約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第5章 勇気

第16話 遅れた救世主

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★◇◆◇◆◇◆◇


 万事解決……?
 ターメリックが首を傾げている間にも、レードル姫は廊下の奥に向かって手を振り続けている。
 ちらりと覗いてみると……
 なんと、羅針盤を手にしたノウェムがこちらに歩いて来るのが見えた。

「ノウェム君!」

 ターメリックも、現れた救世主に手を振った。
 なるほど、万事解決……
 ノウェム君が来た道を戻れば、クレソンに見つからずに城内に出られるってことだね!
 現れたノウェムはというと、名前を呼ばれて羅針盤から顔を上げた。
 その顔には「え?」と書いてある。
 あ、そっか。
 ノウェム君、ぼくたちのこと助けに来てくれたのに、ぼくたちがもう外に出てて驚いてるんだ。
 そりゃ「え?」ってなるよね。
 ターメリックが苦笑いを浮かべていると、

「え? なんで? え?」

 案の定ノウェムは動揺しながら地下牢へと近づいてきたのだった。
 ターメリックが「実は」と鉄格子消滅の経緯を説明すると、

「は? なんだよそれ! せっかく助けに来たのに、意味ないじゃん!」

 不満顔のノウェムは、手にした鍵を弄びながら、大きなため息をついた。
 おそらく、かっこよく開けるはずだった地下牢の鍵だろう。
 ターメリックが何て声をかけるか迷っていると、駆けつけたクィントゥムが「意味なら大ありだ」と頷いた。

「ノウェムが羅針盤を持ってきてくれたおかげで、私たちが行くべき場所がわかるじゃないか」
「行くべき場所……?」
「この光を辿れば、この城から外に出られるだろう?」

 首を傾げるノウェムに、クィントゥムは羅針盤から放たれた橙色の光を指さした。
 なるほど、さすがクィントゥム君!
 この光を辿れば、フィオさんのいる宿屋ノヴァンヴルに戻れるよね!
 そばで見ていたターメリックは瞳を輝かせたが、当のノウェムは少し言い淀んで、

「それなんだけど……実は、一度宿屋に帰った後、フィオ姉さんも一緒に来てくれて、今はこのリーヴル城の中にいるんだ」

 と言った。
 ターメリックの「えっ!?」とクィントゥムの「どうして」が重なり、薄暗い廊下に反響して消えていく。
 ノウェムは、ふたりに今までの出来事を説明してくれた。
 それによると、最初は「勇気の剣」に選ばれたことを嫌がっていたフィオだったが、コーヒーミルの説得のおかげで「自分にしかできないこと」をするために城内へ向かった、という。

「自分にしかできないこと……」

 って何だろう。
 フィオさん、何をしようとしてるのかな。
 ポツリと呟いたターメリックの隣で、クィントゥムが「ふむ」とあごに手を添えた。

「彼女の目的はわからないが、私たちに不利になることをするとは思えない。とりあえず、橙色の光を追って進もう」
「おう! そうだよな!」

 クィントゥムの言葉に、ノウェムは大きく頷いて歩き出そうとしたが、クィントゥムが「あと、それから」と引き止めた。

「その羅針盤、ノウェムの頭に直撃だっただろう。実は私のせいなんだ、申し訳ない」
「……え!」

 ノウェムは何度か瞬きした後で「ぜ、全然、全然大丈夫だったぜ!」と笑ってみせた。
 そのぎこちない笑みには「どうして知ってるんだ?」と書かれていた。
 相当痛かったんだな、とターメリックはしみじみと頷き、

「それじゃあ、フィオさんのところへ行こう!」

 と仲間たちとともに歩き出した。
 レードル姫がノウェムに「来てくれてありがとう」と微笑みかける。
 その隣ではクランが「ノウェムありがとう」と羅針盤に向かって声をかけていた。
 ノウェムの「いや、それオレじゃねぇし!」が廊下の奥まで反響し、やがて空気に溶けていった。


◆◇◆◇★◇◆◇


 リーヴル城の物置部屋は、物置というには大きくて、実は物もあまり置かれてはいない。
 地下道へと続く扉の前に置かれていたのは、何かが入っていたであろう空の木箱が3段。
 おかげで、フィオとコーヒーミルが少し押しただけで、扉はズズズズと音を立てて開いた。
 このズズズズというのは、どうやら木箱が絨毯の上を滑っていった音らしい。
 まずはコーヒーミルが先に中に入り、だれもいないことを確認し、フィオに手招きした。

「ずいぶんと広い物置ね……あら、窓まで付いてる」
「もともと、客室のひとつだったみたいです。でも、あまり日当たりが良くない部屋なので、物置にしたとか」

 部屋の中に入ったフィオの説明に、コーヒーミルは「なるほどね」と呟きながら、窓の外へと視線を移した。
 その表情が険しいものへと変わる。
 フィオもつられて窓の外を覗き込んでみた。
 城下町が見えるが、フィオが住んでいる下町とは反対の地区である。
 つまり、ここから見えているのは南東の方角……
 スパイス帝国への道である。

 何これ……
 その異様な光景に、フィオは息を呑んだ。
 腰に大剣を差した男たちが、隊列を組んでリーヴル城へ向かって歩いてくる。
 コーヒーミルが思わずといったように呟いた。

「……これは、ヌフ=ブラゾン王国がパン王国へ宣戦布告をするのと同時に、攻め込むつもりね」
「え!」
「どうやらクレソンは、シノワ姫様の誘拐がうまくいかなかったから焦っているんだわ……」

 シノワ、姫様……?
 誘拐……?
 よくわからない単語はあったものの、目の前に大きな危機が迫っていることは、フィオにもよくわかった。
 事態は思っていたよりも深刻だ……
 フィオは、ごくりと唾を呑んだ。
 でも、だからといって……
 あたしに何ができるだろう。
 窓の外に見える不穏な影を見つめ、フィオは顔を曇らせた。

「……フィオちゃんは、剣の腕が立つそうね」

 一緒に窓の外を見つめていたコーヒーミルが、ふと思いついたように、口を開いた。

「……」

 え、何の話だろう。
 あたしの剣の腕前と、この状況に何の関係が?
 というか、あたしが「剣の腕が立つ」なんて言ってるの、父さんだけなんだけどな……
 フィオが怪訝な顔で黙っていると、コーヒーミルは沈黙を肯定と受け取ったらしく、

「それなら、良い方法があるわ。フィオちゃんにしか、できないことよ」

 そう言ってコーヒーミルは片目をつむった。
 そして、フィオに「良い方法」を教えてくれたのだが……

「い、いやいや! 無理ですよ、そんなこと!」

 フィオは、ぶんぶんと音が聞こえるくらい首を横に振った。
 その反応が予想外だったのか、コーヒーミルは目を丸くした。

「どうして? フィオちゃんなら、こんなこと朝飯前だと思ったんだけど……やっぱりダメ? もうこれ以上の良い方法は思いつかないんだけれど」
「だ、だって、あたしがクレソンと剣で勝負だなんて、そんな……」

 そんなこと、できるわけがない。
 しかも、あたしが勝ったらスパイス帝国の兵隊たちを追い出してほしいなんて……
 そんなの、そんなの……

「始めから無理だなんて、だれが決めたの?」

 コーヒーミルの鋭い声が、重圧に押しつぶされそうになって俯いていたフィオのもとへと届いた。
 顔を上げた先で、コーヒーミルが形の良い眉を寄せ、フィオを見下ろしていた。
 ……いつの間にか、ふたりの間を取り巻く空気が変わっていた。

「何事も、やってみなくちゃわからない。そうでしょう?」

 コーヒーミルの言葉が、鋭い刃となってフィオの身体へと突き刺さる。
 それでもフィオは、何も言えずに黙っていた。
 そこでふと、コーヒーミルが困ったような顔で口を開いた。

「フィオちゃん、もしかして……この作戦、本当はやってみたいって思ってたりする?」
「……え、どうして」
「ああ、やっぱり。もっと早く気づいてあげるべきだった、ごめんなさい」

 どうしてわかったんだろう、あたしが「やってみたい」って思ってること……
 あたし、まだ何も言ってないのに。


つづく
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