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猫なので綺麗好きです8
しおりを挟む「……というわけで、若奥様。私が護衛として若奥様のお側につくことになりました」
毒を受けた次の日。まだ今日一日は様子を見て大人しくベッドで寝ていろと、命令されたミラジェの元に、恭しい態度のジャンがやってきた。
ジャンはシャルルの右腕である。エイベッド公爵領の頭脳とも言える彼は領地会議前の今、会議資料をまとめるのに忙しいはずだ。
ミラジェは昨日の資料作成の進み具合を思い出す。ミラジェの側で甲斐甲斐しく面倒を見る暇なんてないのだ。
「旦那様はこの忙しい時期に、ジャンさんをつけるなんて……馬鹿なのではないですか?」
ミラジェは呆れてしまって、淑女らしからぬ表情を浮かべてしまう。
以前よりも大分砕けた様子を見せるミラジェを見てジャンは心の距離が近づいたことへの嬉しさを感じていたが、それ以上に年若い若奥様にもわかることがシャルルにわからないもどかしさに苦笑した。
「……まあ、それだけ若奥様のことを大切に思っているのでしょう」
「だからといって、こんなふうに右腕であるジャンさんを私によこすのは本当にどうかと思います!」
「坊っちゃんは今、すべての従者を疑っておられますから。今はこの家に代々仕えているものは私とアレナしかいませんから」
ジャンの口語られた、意外な事実に目を丸くする。
「エイベッド家は……歴史が古く、王家と直接的なつながりを持つ公爵家なのに、代々仕えている従者は少ないのですか?」
「ええ。この家の当主が変わる際に、多くの者がこの家を離れて行ってしまいましたから」
節目がちに言ったジャンの言葉は重かった。ミラジェは聞いていい内容なのか迷いつつも。エイベッド家に関することなら知っておかねばならないだろうと考え詳しく聞いてみることにした。
「使用人たちは、辞職して他の家に移ってしまったということですか?」
「いいえ。他の者は前公爵であるレイヤード様の屋敷にいるのですよ」
(ん? どういうことだ?)
ミラジェはなぜそんな人事異動があったのかわからなかった。
「確か……レイヤード様は税の不正申告を告発され、当主を退かれたのでしたっけ」
シャルルが若くして公爵としての地位についたのは、父親で、前公爵である、レイヤードの不正があってのことだったはずだ。
罪人であるはずのレイヤードに、多くの従者を持たせるのはおかしいのではないだろうか。
「ミラジェ様もそのように解釈されていましたか。でも、実際の顛末は少し違うのですよ」
「え?」
ジャンは、困った表情でことの顛末を話し始めた。
「当時、当主であったシャルル様の父、レイヤード様は長年連れ添った奥様に逃げられ、酷く心を病んでおられました」
「逃げられた?」
知らなかった新情報を受けミラジェは顔を顰める。
「ええ。前公爵夫人は……心がとてもお優しい方__こう言ってはいけませんが、心が弱い方でしてね」
「こう言ってはなんですが……シャルル様みたいですね」
「ええ、そういうところはシャルル様によく似ていらっしゃいます。__優しすぎる彼女には公爵夫人という地位は重すぎたのでしょう。ミラジェ様が毒を受けたように、前公爵夫人も多くの危険な目に会いました。仲がよろしかったお友達に陥れられることも日常茶飯事で、誰かに裏切られる度に衰弱し……生家に逃げ帰ってしまったのですよ」
「まあ……」
なんて脆弱な精神だ、と健康な体を手に入れ、すっかりメンタル強者になってしまったミラジェは思ってしまったが、ミラジェだって体が辛い状態であったら、同じ手段を選んだだろう。辛い状況に陥って、そこから逃げる手段があったとしたら、そこに逃げ込んでしまう気持ちもわかる。
前公爵夫人は今のシャルルにとっての、ジャンやアレナの様な存在も得られなかったのだろう。
その当時のエイベッド公爵家には、柔らかな心を持つ彼女を守れるだけの地盤がなかったのだ。
「その後レイヤード前公爵は全盛期ならありえぬミス犯し、それを隠蔽することも多くなりましてね……。そぶりには出しませんでしたが、レイヤード様も戦友の様に思っていた奥様が突然目の前から消えてしまったことが相当堪えていたのでしょう。そのうち、隠蔽できない様な間違いを犯すほどに狂い初めてしまいましてね」
ミラジェはジャンの語り口を聞きながら胸が苦しくなる様な感覚を覚えた。
人が狂い始める様子を見ているのは、酷く心が削られる。ミラジェの場合、それは義母や姉たちであって、さほど好意がない人物だったからこそ耐えられた部分もあったが、シャルルはきっと、少なからず自分の父親を尊敬していただろう。
尊敬の対象が醜く形を変えていく過程を見ていたシャルルは、あの柔らかい心を損なわなかっただろうか。
「……しかし、意地があったのかレイヤード様は自ら退こうとはされなかった。どんなに説得してもです。そんなレイヤード様の様子に胸を痛めたシャルル坊ちゃんが、隠していた不備をまとめる形で申告したのですよ」
もちろん、シャルル様は愛情があったからこそ、前公爵に隠居を言い渡したのですよ、とジャンは付け加えた。
しかし、その申告はもはや告発である。
レイヤード前公爵は息子の優しさを正しく受け取れていたのだろうか。
「……なんだか。それでいいのかという展開ですね」
「旦那様の優しさは、分かりやすすぎるところと、わかりにくすぎるところが混在していますよね……」
ミラジェの実感がこもった言葉にジャンは柔らかく微笑む。
なんとなくだが、この経緯はシャルルが君は猫でいろ! といった経緯に形式が似ているような気がする。もしかしたら、シャルルは自分を妻だと認めてくれているのだろうか。
「そんな旦那様のことを、めんどくさいと切り捨ててしまいたくなりますか?」
ジャンはいたずらに笑って問う。
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