約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第1章 真実

第1話 黄色い髪の少年

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★◇◆◇◆◇◆◇


 大きな放物線の形をしたモンド大陸。
 その東岸に位置しているのが、大国スパイス帝国である。
 大陸には大小6つの国があるが、スパイス帝国は大陸の四分の一を占めていた。

 城下町の中心には、皇帝の住む宮殿がある。
 その昔、大きな争いのあった名残か、宮殿はそびえ立つ城壁にかこまれていた。
 城壁の外には城下町が広がり、人々は何不自由ない生活を送っていた。

 宵闇の中、城下町の一角にある家からはランプの明かりが漏れていた。
 家の中には年若い少年と、その父親らしい男がテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
 血の繋がった親子らしく、髪の色はふたりとも濃い黄色をしている。

「……いいか、ターメリック。この世界の平和は、すべて仮初めの平和なのだ」

 またその話か。
 父のこの言葉を聞く度に、ターメリックは心の中で盛大なため息をついてしまう。

「竜の王イゾリータが封印され、何百年の月日が流れた。しかし、いつまた封印が破られるかわからん。そのときはふたりでクリスタニアへ向かい、クリスタン神様にお救いいただこう」

 ターメリック・ジュストの父サフラン・ダリオ。
 彼は熱心なクリスタン教信者だった。
 しかし、息子のターメリックは、そんな父親を冷めた目で見ることもしばしばであった。

 仮初めの平和、竜の王イゾリータ、クリスタニア、クリスタン神様……
 そんなこと言われてもなあ……
 ターメリックは心の中で呟いた。
 唯一の肉親である父には申し訳ないと思いつつ、ターメリックはクリスタン神を心から信じられずにいた。

 神話として書かれていることが史実だなんて、実際に起こったことだなんて思えない。
 父がどうしてそこまでクリスタン神を信じられるのか、息子の自分にはわからない。
 このスパイス帝国では、クリスタン教信者は疎まれているというのに。

 スパイス帝国の宮殿に務めるターメリックは、それでも今日あったことを報告しなければならない。
 それが、部署は違えど同じく宮殿に務める父との約束なのである。

「父さん。今日はペパー団長に『スパイス帝国の神は皇帝なのだから皇帝を崇めよ』と言われてしまったんだけど……こういうとき、ぼくはどうしたらいいんだろう」

 夕食後のひとときに、重苦しい話を持ち出したくはなかった。
 けれどもターメリックは、思い切って今朝のことを話してみたのだった。
 サフランは、そんな息子の話を聞きつつ、息子の淹れた紅茶を一口飲んで顔をしかめた。
 顔をしかめたのは、もちろん紅茶の味にではなく話の内容に……である。

「ペパー団長はカイエン大臣贔屓だが……まさかそこまで言うとは。残念だな」
「カイエン大臣はクリスタン教を嫌っているから、ペパー団長も命令されて言わされたんだと思うなぁ……それで父さん、ぼくはどうしたらいいのかな」
「そんなこと……決まっているだろう」

 息子の質問を聞き終えたサフランは、紅茶を飲み干すとターメリックを睨みつけた。
 その顔にはすでに「当たり前のことを聞くな」と書いてある。

「お前は、これからもクリスタン教信者として生きていくのだ。これは父親の言葉ではなく、スパイス帝国外交官の命令である。わかったな」
「……」

 父親の鋭い眼光を前に、ターメリックは咄嗟に言葉が出てこなかった。
 しばらくして、消え入りそうな声で「はい」と返事をした。
 そうすることしかできない自分が、もどかしくて悔しかった。


★◇◆◇◆◇◆◇


 その日の深夜のこと。
 ターメリックは、寝台に寝転がって天井の木目を見つめていた。
 目が固いので、寝付くまでに時間がかかる体質なのだ。
 ……おかげで、毎日寝坊する始末。
 しかも、今日は父の言葉……ではなくスパイス帝国外交官の命令が頭から離れず、目が冴えてしまって眠れそうにない。

 スパイス帝国外交官、サフラン・ダリオ。
 自分の父親が、なぜそこまでクリスタン教にこだわるのか……
 息子であるターメリックにも、よくわかってはいなかった。

 クリスタン教は、友情の宗教だ。
 ぼくには気の合う友人なんてひとりもいない。
 父さんだって、知らないわけじゃないだろうに。
 まさか、これからぼくに友だちができるなんて思っている……?
 いやいや、いくらスパイス帝国が広いからって、この髪の色じゃ珍しがられるだけで終わりだ。
 父さん、残念だけど……
 ぼくはこのまま、ずっとひとりだと思うよ。

「……」

 左手に見える窓からは、爪のように細い三日月がターメリックを見下ろしている。
 月明かりに照らされながら、瞼を閉じてはみたけれど……
 当分、眠れそうになかった。


★◇◆◇◆◇◆◇


 スパイス帝国の城下町は、毎朝市場で賑わっている。
 人々が、そこで毎日の食料を調達するためである。
 スパイス帝国は農業や漁業に向かないため、食料品はすべて輸入に頼っている。
 そのかわり、大陸にひとつしかない鉱山の金属を加工して、他国に輸出していた。
 この経済活動によって、第7代皇帝ガラムマサラの治世は安定していた。

 しかし……
 争いがなくなったことで、職を失った者たちも少なからず存在していたのである。
 ………
 ……
 …

 近頃のスパイス帝国は、この時期特有の長雨にやられていた。
 やまない雨に、人々の気分まで湿気ってしまいそうな日々が続いていたのだ。
 いったいいつまで振り続けるのかと、城下町中がため息に埋もれ始めた、そんなある日のこと。
 その日は朝から見事に晴れわたり、雲ひとつない空が広がっていた。

 ああ、なんてありがたい!
 若者たちは喜び勇んで鉱山へと向かった。
 何かがおかしい……
 と、天候を怪しむ老人たちを鼻で笑いながら。

 ……5日ぶりの青い空の下、ひとりの少年が市場を駆け抜けていた。
 服装は宮殿を守る剣士のもの。
 しかし、その腰に剣は差されていない。
 風になびく首元までの少し長い髪は、輝く金色というよりも、のっぺりとした黄色。
 その姿は、まるで「お人好し」が服を着て走っているかのようだった。

「あら、ターメリックじゃないの。朝から大変そうだねぇ。今日も寝坊かい?」

 通りに面したパン屋から、ふくよかな女性が顔を出した。
 ターメリックは急いでいただろうに律儀に足を止めて、にっこりと微笑んだ。

「おはよう、ローズマリーさん。今日も二度寝しちゃって、朝ごはん食べてないんだ」
「まったく、あんたって子は。そんなんだから、2年も宮殿で働いているのに、下っ端の雑用係なんだよ」

 パン屋のおかみローズマリーが呆れてため息をつくと、ターメリックは唇を尖らせた。

「雑用係じゃなくて、宮殿を守る剣士だよ。ほら、制服だって着ているんだから」
「腰に剣も差さないで、何が剣士だい。サフランさんも呆れているんじゃないのかい?」
「父さんは関係ないよ。ぼくには必要ないから、持っていないだけさ」
「はあ……」
「世界は平和なんだ。人を傷つけて争いを起こす剣なんていらないよ。父さんだって、きっとそう思っているはず……って、大変だ! 朝礼に遅れる!」
「あ! ちょっと待ちな!」

 慌てて駆け出そうとしたターメリックを、ローズマリーが呼び止めた。

「朝ごはん、食べてないんだろう? あんたの好きなたまごサンド、持って行きな。おまけも入ってるよ」
「うわぁ! ありがとう、ローズマリーさん! ぼく、このたまごサンドが大好きで」
「それは毎日聞いてるから! もう行きなさい!」

 ローズマリーに急かされたターメリックは、たまごサンドの入った紙袋を抱えて大通りを駆け抜けて行った。

「まったく……スパイス帝国外交官の息子だっていうのにねぇ」

 その呟きは、市場の喧騒にまぎれて消えた。


つづく
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