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第2章 光
第8話 孤独にご用心
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★◇◆◇◆◇◆◇
頬を打つ潮風に、ターメリックは目を開けた。
「あ、れ……?」
気がつくと、砂浜の上に横たわっていた。
起き上がって見上げてみると、クランが立っていた断崖が目と鼻の先に見えた。
なんだ……
下は海でも岩肌でもなくて、砂浜で……
しかも、落ちても平気な高さだったんだ。
あたりを見回してみると、ちょうど隣にクランが倒れ伏していた。
「クラン君! 大丈夫!? クラン君!」
揺さぶってみたものの、反応はない。
クランは、まだ気を失っているらしい。
クラン君……
君は、落ちても大丈夫だって知ってて、ここに立っていたの……?
だとしたら、やっぱり君は……
ターメリックが、もう一度声をかけようとした、そのとき。
また地面が揺れ始めた。
「うわわ……?」
また地震かと、ターメリックはあたりを警戒したものの、はてと首を捻った。
先ほどの揺れとは、違う種類の揺れである。
なんだろう……
何かが近づいてくるような、足音みたいな揺れだけど……?
地響きはまだ続いていて、少しずつだが大きくなっているようだった。
ターメリックは、耳をすませて音のする方角を確認した。
「……」
どうやら、駆け抜けてきた草原のほうから、何かが近づいて来ているらしい。
ターメリックは後ろを振り向き、目を凝らした。
あれは……
え?
……花?
そのとき。
ターメリックの胸ポケットから、美しい鐘の音が「リリンリリン」と聞こえてきた。
わわっ、なんだ!?
びっくりして音の主を引っ張り出してみると……
それは、なんとあの小さな羅針盤だった。
ええっ!?
何この機能!
聞いてないよ!?
両手で抱えても「リリンリリン」は止まらない。
えー、どうしよう……
どこか押したら止まるかな……
あ、そっか。
ターメリックは、羅針盤を手のひらに載せて、中央の円に手をかざした。
すると、
『……あ。そういえば、ターメリック君に通信機能のことを説明していなかったなぁ。気がついてくれるといいんだが』
羅針盤からの「リリンリリン」が止まって、代わりにガサガサと雑音の混じったようなカメリアの声が聞こえてきた。
「え? カメリアさん?」
驚いたターメリックが声をかけると、羅針盤の中から嬉しそうな声が返ってきた。
『おお! 気がついてくれたんだね! よかった! 実は、その羅針盤にはクリスタニアの神殿にいる私と直接話ができるようになっているんだよ』
「そ、そんなことできるんですか!?」
『ははっ、すごいだろう? 現に今、君と話している私はクリスタニアの神殿にいるんだよ。こちらから話したいときは、羅針盤が鐘の音で知らせてくれる。そちらから話したいときは、羅針盤の中央を押してくれれば話せるよ』
「へぇ……」
ということは、旅先で困ったことがあっても、いつでもカメリアさんに相談できるんだなぁ。
ターメリックが感動していると、羅針盤のガサガサ音に混じってカメリアの小さな声が聞こえてきた。
『あと、これは非常に申し訳ないことなんだが……ターメリック君とクランの話は、羅針盤からすべて聞かせてもらっていたんだ』
「え!?」
『すまない! 悪気はなかったんだ! 非常事態に備えて仕方なく……』
カメリアの声がさらに小さくなった、そのとき。
すっかり忘れていた地響きが、ターメリックのかなり近くまで迫ってきた。
『ひどい揺れだな……ターメリック君、クラン、ふたりとも怪我はないか?』
「ぼくは平気です。でも、クラン君が……」
崖から落ちてまだ気を失ったままなんです、と続けようとしたターメリックだったが、
「僕も平気だよ」
振り返った先では、クランが立ち上がって服に付いた砂を払っていた。
どうやら、かなり早い段階からターメリックとカメリアの話を聞いていたらしく、羅針盤から声が聞こえていても驚いてはいないようだ。
「ああ、クラン君。よかった……」
ターメリックは、クランの元気な様子に胸を撫で下ろした。
クランは、あたりを見回している。
「大きな地震だったから、津波が来るかもしれない。早く高い所に避難しないと……」
『いや、今のは地震じゃないんだ』
「え」
カメリアの言葉に、クランの口から訝しんだ「え」が飛び出し、ターメリックは羅針盤とクランを交互に見つめた。
カメリアの話は続いている。
『クリスタン神様によると、あの大きな揺れは、竜の王イゾリータが暴れている音なのだそうだ。イゾリータが暴れることで、同時にその封印が少しずつ破られ、毒気が発生する』
「毒気……?」
『竜の王イゾリータの意志を持つ空気のことだ』
カメリアは、そこで一呼吸置いた。
紙をめくる音がしているので、どうやら本に書いてあることを読み上げているらしいとわかった。
『イゾリータは孤独を司る竜の王、奴は孤独を見逃さない。独りでいる物すべてが、イゾリータの毒気に感染しやすいのだ』
「毒気に感染する……?」
「叔父さん、それってどういうこと」
『ああ、待て待て今調べるから……あ、あった。毒気に感染したものは、イゾリータが恨みを持つ伝説の剣の持ち主を攻撃するようになる……と、本には書いてあるよ』
「えー、何それ。全然わかんない」
『そんなこと言われても、私にもわからないんだが……そちらに、何か変わったことはないかい?』
カメリアの問いかけに、ターメリックはクランと顔を見合わせた。
「……」
先ほどから続いていて、もうあまり気にならなくなっていた足音は、やはりだんだんと近づいていて、しかもかなり大きくなっている。
ターメリックとクランが揃って振り返った、そのとき。
背丈の倍以上はある巨大なヒマワリが、ふたりを踏み潰そうと、これまた巨大な根っこを足のように振り上げていた。
「わ」
「うわああぁっ!! な、なんだこれーっ!!」
クランは至って冷静に、ターメリックは泣き喚き出しそうな勢いで、ヒマワリの怪物から逃れようと揃って砂浜を駆け出した。
ターメリックの手に握られた羅針盤から、カメリアの慌てた声が聞こえてきた。
『ふたりとも! どうしたんだ!? 聞こえていたら、状況を説明してくれ!』
「大変なんですよ! でっかいヒマワリが襲ってきたんです! それで今、クラン君と必死に逃げてるんです!」
砂浜を駆け抜けながら、ターメリックは簡単に状況を説明した。
ヒマワリの怪物は、地響きとともにターメリックとクランを追いかけてきていた。
羅針盤からは、勢いよく本をめくったり、本を探して落としたり、机ごとひっくり返したかのような雑音が聞こえている。
しばらく走った後、ようやくカメリアの声が聞こえてきた。
『生き物というから動物だとばかり思っていたが、まさか植物にも毒気が感染するとは……なんて、感心している場合じゃないな。どうやら君たちは、そのヒマワリに狙われているようだ。しかし……どうして、ヒマワリなんだろうな』
カメリアの間延びした声に、ターメリックも全力で砂浜を走りながら、草原で見かけた花を思い出していた。
背の高いヒマワリの群生地、そこから少し離れた場所に咲いていた、一輪の大きなヒマワリ。
ほかのヒマワリを羨ましげに眺めているように見えたのは、どうやら気のせいではなかったらしい。
たった一輪で咲き誇るヒマワリの孤独を、イゾリータは見逃さなかったのだ。
「……寂しいのは、動物だけじゃないってことだよ」
あのヒマワリに気がついていたらしいクランは、息苦しそうに呟いた。
走り慣れているターメリックには持久力がある。
しかし、クランにはそれがない。
速度も目に見えて落ちてきている。
このままでは、あのヒマワリに追いつかれてしまうだろう。
つづく
頬を打つ潮風に、ターメリックは目を開けた。
「あ、れ……?」
気がつくと、砂浜の上に横たわっていた。
起き上がって見上げてみると、クランが立っていた断崖が目と鼻の先に見えた。
なんだ……
下は海でも岩肌でもなくて、砂浜で……
しかも、落ちても平気な高さだったんだ。
あたりを見回してみると、ちょうど隣にクランが倒れ伏していた。
「クラン君! 大丈夫!? クラン君!」
揺さぶってみたものの、反応はない。
クランは、まだ気を失っているらしい。
クラン君……
君は、落ちても大丈夫だって知ってて、ここに立っていたの……?
だとしたら、やっぱり君は……
ターメリックが、もう一度声をかけようとした、そのとき。
また地面が揺れ始めた。
「うわわ……?」
また地震かと、ターメリックはあたりを警戒したものの、はてと首を捻った。
先ほどの揺れとは、違う種類の揺れである。
なんだろう……
何かが近づいてくるような、足音みたいな揺れだけど……?
地響きはまだ続いていて、少しずつだが大きくなっているようだった。
ターメリックは、耳をすませて音のする方角を確認した。
「……」
どうやら、駆け抜けてきた草原のほうから、何かが近づいて来ているらしい。
ターメリックは後ろを振り向き、目を凝らした。
あれは……
え?
……花?
そのとき。
ターメリックの胸ポケットから、美しい鐘の音が「リリンリリン」と聞こえてきた。
わわっ、なんだ!?
びっくりして音の主を引っ張り出してみると……
それは、なんとあの小さな羅針盤だった。
ええっ!?
何この機能!
聞いてないよ!?
両手で抱えても「リリンリリン」は止まらない。
えー、どうしよう……
どこか押したら止まるかな……
あ、そっか。
ターメリックは、羅針盤を手のひらに載せて、中央の円に手をかざした。
すると、
『……あ。そういえば、ターメリック君に通信機能のことを説明していなかったなぁ。気がついてくれるといいんだが』
羅針盤からの「リリンリリン」が止まって、代わりにガサガサと雑音の混じったようなカメリアの声が聞こえてきた。
「え? カメリアさん?」
驚いたターメリックが声をかけると、羅針盤の中から嬉しそうな声が返ってきた。
『おお! 気がついてくれたんだね! よかった! 実は、その羅針盤にはクリスタニアの神殿にいる私と直接話ができるようになっているんだよ』
「そ、そんなことできるんですか!?」
『ははっ、すごいだろう? 現に今、君と話している私はクリスタニアの神殿にいるんだよ。こちらから話したいときは、羅針盤が鐘の音で知らせてくれる。そちらから話したいときは、羅針盤の中央を押してくれれば話せるよ』
「へぇ……」
ということは、旅先で困ったことがあっても、いつでもカメリアさんに相談できるんだなぁ。
ターメリックが感動していると、羅針盤のガサガサ音に混じってカメリアの小さな声が聞こえてきた。
『あと、これは非常に申し訳ないことなんだが……ターメリック君とクランの話は、羅針盤からすべて聞かせてもらっていたんだ』
「え!?」
『すまない! 悪気はなかったんだ! 非常事態に備えて仕方なく……』
カメリアの声がさらに小さくなった、そのとき。
すっかり忘れていた地響きが、ターメリックのかなり近くまで迫ってきた。
『ひどい揺れだな……ターメリック君、クラン、ふたりとも怪我はないか?』
「ぼくは平気です。でも、クラン君が……」
崖から落ちてまだ気を失ったままなんです、と続けようとしたターメリックだったが、
「僕も平気だよ」
振り返った先では、クランが立ち上がって服に付いた砂を払っていた。
どうやら、かなり早い段階からターメリックとカメリアの話を聞いていたらしく、羅針盤から声が聞こえていても驚いてはいないようだ。
「ああ、クラン君。よかった……」
ターメリックは、クランの元気な様子に胸を撫で下ろした。
クランは、あたりを見回している。
「大きな地震だったから、津波が来るかもしれない。早く高い所に避難しないと……」
『いや、今のは地震じゃないんだ』
「え」
カメリアの言葉に、クランの口から訝しんだ「え」が飛び出し、ターメリックは羅針盤とクランを交互に見つめた。
カメリアの話は続いている。
『クリスタン神様によると、あの大きな揺れは、竜の王イゾリータが暴れている音なのだそうだ。イゾリータが暴れることで、同時にその封印が少しずつ破られ、毒気が発生する』
「毒気……?」
『竜の王イゾリータの意志を持つ空気のことだ』
カメリアは、そこで一呼吸置いた。
紙をめくる音がしているので、どうやら本に書いてあることを読み上げているらしいとわかった。
『イゾリータは孤独を司る竜の王、奴は孤独を見逃さない。独りでいる物すべてが、イゾリータの毒気に感染しやすいのだ』
「毒気に感染する……?」
「叔父さん、それってどういうこと」
『ああ、待て待て今調べるから……あ、あった。毒気に感染したものは、イゾリータが恨みを持つ伝説の剣の持ち主を攻撃するようになる……と、本には書いてあるよ』
「えー、何それ。全然わかんない」
『そんなこと言われても、私にもわからないんだが……そちらに、何か変わったことはないかい?』
カメリアの問いかけに、ターメリックはクランと顔を見合わせた。
「……」
先ほどから続いていて、もうあまり気にならなくなっていた足音は、やはりだんだんと近づいていて、しかもかなり大きくなっている。
ターメリックとクランが揃って振り返った、そのとき。
背丈の倍以上はある巨大なヒマワリが、ふたりを踏み潰そうと、これまた巨大な根っこを足のように振り上げていた。
「わ」
「うわああぁっ!! な、なんだこれーっ!!」
クランは至って冷静に、ターメリックは泣き喚き出しそうな勢いで、ヒマワリの怪物から逃れようと揃って砂浜を駆け出した。
ターメリックの手に握られた羅針盤から、カメリアの慌てた声が聞こえてきた。
『ふたりとも! どうしたんだ!? 聞こえていたら、状況を説明してくれ!』
「大変なんですよ! でっかいヒマワリが襲ってきたんです! それで今、クラン君と必死に逃げてるんです!」
砂浜を駆け抜けながら、ターメリックは簡単に状況を説明した。
ヒマワリの怪物は、地響きとともにターメリックとクランを追いかけてきていた。
羅針盤からは、勢いよく本をめくったり、本を探して落としたり、机ごとひっくり返したかのような雑音が聞こえている。
しばらく走った後、ようやくカメリアの声が聞こえてきた。
『生き物というから動物だとばかり思っていたが、まさか植物にも毒気が感染するとは……なんて、感心している場合じゃないな。どうやら君たちは、そのヒマワリに狙われているようだ。しかし……どうして、ヒマワリなんだろうな』
カメリアの間延びした声に、ターメリックも全力で砂浜を走りながら、草原で見かけた花を思い出していた。
背の高いヒマワリの群生地、そこから少し離れた場所に咲いていた、一輪の大きなヒマワリ。
ほかのヒマワリを羨ましげに眺めているように見えたのは、どうやら気のせいではなかったらしい。
たった一輪で咲き誇るヒマワリの孤独を、イゾリータは見逃さなかったのだ。
「……寂しいのは、動物だけじゃないってことだよ」
あのヒマワリに気がついていたらしいクランは、息苦しそうに呟いた。
走り慣れているターメリックには持久力がある。
しかし、クランにはそれがない。
速度も目に見えて落ちてきている。
このままでは、あのヒマワリに追いつかれてしまうだろう。
つづく
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