約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第2章 光

第13話 溢れ出る叡智

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★◇◆◇◆◇◆◇


 モンド大陸一の大国、パン王国。
 その西部地域を「カトラリー地方」と呼ぶ。
 東に位置する王都タジンとは対照的に、カトラリー地方には豊かな自然が広がっている。

 そして、カトラリー地方に点在する3つの村のうち、クリスタニアに最も近いのがスプーン村という村だった。
 ターメリックたちはノウェムの案内で、そのスプーン村を目指していた。

 クリスタニア周辺は草原が続いており、3人の足取りも軽やかだった。
 しかし、しばらく歩いていくうちに背の高い木々が生い茂る狭い道になってきて、陽の光も差さなくなってしまった。
 そこから、さらに歩いた頃。

「……重い……もう、限界」

 荷台を引いていたノウェムが立ち止まり、大きく息をついた。
 前を歩いていたターメリックとクランが振り向くと、ノウェムはふたりの顔を交互に覗き込んだ。

「どっちでもいいんだけど……荷台引くの、代わってくれない? ふたりの荷物も入っているから、いつもより重くて疲れるんだよ」
「え、あ! そっか、ごめんね気づかなくて! 今代わって……」

 ターメリックが慌てて荷台に近づこうとすると、クランがそれを手で制した。
 そして、

「ノウェム、意外と体力ないんだね」

 足早に荷台へと駆け寄り、ノウェムと場所を交代した。
 どうやら、少し引いてみたいと思ったらしい。

「もう少し鍛えたほうがいいんじゃない」
「昨日、砂浜でゼェハァ言ってたお前に言われたくねぇよ」

 悪態をついたノウェムが歩き出し、ターメリックも後に続いた。
 クラン君が疲れたら、交代してあげなきゃ。
 まあ、疲れたらというか……
 飽きたら、かもしれないけど。
 ターメリックが自分の心の声にクスッと笑った、そのとき。

 ……リリン。

 どこかから、澄んだ音色が聴こえた。
 これは……鈴の音?
 ターメリックはあたりを見回したが、ノウェムは気にせずに歩いていく。

「ノウェム君。今、何か聴こえなかった?」

 前を行くノウェムに声をかけると、振り向きざまに、かなり驚いたような「えっ?」が返ってきた。

「オレには何も聴こえなかったぞ。ターメリック、あんまり驚かせないでくれよ」

 ノウェムはそう言うと、足早に前を歩いていってしまった。
 ……あらら、ノウェム君って意外と怖がりなんだ。
 でもなぁ……
 さっき、確かに鈴の音が聴こえたはずなんだけど……
 ターメリックが首を傾げつつノウェムの後を追おうとした、そのとき。

「おーい、ノウェムー」

 荷台を引こうとしていたクランが、ノウェムを呼んだ。
 もう歩けなくなったのかなと、ターメリックが振り向いた先で……
 クランは、片手で軽々と荷台を引いていた。

「……へ?」

 ターメリックは、ぽかんと口を開けたまま、その光景を眺めていた。
 お、おかしいなぁ……
 ノウェム君は、あんなに重そうに引いていたのに……
 と、そこへ、

「やっぱり体力ないのはお前のほうじゃねぇかよ」

 と呟きながら、ノウェムが戻ってきた。
 しかし、荷台を片手で押したり引いたりするクランを見て、ノウェムの目は文字通り点になった。

「……は?」
「ノウェム。この荷台、重いって本当なの」
「はい?」
「ノウェムって体力はないけど、演技力だけはあるんだね」
「……いや、違うって! おかしいから! そんなに軽いわけないから!」

 呆然としていたノウェムが我に返って反論するも、クランは何処吹く風で飄々とかわしている。
 そんなふたりのやり取りの中……
 ターメリックは何かの気配を感じた。

「ふたりとも! ちょっと静かにして!」

 言い合うふたりを制し、耳をすます。
 近くの茂みが騒がしい……

「ノウェム君、クリスタニアへ向かう道って、ここだけなの?」

 一緒に耳をすませていたノウェムに確認してみると、茂みのガサガサ音に冷や汗をかいていたノウェムは、ぶんぶんと首を横に振った。
 え、ってことは……

「ノウェム、落ち着きなよ。たぶん人間だから」
「わ、わかってる! わかってるって!」

 クランの冷静な言葉に、ノウェムは唾を飛ばして答えていた。
 その間にも、茂みはガサガサと騒がしい。
 どうやら、ひとつ隣の道から何者かがこちらへ向かって歩いてきているようだ。

「……」

 3人が固唾を飲んで見守っていると……
 茂みの途切れたあたりから、ひょろりと背の高い青年が現れた。
 木漏れ日の中で、銀縁眼鏡がキラリと輝く。
 短い金髪はパヤパヤと風にそよぎ、こげ茶色の瞳は落ち着いた印象を与える。
 そして青年は、美しい水色の宝石と小さな鈴のついた杖を手にしていた。

 あ、もしかして……
 さっき聴こえた鈴の音、これかな?
 ターメリックは杖にばかり気を取られていたが、青年は構わず小さく会釈した。

「驚かせてしまって、申し訳ない。お困りのようだったので、魔法で荷物を軽くしたのだが……」
「え、魔法」
「魔法!? すっげー!!」

 クランとノウェムが我先にと荷台へ駆け寄った。
 青年も、ふたりの後に続いて歩いていく。
 ターメリックは、その様子を後ろから眺めていた。

 この世界には、魔法が存在する。
 大きな規模のものから、日常に潜む小さなものまで、その種類は多種多様だ。
 しかし、魔法の習得にはそれなりの素質や勉強量が必要になるため、世界は広くても扱える人間は限られている。
 そんなことを知ってか知らずか、ターメリックは自分が使った魔法を説明する青年を見つめていた。

「荷台の中を見てもらえばわかる通り、荷物を少し浮かせているんだ。荷台を引いても、荷物は浮いたままついてくるようにしてある」
「うひゃー! すっげー!」
「体重かけても、ビクとも、しないや」

 ノウェムとクランが荷台を覗き込んではしゃいでいるのを、青年は楽しそうに眺めている。
 そんな青年を、ターメリックが見つめている。
 普段なら、魔法なんて一大イベントを見に行かないわけがないターメリックだったが、それよりも気になっていることがあった。

 この人……
 ぼくの知っている人かもしれない。
 確か、名前は……
 思い出した!

「クィントゥム君だ!」

 真後ろからの飛び抜けた明るい声に、振り向いた青年は怪訝な顔をしていた。
 なぜ自分の名前を知っているのか、と問いたげである。
 それでも、思い出して嬉しくなったターメリックは止まらない。

「こんなところで会えるなんて思わなかったよ! クィントゥム・ジョアン君!」

 懐かしいなぁ。
 こんなぼくと仲良くしてくれていた、物知りのクリスタン教信者のお兄さん……
 まだ名乗ってもらってないけど、絶対クィントゥム君だ、間違いない。

「ジョアン……」

 クランがターメリックのポケットから羅針盤を取り出した。
 ノウェムが横から覗き込む中、クランは羅針盤に手をかざした。
 そのとき。

「……ターメリック・ジュスト、か?」

 青年の眼鏡の奥の瞳がキラリと瞬いた。
 やっぱり……!
 ターメリックは大きく頷いた。

「そうだよ! ぼくのこと、覚えていてくれたんだね!」

 ターメリックの喜ぶ顔を前に、青年はクスッと笑った。

「その髪の色は、一度見たら忘れられないよ。久しぶりだね、ターメリック」
「うん! 久しぶり!」

 ああ、嬉しいなぁ。
 クィントゥム君に、また会えるなんて。
 ターメリックは満面の笑みを浮かべた。


◆☆◆◇◆◇◆◇


 ジョアンって、そんなに珍しいフィリアじゃないから、こんなことが起こるなんて思ってもみなかったな。
 ターメリックが旧友らしい青年とにこやかに語り合っている間、クランはノウェムとともに羅針盤から伸びる光を見つめていた。

「幸先いいってことかな」
「いや良すぎて怖いだろ」

 青年を指す、透き通るような水色の光。
 浮かんだ文字は、

『叡智 ジョアン』

 だった。


第2章おわり
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