約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第1章 真実

第2話 予期せぬ対面

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★◇◆◇◆◇◆◇


 スパイス帝国の宮殿には、5つ役職が設置されている。
 すべての事柄においての決定権を持ち、帝国内の神として君臨する「皇帝」
 帝国の内政を取り仕切る「大臣」
 帝国の外政を取り仕切る「外交官」
 大臣の下には「剣士団長」と「剣士団」
 外交官の下には「兵士団長」と「兵士団」

 剣士団と兵士団に主な違いはない。
 その昔、近隣諸国との争いが絶えなかった時代に剣士は城内を、兵士は城外を守っていた。
 そのため、今でも兵士は城下町の見回り、剣士は城内の管理や皇帝の身の回りの仕事を担当することが多い。

 第7代皇帝ガラムマサラは皇帝に即位する際、大臣には剣士団長だったカイエンを任命し、外交官には兵士団長だったサフランを任命した。
 このサフランが、ターメリック・ジュストの父、サフラン・ダリオである。

 この「ジュスト」や「ダリオ」というのは、クリスタン神から授かったフィリアという特別な名前である。
 要するに、クリスタン教信者の証であり、誇りなのだ。
 ……と、サフランはよく口にしている。

 クリスタン教信者は、モンド大陸に30分の1ほど存在しているといわれているが、スパイス帝国では少数派の宗教である。
 それは、スパイス帝国の皇帝を神として崇拝することが国内で義務付けられているため。
 ……友情の女神を信仰するクリスタン教信者は、あまりよく思われていないのだ。

 職業によって差別が生じることもあるといい、用心のためにフィリアを隠して生活している信者もいるという。
 ターメリックが宮殿で働くことになった際、父サフラン直属の部下である兵士団に配属されなかった理由も、クリスタン教とスパイス帝国の因縁にあるようだ。

 しかし……
 ターメリック本人は、あまり気にしていない。
 それよりも、すっかり寝坊のクセがついてしまったせいで、大好きなたまごサンドを走りながら食べられるようになった自分を褒めてやるべきだと思っていた。

「……あぁ、おいしかった! ……あれ? あ、おまけだ! やったぁ! もうひとつ入ってる!」

 手のひらサイズのたまごサンドをひとつ平らげたターメリックは、まだ少し重たい紙袋を覗いて歓声を上げた。
 そのまま、弾む足取りで門番の兵士が立つ城門へと向かう。
 平和が続いているためか、見張りの兵士はいつもひとりで背筋を伸ばして立っていた。

「おはようございまーす!」
「……」

 ターメリックが挨拶をしても、門番の兵士は人形のように動かず喋らない。
 こんな日々が2年も続いている。

 ま、いいんだけどね。
 いつものことだし。
 ぼくが満足なんだから、それでいいや。

 笑顔を絶やさず、ターメリックはいつものように門前を通り過ぎようとして……
 ふと立ち止まった。
 手にした紙袋には、たまごサンドがひとつ入っている。

 せっかくおまけしてもらったけど、たぶん、もう食べている暇はないだろうなぁ。
 だから、こうする!

「門番さん! よかったら、これどうぞ!」
「……」

 ターメリックが紙袋を差し出しても、門番の兵士は身動きひとつせず黙ったままで、ターメリックのほうを見向きもしない。

「あー、えーっと……」

 勢いよく差し出した紙袋が、行き場を失って空を切る。
 さて、どうしようか……
 ターメリックは迷った挙句、たまごサンド入りの紙袋を兵士の剣に挟んで引っ掛けると、また走り出した。

「とってもおいしいですから! ぜひ食べてくださいね!」

 ……あれ?
 まるでぼくが作ったみたいになっちゃったな。
 ま、いっか。
 それにしても、門番さん……
 あんなところに立っていたら、絶対お腹が減るに決まっている。

 あ、でも……
 たまご、苦手だったかも……
 そうだったら、ほかの人にあげてくれればいいんだけどね。
 宮殿内へ向かう長い廊下を走りながら、ターメリックは暢気にそんなことを考えていた。


★◇◆◇◆◇◆◇


 宮殿内に足を踏み入れた途端、ターメリックは強烈な違和感に襲われた。
 ……静かすぎる。

 いつもなら、広場で訓練をする兵士の掛け声や、宮殿内を忙しく駆け回る剣士の足音が聞こえてくるのだが、今日は人の声はおろか、なんの物音も聞こえてこない。
 ターメリックは、毎朝寝坊しているせいで大広間での朝礼に出席できたためしがない。
 その朝礼が珍しく長引いているのかと思い、大広間を覗いてみた。
 しかし、だれもいない。

 いったい何がどうなっているのだろう……
 ターメリックは、広い廊下の真ん中で、ひとり途方に暮れていた。
 ……きっと、緊急の会議か何かで、全員が会議室に集まっているんだろう。
 とりあえず、自分は自分の日課をこなすことにしよう。
 ターメリックは歩き出した。
 まずは、地下牢の掃除である。

 ……どうせ、自分は下っ端雑用係だ。
 会議に出ていなくても、だれにも気づかれない。
 それに、もし仮に会議に出ていても、その内容を自分が理解できるとは思えない。

 ターメリックはひとり、薄暗い階段を降りていく。
 日の当たらない地下牢の入口で、ろうそくに火を灯した。
 ひんやりとした空気を感じながら、そのまま奥へ進み、壁の燭台にも順番に火を灯していく。

 牢屋の中にはだれもいない。
 スパイス帝国では、平穏な日々が続いている。
 平和を象徴するかのように牢屋の隅に生えた頑固なカビ汚れとの格闘が、ターメリックの一日の始まりなのである。
 いつもと同じように、ろうそくの光とともに奥へと進んでいく。
 そこでふと何かの気配を感じて、ターメリックは立ち止まった。

 奥の牢屋で、何かが動いている……
 人だ……!
 人がいる……!

「……」

 ろうそくの火も届かない、壁際の牢屋。
 恐る恐る歩みを進めていくと、手にしたろうそくが人の背中を映し出した。
 最初に目に飛び込んできたのは、後ろ頭ののっぺりとした黄色の髪の毛……

 あれ?
 こんなところに鏡なんてあったっけ?
 って鏡なら顔が映るはずだから……
 ええっ!?

「えええーっ!?」

 ターメリックの驚きの声が石壁に反響して、手にしていたろうそくの火を揺らした。
 しかし、牢屋奥の囚人は大声に動じることなく振り向くと、ターメリックを鋭い眼光で睨みつけた。

「馬鹿者っ! 今日も寝坊か!」
「父さん! だから家を出るときに起こしてくれってあれほど」
「私は起こしたぞ! お前も一度起きて返事をしていただろう! 二度寝したほうが悪い!」

 ふたりのやり取りが思った以上に大きな声だったためだろう。
 普段のやり取りが、薄暗い牢屋中にわんわんと響き渡った。
 なぜか囚人となっているサフラン・ダリオは、息子を前に決まり悪そうに咳払いをした。

「しまった。つい、ここがどこかも忘れていつもの調子で説教を……」
「父さん、それどころじゃないよ。どうしてこんなところにいるの? いったい何があったんだよ」

 ターメリックの素朴な疑問に、ろうそくの光に灯されたサフランは苦悶の表情を浮かべた。
 そして、意を決したように、ぽつぽつと話し始めた。

「簡単に言えば……ターメリック、お前が寝坊したせいだな」
「……は?」
「お前が私と一緒に朝礼に参加していたら、私はひとりではなかったはずだ。だから……ガラムマサラ皇帝も一命を取り留めていた、かもしれない」
「え、え……? 父さん、さっきからいったい何の話を……」
「落ち着いて聞け、ターメリック」

 訳がわからず取り乱しそうになるターメリックを遮ったサフランは、大きく深呼吸をすると一息に言い切った。

「カイエン大臣が剣士団と兵士団を引き連れて、皇帝の座を強奪したのだ。第7代皇帝ガラムマサラは、カイエンによって私の目の前で刺殺された。つい先ほど……いつも通りの朝礼での出来事だ」


つづく
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