを感じました。どこか魔鉱を持った時の暖かさに似ているような気がいたします。

 ……この感じは微細な魔力でしょうか。どうやらこの小瓶、ただの小瓶ではなく、魔力付与が行われているようです。詳しく測ってみないとなんとも言えないですが、この小瓶に入れた薬などは、効果が上がるのではないでしょうか。

 上に落ちあげて日の光に翳すと虹色の反射が美しく浮かび上がります。

「まあ、なんて綺麗な瓶でしょう! 光の角度によって虹色に光ります!」

 それを見た先生も驚いた顔をしています。小瓶に触れて魔力付与があることを確認した先生は、店主に聞こえないよう、わたくしの耳元で小声で伝えます。

「それは掘り出し物だね。二百年前ほど前に隣の領地で栄えた伝統工芸品の品流れものだ。まだ現存していたんだね。とんだアンティークだよ」

 アンティークということは高いのでは? と思い緊張しながらチラリとお値段を覗き込むと、たったの三ルピでした。
 え? こんな素敵なものが先ほどのドーナツと同じ価格? わたくしは思わず目をシパシパと瞬かせます。

 もしや、値段のつけ間違いではないかと店主に相談しようと思ったところ、そのままの値段で買いなさい、と先生に窘められて、わたくしはお値打ち価格で小瓶を手に入れました。

「あんなお値段でよかったのでしょうか?」
「いいんだよ。これが、蚤の市の醍醐味だからね。あそこで、値切らないなんて逆に変に思われるからやめようね」

 そういうものなのか、と自分を納得させ商品を鞄の中にしまいます。
 蚤の市にはとんでもないお宝が数多く眠っているのですね。
 
 蚤の市を回り終わって、最終的にわたくしは買ったのは先ほどの小瓶のみでした。
 けれども大満足です! あんなに素敵なものがあるとは思っていませんでした。
 せっかく買った小瓶をどこかに置いてきてしまったら悲しいので、ネックレスの収納に入れておきましょう。

「初めての蚤の市はどうだった?」
「はいっ! 掘り出し物を見つけられて、わたくし、大満足です」
「それはよかった」

 にっこりとわたくしを愛しむ保護者のような微笑みを浮かべた先生はさらなる素敵な提案をしてくれました。

「いつか一緒に王都の蚤の市も一緒に行かない? あそこはここより品数が多くて、驚くものがたくさんあるよ」
「まあ! それはとっても楽しみです! ぜひご一緒させてください」
「騎士学校でも休みはあるんでしょう? 僕はあちらに入り口を持っているから、リジェットの予定さえ合えば、すぐにでも行こうよ」
「はい! きっと入学する頃はちょうど秋なので蚤の市がたくさん行われているシーズンだと思うのです。
 ぜひご一緒させてください!」
「じゃあそれまでに今着てるワンピースも直さなくちゃだね」
「そうですね! ささっと直しちゃいましょう!」

 わたくしはカバンに入れてあった針と糸を取り出します。それを見た先生はちょっと変な顔をしていました。

「あれ? 魔法陣使わないの?」
「そんな物使いませんよ! わたくしこれでもお裁縫は結構得意なんですよ!」
「ええ……。意外だなあ」
「なんだか失礼な気がするのはなぜでしょう……」




 先生の失礼な発言は置いておいて、とっても楽しみな約束に胸を弾ませます。もしかしたらその機会がやってくる頃には、わたくしは騎士学校に入っているかもしれません。
 騎士学校は基本的には連絡をとることはできませんが、お手紙の魔法陣にその場で消える機能をつけられたら、誰にも知られずにお手紙を送れるかもしれません。

 未来はどうなるかはわかりませんが、楽しみはきっと多いと信じて、わたくしは心の予定表に新しい予定を書込みました。

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