約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第3章 叡智

第13話 知識の使い道

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◆◇★◇◆◇◆◇


 無駄になることはない。
 いつか必ず役に立つ。
 知識とは、そういうものなのだ。
 ……と、ヘルベーヨは知っていたのだろう。
 冷たい海の中で、クィントゥムは昔に読んだクリスタン神話の本を思い出していた。

 ヘルベーヨは『叡智の剣を使って、仲間たちに指示を飛ばして戦った』と、本に書かれていた。
 しかし、持ち主の精神状態が影響して剣が使えなくなるという情報は、どこにも書いてなかった。

 クィントゥムは、鼻がツンと痛んだ弾みで、思わず口を開けてしまった。
 く、苦しい……っ!
 口中に潮辛い海の味が広がっていく。
 ……薄れゆく意識の中で、クィントゥムの目には煌めく水面が映っていた。

 ああ、最後にまたひとつ……
 知識を得ることができた……
 と、そのとき。
 目の端で、水面が大きく揺らめいた。

 な、なん、だ……
 息苦しさの中、最後の力を振り絞って目を凝らすと、一瞬だが見えた。
 金色の……
 いや、黄色の髪の毛……

 それは、まるで魚のようにクィントゥムの下に回り込んだ。
 そして、浮力を使って徐々に水面へとクィントゥムを押し上げていった。

「……ぷはっ!!」

 海面から顔が出た途端、大きく息を吸い込んだ。
 激しく咳き込み、海水を吐き出す。
 クィントゥムは泳げないものの、必死に手足をばたつかせて沈まないように浮いていた。
 はぁはぁと荒い息遣いで振り向いた先には、

「よかった……間に合った……」

 見慣れた黄色い髪が、海の上で揺れていた。
 なんだか、今にも沈んでしまいそうだ。

「ターメリック……!」

 クィントゥムは慌ててターメリックを引き揚げると、ぎこちない泳ぎで近場の岸辺を目指した。
 ようやく岸辺にたどり着き、波に洗われた岩肌を登っていく。
 茂みを抜けると、そこは見慣れた場所だった。
 そこの倒木に腰かけ、水筒の水を飲んでいた頃が遠い昔に思えてくる。

「ぼくは今まで、泳いだことなかったんだ。でも、クィントゥム君が海に落ちるのが見えて、咄嗟に飛び込んじゃって……それでも、助けられて良かったよ。まあ、最後は助けられちゃったけど」
「……」

 服の袖口や裾からボタボタと水滴を垂らしながら、ターメリックは困った顔で笑っていた。
 クィントゥムは、そんなターメリックを前に、咄嗟には言葉が出てこなかった。
 足元に広がる湿った地面を見つめ、ようやく絞り出したのは、

「ターメリック……本当に、すまなかった」

 まだ手紙でしか伝えていなかった、謝罪の言葉だった。
 小麦畑を風が吹き抜けていく。
 少し肌寒いのは、服が濡れているからだろう。
 クィントゥムは服に残った水滴を魔法で吹き飛ばそうとして、手元に杖がないことに気がついた。

 そして……
 もしも杖を持っていたとしても、今の自分には魔法が使えないということも思い出した。
 そのことを重ねて謝ろうとしたクィントゥムだったが、

「……謝らないでよ、クィントゥム君」

 茂みで服を絞っていたターメリックが、真剣な表情でクィントゥムを見つめていた。
 謝らないでよ……?
 怪訝な表情を浮かべるクィントゥムに、ターメリックは珍しそうに口を開いた。

「クィントゥム君は物知りで、何でも知ろうとしているみたいなのに、ぼくの気持ちはわからないんだね」
「……」

 何を言ってるんだ?
 言葉の出ないクィントゥムを、ターメリックはじっと見つめると、

「ぼくは、君が思っているほど、君のことをおこがましい奴だなんて思ってないんだよ」

 そう言って、にっこりと笑った。

「君は申し訳なかったって手紙に書いていたけど、ぼくはクィントゥム君がいろんなことを教えてくれて嬉しかった。というか、謝るのはこっちだよ! クィントゥム君が何度も教えてくれたのに、全然覚えられなかったんだから!」
「……」
「ぼくは、クリスタン神話のことも、そうじゃないことも、何にも知らない。君に教えてもらわないと、ぼくは何もわからないんだ。だから、何も気にしないで教えてよ、クィントゥム君」
「……」
「ひとりになんてならないで! 一緒に行こう!」

 身振り手振りを交えて必死に語るターメリックに、クィントゥムは青年ヘルベーヨの残した手記を思い出していた。

『知識は生き物。使っていかなければ、自らの中で死んでしまう。だからこそ、仲間に伝えていかなければならない』

 ああ、すっかり忘れていた。
 使われることのない知識が、自らの記憶とともに死んでいくところだった。

 ありがとう、ターメリック。
 今なら魔法が使えそうだ。
 期待に満ちた眼差しのターメリックに、クィントゥムは「わかった」と頷いた。

「一緒に行こう、ターメリック」

 その一言に、ターメリックの目がキラキラと輝き出した。
 何度も「うんうん!」と頷き、

「やったー! 良かったー!」

 大きく万歳を繰り返していた。
 何の裏表もない、心からの笑顔がそこにあった。
 ちょっと大袈裟だなと思ったクィントゥムだったが、すぐに気がついた。
 ああ、ターメリックはこんなにも私の……
 友達のことを大切に考えていたんだな。

「おおーい! ふたりともー!」

 そこへ、荷台を引く音とともに、すっかり見知った顔になったノウェムとクランが近づいてきた。
 ふたりは、緩やかな上り坂を顔をこわばらせて、ゆっくりゆっくり歩いていた。
 荷台が重たすぎるのかと心配になったクィントゥムだったが、ノウェムはターメリックの満面の笑みを見るとすぐに顔をほころばせた。

「お、その笑顔は、すべて解決済みってことか。よかったな、ターメリック」
「うん! 良かったよぉ! これで荷台も軽くしてもらえるね!」
「……苦労してここまで来た甲斐があったぜ。な? クラン」

 ノウェムが声をかけた先では、クランが疲れ果てた様子でうずくまっていた。
 息も絶え絶えの中、クランは懐から何やら取り出した。
 それは、

「あ! クィントゥム君の杖!」
「これが、ないと、ダメ、でしょ。ついさっき、木の枝に、引っかかってるのを、見つけたんだ」
「あれ、そういえばクィントゥム君、杖持ってなかったんだね」
「なんだよターメリック、今さらだなぁ……ってか、なんでそんなにびしょ濡れなんだよ」
「えっと、海に落ちたクィントゥム君を助けに……」
「え!?」

 ……なんだか騒がしくなってきたので、クィントゥムはパチンと手を打った。

「これまでのことは、おいおい話していくよ。だから、今は先に進もう。ああ、その前に」

 クィントゥムはクランから杖を受け取ると、大きく深呼吸した。
 頭の中で、先ほどのターメリックの言葉を思い出してみる。

『何も気にしないで教えてよ、クィントゥム君』

 それから、大海原を想像して意識を集中し、クィントゥムは杖を振るった。
 すると、

 ……リリン。

 穏やかな鈴の音とともに突風が吹き抜け、クィントゥムとターメリックの髪と服が一瞬で乾いた。

「わ! すごい! ありがとう、クィントゥム君!」

 ターメリックは、自分の頭や服の裾を触って瞳を輝かせていた。
 よかった、また魔法が使える。
 心が落ち着いているおかげか……
 いや、これはターメリックのおかげだな。
 クィントゥムは、荷台に向かって杖を振るった。
 鈴が鳴り、荷台を引いたノウェムから歓声が上がった。

「やったぁ! ありがとう、クィン兄さん!」
「……クィン兄さん?」

 聞き慣れない呼び名に首を傾げると、ノウェムは「へへっ」と笑って、

「クィントゥムさんみたいな兄さんがいたらなって思って、でもオレにはもう本当の兄さんがいるからクィントゥム兄さん……じゃ長いからな!」

 仲間と友達と、弟か……
 クィントゥムは、人懐こい笑みを浮かべるノウェムに微笑んでみせた。

「ああ、悪くない」

つづく
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