約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第6章 希望

第9話 迷っている剣

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★◇◆◇◆◇◆◇


 ああ、ついにノウェム君も自分の剣でぼくたちと一緒に戦えるんだなぁ……!
 ターメリックは、今までのクランとノウェムのやり取りをぼんやり眺めながらも、胸を高鳴らせていた。

 と、そのとき。
 上座に座るジョアキムが、大地を揺るがすほどの大きなため息をついた。

「まったく……希望の剣に選ばれし者が、よりによってお前とは。その剣を高値で売れつけるのが儂の長年の夢だったというのに。貧乏な屋台商人のお前では、今すぐ大金を支払えんだろう。ああ、つまらん」
「貧乏な屋台商人で悪かったな、この強欲親父。譲ってくれとは言わねぇけど、安くしといてくれるんだろ?」
「寝言は寝てから言え、この馬鹿息子。儂はびた一文まける気はない」

 その一言に、ノウェムは「はあ!?」と大声を出した。
 ジョアキムはというと、ノウェムの大声も気にせず「いいか馬鹿息子、よく聞けよ」と話を続けた。

「儂はびた一文まける気はないが、後払いでもいいことにしてやる。心優しい親父に感謝しろよ。世界が平和になったら、この店でうんと働いてもらうから覚悟しておけ」
「はいはい……はあぁ、この戦いが終わったら、オレはしばらくタダ働き生活か。虚しすぎるぜ」

 ノウェムは父親に負けず劣らずの大きなため息をつき、改めて希望の剣に手をかけた。
 ついに待ち侘びた瞬間がやってくる……
 だれもが息を呑んで見守っていた。
 しかし。

「え……?」

 そこで、ノウェムが動きを止めた。
 かと思うと、何度も何度も剣を引っ張っている。
 どうやら……剣が抜けないらしい。

「な……なんで、だ?」

 呆気にとられつつも、ノウェムは剣を引っ張り続けていた。
 渾身の力を込めているようで、時折ひと息つきながら「なんだよこれすっげぇ錆び付いてんなぁ」と乾いた笑いを浮かべている。
 だが、剣はノウェムの手の中で何事もなかったかのように鎮座していた。

 ノウェムがこれで最後とばかりに「んぐぐぐうぅぅ」と引っ張っても、剣には何の変化も見られない。
 そんな希望の剣を前に、ノウェムだけが「ぜぇはぁ」と肩で息をしていた。

「ど……どうしてだよ。お、オレの剣……なんだよな……?」

 ノウェムは、震える声でだれにともなく尋ねた。
 しかし、その問いに答えられる者はなく、目の前の剣も何も答えてはくれない。
 静まり返った室内に、呆れたような声が響いた。

「本当に、お前の剣なのか? 何かの間違いだったんじゃないのか?」
「んなわけあるかっ! これは、俺の剣なんだよっ! 証拠だって、ちゃんとあるぞ!」

 ノウェムは怒りに任せてジョアキムを睨みつけると、ターメリックに向かって右手を差し出した。

 えっと……あ、羅針盤か!

 ターメリックは少し遅れてノウェムの意図に気づき、懐から取り出した羅針盤に手をかざした。
 7色の光が放たれ、食堂内に広がる……

「いいか親父、よく見ろよ。光が指してるのが、それぞれの剣の持ち主だ」

 ノウェムの言葉に合わせるように、光は食堂内にいるターメリックたちを指して輝いた。
 赤色はターメリック、黄色はクラン、水色はクィントゥム、紫色はレードル姫、橙色の光はフィオを指している。
 そして、緑色の光は……

「な……なんだ、これ……」

 ノウェムが絶句するのも無理はない。
 なぜなら、緑色の光だけは、かろうじて見えるほどの弱々しい明るさで、ゆらゆらと揺れながらノウェムを指していたのだ。

 えええ、こんなの見たことないぞ……!
 驚きを隠せないターメリックたち一同の中で、ただひとりクィントゥムだけが腕組みをして呟いた。

「これは……剣が迷っているようだな」
「剣が……」
「迷ってる……?」

 ターメリックとノウェムが揃って首を傾げると、クィントゥムは羅針盤から放たれた緑色の光を指さした。
 その薄く儚げな光を、ターメリックは目を凝らして見つめた。

 光の中には、文字が浮かび上がっている。
 それぞれの剣の名前と、剣に選ばれし者のフィリアである。
 しかし、

『希望 アゴスティーノ』

 緑色の光の中に浮かび上がった文字は、かろうじて読めるほどの薄く弱々しいものだった。
 剣が迷っている……
 それはつまり、ノウェムが希望の剣の持ち主であると正式には決まっていない、ということなのだろう。

「そんな……なんでだよ、そんなこと……」

 あまりのことに狼狽えるノウェムから、ジョアキムが「それは何よりだな」と剣を取り上げた。

「いっそのこと、このまま持ち主を変えてくれればいいんだがなぁ。こんな貧乏屋台商人ではなくて、大金持ちの大富豪なんかに。そうすれば、この剣を売ってすぐに金にできるんだからな」
「……」

 愉快に笑うジョアキムに、さすがのノウェムも返す言葉がないらしい。
 剣を取り上げられてもなお、ノウェムの両手はそのままの形を保ったままだった。
 仲間たちの同情を誘うかのように……


★◇◆◇◆◇◆◇


 まさか、あんなことが起こるなんて。
 ぼくはどうしたらよかったんだろう……

 その日の晩、ターメリックは寝付けずにベッドで寝返りを打っていた。
 宛がわれた2人用の客室は、ターメリックたちにはもったいないほどの立派な部屋だった。

 いつもなら「さすがは豪商のお屋敷だなぁ。すごいねぇノウェム君」なんて明るく振る舞うターメリックも、今日はそれどころではなかった。

 食事会の後、ノウェムは自室に引きこもってしまった。
 ターメリックと仲間たちは、この状況を何ひとつ解決できていないまま解散し、それぞれの部屋で休むことにしたのだった。

 あのとき……
 ぼくは、ノウェム君に何て言ってあげたらよかったのかな……
 例えば「そのうち抜けるようになる」とか?
 いやいや、そんなの無責任もいいところだよね。

 あとは「大丈夫だよ」……
 って、何が大丈夫なんだよ、全然何も大丈夫じゃないっていうのに!

 ……はあ、考えすぎて、よくわからなくなってきちゃったなぁ。
 ターメリックはモヤモヤとしながら、またひとつ大きな寝返りを打った。

 ダメだダメだ。
 そんなことでクヨクヨしている場合じゃない。
 今は、どうしたらノウェム君が希望の剣にちゃんと選び直してもらえるか、考えないと。

 でも……
 いったい、どうしたらいいんだろう……
 ああそうだ、明日の朝クィントゥム君に相談すればいいんだ。
 きっと、名案を思いついてくれるに違いないからね!

 ターメリックが楽観的すぎる考えに落ち着いて、もう一度大きく寝返りを打った、そのとき。

「……ノウェムは、剣よりも槍みたいな、長い武器を使うほうが得意なんだよ」

 隣のベッドで寝ていたはずのクランが、突然ポツリと呟いた。

 え? 何?
 寝台でぐるぐると回転していたターメリックは、ぴたりと動きを止めた。
 
「ああ、ごめんクラン君、うるさくして……もしかして、起こしちゃった?」

 薄暗い部屋の中で、窓際のベッドに目をこらす。
 もこっと膨らんだ布団の中から、淡々とした声が聞こえてきた。

「この前、フィオさんに聞いてみたんだ。剣を髪飾りにする魔法が使えるのかって。そうしたら『剣が勝手に形を変えるんです』って言ってた。剣が持ち主のことを考えている証拠なんだって。だから希望の剣も、ノウェムが持った途端に槍か何かに変わるものだと思ってた」
「そ、そうなんだ……」

 ノウェムに希望の剣を持たせたクランの行動を思い出し、ターメリックは納得して頷いていた。
 その後、クランは一言「残念だなぁ」と呟いてから、静かに寝息を立て始めた。

 え? 残念がるところ、そこ?
 というか、寝言だったのかな……
 ああ、ぼくももう寝なくちゃ。

 静寂が支配する部屋の中で、ターメリックは目を閉じた。


つづく
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