氷の公爵と呼ばれた旦那様はただのヘタレですし、妻の私は子猫です

菜っぱ

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私はどうやら妻ではなく猫だったらしい3

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(ああ。寝屋を共にすることを拒否されてしまった)

 ミラジェは泣きそうになる。

 決められたルールから外れ、役割を果たせないということは戦力外通知を渡されたと同意だ。

(この家の使用人たちも、陛下も。私にそれだけの役割を期待して、この家に迎え入れてくれたのに。きっと、達成できなかったら、みんな私なんかを慕ってくれない。代わりの人間がすぐに補充されてしまうに違いない)

 そうしたら、自分はどうなってしまうの……。行き場のない焦りが、ミラジェを掻き立てる。

「私は今まで、ルールを与えられてその中で生きていくと言うことしか許されていませんでした。いきなり、自由を言い渡されて、過ごせと言われてもどうしていいかわかりません! 何か私に役目を! 何かわかりやすい役割を与えてください!」

 それは縋り付くような懇願だった。

「なんのルールもない状況で、関係もない子供として公爵家にいることは君にとってどうしても許容できないことなんだね?」
「そうです!」

(姉や母たちにあんな啖呵を切ったのに、今更役目なく放免されるなんて、嫌っ!)

 必死の形相のミラジェを見て、十秒ほど考えた様子を見せたシャルル。答えが下されるその間、ミラジェは死刑を宣告される受刑者のような緊張感に包まれていた。

 シャルルは答えを決め、宣言する。

「じゃあ、君のことは家にもらってきた猫だと思うことにしよう」
「は?」

 ミラジェは意味がわからず、口をあんぐりと開ける。

「猫って可愛いよね。いるだけで癒されるし、いるだけで価値があるよね」
「は?」

 公爵家の主人に“は?”を連発するなんて、不敬極まりない態度だということは分かっている。でも、空いた口から出る声は止まられなかった。

 当のシャルルはというと、もう考えるのが色々嫌になっていた。

(妻としての役割は求めず、保護される子供でもない保留理由が思いつかない……。もう現実逃避していいだろうか……)

 だからと言って、猫は流石に……。と思いはしたが、一度言ってしまったことはもう元には戻せない。取り止めのない補足を取ってつけたように足す。

「猫という生き物に可愛い以外、何か役目を求めたりはしないだろう? 君は可愛い。だから、君はここにいていい」

 __どう考えても謎理論だった。

 ミラジェはもはや考えることが面倒になって思考を放棄しているとしか思えない言葉にあんぐりと口を開ける。その推理は正解だった。

(そんなにこのことを話し合うのが、嫌なのだろうか。やっぱり、自分は彼に受け入れられていなくて……)

 闇に落ちかけたミラジェの思考をシャルルはフォローしようともせず、自分の理論を用いた会話を続けてしまう。

「ここじゃ気を遣ってよく眠れないだろう。明日からは自室で寝ていいからね」

 むしろ、追い討ちのように言葉を重ねてくる。ミラジェは思いもよらぬ展開に焦ってもう一度固まる。

「じゃ、おやすみ」

 謎理論を展開し終わったシャルルは逃げるように布団に潜る。
 まさか……本当にシャルル・エイベッドは自分のことを猫として扱おうとしているのだろうか。
 ミラジェは布団をかけたばかりだというのに、スヤア……と穏やかに寝息を立て始めた、シャルルを見て絶句した。

(この状況で、この人寝るの⁉︎)

 信じられない。信じられないが、これは現実である。
 婚姻の儀式を取り行ってしまった二人は(相手がどう思っていたとしても)紛れもなく夫婦であり、その取り決めを今すぐ白紙に戻すことは不可能だった。

「えっ、えっ⁉︎ 今日から私、どうやってこの家で暮らしていったらいいの……?」

 混乱しても答えは出ない。ルールを守って生きることが得意なミラジェであっても、猫になりきって暮らせといきなり言われたら戸惑ってしまう。

 とりあえずその日の夜は、猫らしく、主人であるシャルルの足元で丸まって寝ることしかできなかった。

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