約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第5章 勇気

第17話 簪と自分の剣

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◆◇◆◇★◇◆◇


 目を見開くフィオに、コーヒーミルは苦笑いを浮かべ、話し始めた。

「自分にしかできないことがあると思ってここまできて、ついに『自分にしかできないこと』を見つけた。さあ頑張ろうと思ったけれど、なんだか急に不安になってしまった。もしも失敗したらどうしよう、何も変わらなかったらどうしようってね」
「……」
「その気持ち、懐かしいわ。私もそうだったから」

 コーヒーミルの視線は、いつの間にか窓の外に向けられていた。
 しかし、彼女がここではないどこか、今ではないいつかを見ていることは一目瞭然であった。
 まるで絵本を読むようにして、心の内を簡単に読まれてしまったフィオは、コーヒーミルの次の言葉を待っていた。
 コーヒーミルは、そんなフィオに寂しく微笑んでみせた。

「もしも失敗して、仲間たちに迷惑をかけたらどうしよう……私も昔はそう思っていた。でもこれって、仲間たちのことを考えているようで、実は自分のことしか心配していないのよ」
「えっ?」
「だって『迷惑をかけてしまったら、自分は仲間たちからどう思われるんだろう』ってことと同じ意味だもの。そう思わない?」
「……」

 フィオは何も言えなかった。
 ……図星だったからだ。
 伝説の剣の一振り、勇気の剣に選ばれたことが嫌なわけじゃない。
 勇気の剣のせいで逃げ出してしまったら、仲間に迷惑がかかる……
 いや、迷惑をかけてしまった仲間に、自分がどう思われるか、それが心配だったのだ。
 そう、たったそれだけが……

「あの子たち……フィオちゃんの仲間たちなら大丈夫。あなたが失敗したって責めたりしないし、逃げ出したってきっと許してくれる。それより……ここで何もせずに諦めてしまうほうが、彼らは悲しむと思う。だから、やってみたいと思っているなら、躊躇わずに挑戦してほしい」

 コーヒーミルは、そこまでひと息に言った後、少し間を置いてから口を開いた。

「ほんの少しの勇気があれば、世界は変わる……変えられる」
「……」

 その言葉は、フィオの胸に温かく響いて溶けていった。
 世界は変わる……
 あたしが、世界を変えるんだ……!
 フィオの中で、確実に何かが切り変わった瞬間だった。

「コーヒーミルさん、あたし……」

 と、そこまで口にしてフィオは、ふと閃くものを感じて口を閉じた。
 ほんの少しの勇気……
 あたしに、できること……
 あ!

「もっと良い方法がありますよ! コーヒーミルさん! 急ぎましょう!」

 フィオは、目を丸くするコーヒーミルとともに物置部屋を出た。
 目指すは城内の最深部、謁見の間だ。
 入り組んだ廊下は人気がなく、普段は聞こえない絨毯を駆け抜ける足音すら、うるさく耳に響いてくる。
 最後の曲がり角を抜けて、現れた扉の前に立った。
 煌びやかな装飾が施された扉の向こうは、もちろん謁見の間である。
 ……ノック?
 そんなもの、したところで返事があるわけがない。

「グリシーヌ国王陛下! お話がございます!」

 フィオは、思い切り扉を押し開けた。
 視界に飛び込んできたのは、遠くの玉座で頭を抱えるグリシーヌ国王。
 そして、その前に立つクレソンの後ろ姿……

「申し訳ありません。グリシーヌ国王陛下は、宣戦布告に向けて私と最後の話し合いに臨んでおられます。この場に相応しくない使用人と、敵国からの客人は速やかに退室してください」

 クレソンは、振り向くことなく淡々と告げた。
 まるで、フィオとコーヒーミルがここへ来ることを知っていたかのようだった。
 濃い緑色の髪が、窓からの風で揺れている。

「さあ、国王陛下。ご命令を」
「……」

 このままでは、グリシーヌ国王陛下と何も話せないまま、ヌフ=ブラゾン王国は戦火に巻き込まれてしまう。
 今まで隣国パン王国と築き上げてきた友情と信頼が、一瞬にして崩れ去ってしまう……
 しかし、クレソンが一歩前へ出て迫るも、グリシーヌ国王は顔を上げなかった。
 本当はもう選択権なんてないことを知っていて、グリシーヌ国王は決断を遅らせているらしい。
 ……よし!
 国王陛下、もうしばらくの辛抱です!
 フィオはゆっくりと謁見の間の奥へと進み、声を張り上げた。

「クレソン宰相に、頼みたいことがあります!」

 その一言が予想外だったのか、クレソンは後ろを振り向いた。
 フィオに向けられた視線には、何の感情も感じられなかった。
 それは、もう……

「何でしょう……手短に願いたいものですが」

 クレソンは、いつにも増して暗い瞳で尋ねた。
 ここに来て怖気づかないように、フィオは両手をぐっと握りしめていた。
 大丈夫、あたしならできる。
 ここで一歩踏み出す勇気が、あたしにはある!
 フィオは大きく深呼吸してから口を開いた。

「クレソン宰相……あたしと、剣の勝負をしていただけませんか」
「……」

 クレソンは返事をしなかったが、フィオは構わず続けた。

「あたしが勝ったら、この国からスパイス帝国の軍勢を追い出してください」
「……」
「そして、グリシーヌ国王陛下に『ヌフ=ブラゾン王国は中立国である』と宣言するように進言してください」
「……ほう」

 クレソンは、フィオの真剣な眼差しに、思わずといった調子で息を漏らした。

「これは面白い……一国の命運が、あなたのような小娘の剣にかかっているとは。しかし、あなたが負けた場合は、どうするのです」
「……ああ、考えてませんでした。負ける気ないので」
「ふふ。ますます面白いですね。まあ、良いでしょう。私が勝ったら、そのときに考えることにします」

 口角を上げるクレソンに、フィオは違和感を覚えた。
 どうしてだろう、不思議……
 怖い顔のときは気がつかなかったけど……
 さっき会ったときよりも、なんというか……
 この人、人間っぽくなってる。
 ……気がする。

「このような場所で私に挑むとは、剣の腕にかなりの自信があるようですね……見たところ、何の実戦経験もなさそうですが」

 クレソンは腰から剣を抜き、フィオに向かって構えた。
 その構え方は、見たことのない独特なものだった。
 身体全体は左を向いているのに、剣の切っ先はぶれることなくフィオの喉元に向けられていた。
 そして右手に握られた剣も、長い針のような細身のものだった。
 あたしとは違う流派かな……
 でも大丈夫。
 いろんな意味で、それどころじゃない。

「あなたのおっしゃる通り、あたしには実戦経験はありません。人に剣を向けるのも初めてだし、そもそも自分の剣だって持ってない……」
「え!?」

 フィオの言葉に、コーヒーミルの裏返った声が重なった。
 驚いたのは、彼女から剣を貸してもらう気満々だったフィオのほうである。
 え!? って、え??
 コーヒーミルさん、腰に剣差してたよね?
 もしかして、貸してもらえない、とか?
 声の主を振り向けば、コーヒーミルは珍しく慌てたように頭の上を指さしていた。
 ん? なんだ? あたしの頭の上?
 伸ばした手に触れたものは、母の形見の簪……
 これで戦えってこと……?
 フィオは、頭のお団子ヘアに刺さっている簪を引き抜いた。
 その瞬間、

「わっ……!」

 フィオの手の中で突然、簪が光り輝き始めた!
 ……眩い光が落ち着くと、そこには一振りの剣。
 鞘は茨と王冠の銀細工、柄の宝石は橙色のカーネリアン。
 伝説の剣の一振り、勇気の剣である。

「これ……そうだったんだ。全然、知らなかった」

 この簪を使っていた生前の母からは何も聞いていない。
 きっと、今までだれも気がつかなかったのだろう。
 ……よし。
 フィオは、まるで誂えたかのようにしっくりくる剣を、目を丸くしているクレソンに向かって構えた。

「勇気の剣に選ばれし者と、いざ尋常に勝負です!」



つづく
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