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Episode ― VI ― 【魔蟲の皇女】
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また、夢を見ている――……
燃え盛る業火と立ち昇る黒煙――……
血溜まりには母――……
そして、傍らには返り血塗れの少年が――……
「俺は、悪魔として生きる」
そう少年が言うと、業火の向こうへと去っていく――……
俺は、ただその背中を見ていることしかできなかった――……
†††
頭の痛みは気を失う前と比べて薄らいでいた。
しかし、目覚めは最悪の一言に尽きるだろう。
最も忘れたい記憶であり、忌むべき記憶――……
そんな過去を見たせいで、クロの気は立っていた。
クロは苛立ちながら立ち上がり、砦の外に出た。
外は黒雲が消え、紫電が鳴り止んでいたが、濃霧が立ち込めていた。
クロは、次の砦に向かおうと歩き出したときだった。
突如、濃霧の中から蟲が襲ってきた。
その大きさから只の蟲ではないことが判る。
どの蟲も体長は2~3mはあるだろう。
そして、どの蟲からも悪魔特有の腐った血と臓物の臭いがする。
クロは懐から双銃を抜き放ち、それらに弾丸を撃ち込む。
だが、甲殻が硬く弾丸を弾く。そのうえ、濃霧のせいで狙いが着けづらい。
そして、極め付けは濃霧からの上下左右前後、あらゆる角度から蟲たちがクロを攻めたてる。
クロはそれらの攻撃を紙一重で躱していく。
故に躱しながら観察して、対策を考える。
一体は蠍、その長い毒尾を振り回し、毒尾をクロの急所目掛けて突き刺そうとしてくる。
一体は鍬形、その強靭な顎でクロの身体を真っ二つに両断しようとする。
一体は蟷螂、その剛刃な鎌でクロの四肢をを引き裂こうとする。
敵はどうやら三体、一対一ならば容易に倒せるだろうが、三体の連携がそれを許さない。
前に出れば蠍の毒尾が、翔べば鍬形の凶顎が、脚を止めれば蟷螂の剛刃が襲ってくる。
まさに、三位一体とも言うべきか、無駄のない連携にクロは苦しめられる。
だが、クロはそんな状況に在りながらも反撃の機を窺っていた。
しかし、クロはいつの間にか岩山の岩壁にまで追い込まれてしまう。
そして、三体の一斉攻撃がクロを襲う。
蠍の毒尾がクロの頭部を、鍬形の凶顎が胴体を、蟷螂の剛刃が手足を狙って放たれる。
クロはそれを読んでいたのか、はたまた、誘っていたのか、どちらにしろクロはそれらの攻撃を眼の力を使わず無傷で躱した。
蠍の毒尾の一突きも鍬形の凶顎の一撃、蟷螂の剛刃の一振をすべて身を低くして躱した。
そして、クロは振り向きざまに弾丸を一斉に3発、甲殻の隙間を狙って放つ。
奇妙な奇声を上げて、蟷螂が倒れ、塵と化す。
三体のうち 一体だけを仕留めた。
残りの二体、蠍は鋏を楯にして防ぎ、鍬形は飛翔して躱した。
クロは、直ぐさま双銃を構え直し、二体の攻撃に備える。
二体は蟷螂が殺られたにも拘らず、攻撃を緩めず襲ってくる。それどころか、一層激しさを増す。
蠍の毒尾の一刺しを躱せば、鍬形の凶顎が飛来し、それを躱せば、やはり、蠍の毒尾の音速の一刺しがクロを襲う。
クロは、それらを躱しながら、弾丸を放つが、互いが互いを補っている為、狙い通りに弾丸が当たらない。
クロは、この連携を崩す方法を考えていた。
先のような方法は警戒されていて、もう使えないだろう。
ならば、どうするか。
答えは直ぐに出た。
クロは思いっきり、敵に背を向けて走り出した。
クロの背を追う二体の蟲。
蟲が一直線に並んでクロを追いかける。
すると、クロは急停止を掛け、今度は蟲の方へ駆けだした。そして、勢いはそのまま、二体の蟲の下を滑り込み、二体の同じ個所に寸分違わず連続して弾丸を撃ち込む。
撃ち込まれた弾丸は、見事、二体の蟲の強固な甲殻を貫いた。
弾丸を撃ち込まれた二体の蟲は奇妙な奇声を発して、地に堕ちた。
クロは二体の蟲型の悪魔が塵になるのを確認してから、双銃を収めた。
クロが双銃を収めると同時に、後ろから突如として、銃声のような乾いた発砲音が響く。
クロは一度収めた双銃に手を掛け、振り返った。
すると、鳴らしたばかりのクラッカーを手に持ったオーギュストが、そこに立っていた。
クロは抜きかけた双銃に手を掛けたまま、訊ねる。
「今度は、何のようだ」
オーギュストは拍手をしながら答える。
「いや~、流石はクロ様。見事にあの三体の蟲を倒されました。その手腕に、私感服いたしました……」
クロは、オーギュストの態度に苛立ち抜きかけていた銃を抜き、オーギュストの赤鼻に銃口を突きつける。
「世辞はいい、本題に移れ」
オーギュストは軽く両手を上げ本題に入る。
「今、貴方が倒した三体の悪魔は、南東の砦の悪魔アバドンの配下の悪魔です。その蟲型の悪魔が島中のあっちこっちに現れて、駆除が追いつかないのです。……ですので、協力をお願いしに馳せ参じたのです」
そう言うと、オーギュストは深々と頭を下げた。
クロは、銃口をオーギュストに向けたまま答える。
「答えは〝NO〟だ。お前で何とかしろ」
そう、オーギュストに冷たく言い放つ。
しかし、オーギュストは珍しく食い下がる。
「いえ、なにも配下の悪魔のお相手をしてほしい訳ではないのです。寧ろ、私めが兵隊の相手をします。その間にクロ様には女王、アバドンを倒してほしいのです。」
クロはオーギュストに向けていた銃口を静かに下ろし、「話を聞かせろ」と言う。
オーギュストはその言葉に嬉々として説明を始める。
「まず初めに私が此処に、アバドンの兵隊を呼び寄せます。その隙にクロ様には南西の砦にこれで向かってもらいます」
そう言うと赤い布を一枚取り出し広げる。
そして、すぐさまそれを取り下げると、布の奥から一台の黒いバイクが現れた。
「私が1からカスタマイズしましたバイクです。クロ様のお気に召せばよいのですが……」
クロはオーギュストから鍵を受け取るとエンジンを掛けた。
すると、まるで凶暴な獣のような唸り声の如き駆動音が周囲に木霊する。
そして、その音を聞きつけたのか、蟲の大群が近寄ってくるのを二人は感じた。
「お早く、私めが引き付けます故」
そう言うとオーギュストはクロを急かす。
クロはアクセルを回した。
†††
クロは南西の砦に向かい、道なき道をバイクで駆け抜けていた。
木々の隙間を縫い、岩を飛び越えていく。
しかし、南西の方角に行けば行くほど、蟲型の悪魔が襲いかかってくる。
クロは後でオーギュストに会ったら文句と鉛玉を打ち込んでやろうと内心考えつつ、巧みにバイクをコントロールしながら文字通りバイクで悪魔を蹴散らしながら駆け抜ける。
そして、バイクで悪魔たちを蹴散らしながら木々の隙間を抜けると、開けた場所に飛び出した。
すると、四方八方から悪魔がクロに襲いかかる。
クロは空宙でバイクのアクセルを全開で回し、更にはニトロを点火させ、ヌンチャクの如くバイクを振り回し、四方八方から襲いかかる悪魔を再び蹴散らした。
そして、最後に悪魔の群れにバイクを無人で走らせると、懐から銃を取り出し、バイクに向けて発砲した。
銃弾は見事、バイクの燃料タンクに当たり悪魔の群れの中心で、バイクは爆発し炎上した。
バイクが炎上した先には南西の砦が炎でゆらゆらと揺らめいていた。
†††
南西の砦に入ると、魔蟲の巣窟と化していた。
ありとあらゆるところから蟲型の悪魔がクロに襲い掛かる。
クロはそれらを蹴散らしながら進んで行く。
そして、クロは南西の砦の最下部へと辿り着いた。
蟲、蟲、蟲――……
床に、壁に、天井に様々な蟲が蠢いていた。
蟲たちが蠢くその奥にこの場には似つかわしくない愛らしい少女が玉座に鎮座していた。
少女が目を開けこちらを見つめ、蠱惑的な笑みを浮かべる。
その笑みにクロは背筋がざわつき、冷や汗が流れた。
クロは感じたこの少女は、いや、これは人間ではないと。
咄嗟にクロは双銃を構え、それに銃口を向けた。
しかし、玉座にいた筈のそれがいない。
周囲に気を張ってると、上からキラキラと輝くなにかが降り落ちてきた。
クロは上を見るとそれが、蝶や蛾のような翅を背中から生やし、宙を舞っていた。
そして、相も変わらず、蠱惑的な笑みを浮かべながらそれは口を開き、言葉を紡ぐ。
「ようこそ、人の子よ――」
双銃をそれに向けながら、クロは背筋に冷たいものを感じながら訊ねる。
「お前、何者だ……?」
翅を生やし、それは宙をひらひら舞いながら答える。
「妾は魔蟲の皇女、アバドン。歓迎するぞ――人の子よ」
そう言うと、アバドンは両手を掲げる。
すると、蠢いていた蟲たちが一斉にアバドンを中心にして集まりだした。
蚊や虻、蜂、蜘蛛に百足などの不快害虫だけじゃなく兜虫や鍬形、蟷螂に蜻蛉ありとあらゆる蟲がアバドンを中心にして集まる。
そして、アバドンが両手を指揮者のように揮うと蟲たちが一斉にクロに襲い掛ってきた。
クロは咄嗟に地を蹴り、身体を捻り、今入ってきた入口に向かって疾走した。
しかし、それを見越していたのか入口には様々な毒蟲が群がっていた。
踵を返し、覚悟し、双銃を構え、迫りくる蟲を文字通り迎え撃った。
だが、放たれた弾丸は迫りくる蟲に当たらず、虚空を切るだけだった。
ならばと、クロは迫りくる蟲を銃剣で斬り落としていく。が、数が多く総てを防ぎきるのは時間の問題。そう判断すると、先の戦いで使った眼の力を使うことを決断する。
眼を閉じ、全神経を眼へと集中させ、そして、ゆっくりと眼を開ける。
すると、やはり視界が一瞬紅く反転し、総てのものの動きが止まったかのように遅くなった。
その時の中でクロは、自分に迫ってくる蟲を斬り落としていく。
そうして、総ての蟲を斬り落としたクロは、跳躍しアバドンを銃剣で一刀のもとに斬り伏せた。
なんとも呆気ない終わりに違和感を覚えつつもクロは双銃を懐にしまい、眼を閉じ、緊張を解く。すると、ひどい倦怠感とともにじんわりと頭痛と目眩が襲ってくる。
堪らずクロはその場に跪き、頭を抑えて蹲った。
そんなときだった。
「ふふふ――……」
背後から背筋が凍る嗤い声が響いた。
すかさず、懐から双銃を取り出し、振り返ると、アバドンの顔がすぐ側まで迫っていた。
咄嗟に銃剣で切り払うが、アバドンはそれをひらりと躱し、宙に舞う。
クロはこの状況を痛む頭で冷静に考えていた。
ひどい倦怠感に少しずつ酷くなっていく頭痛と目眩――……、加えて、アバドンは斬られた箇所をすでに回復し、再び蟲たちを呼び寄せている。
まさに状況は最悪の一言に尽きる。
それでもクロは双銃を構え、立ち上がる。
その姿を見てアバドンは愉快げに嗤う。
「くっくっく――……、辛そうだな人の子よ」
クロは苦しげに、しかし、銃口を向けながら悪態をつく。
「――ああ、こっちはさっさと横になって休みたいんだが?」
アバドンはまた、愉快げに嗤い返した。
「ああ、眠らせてやろう――、永久にな」
そう言うと、アバドンは再び指揮者の如く両手を揮い蟲を指揮する。
まず飛び出したのは百足――、その長い胴体でクロを締め付け捕らえようとする。
それを後ろに大きく跳躍してクロは、百足の射程距離から逃れる。
続いて左右からは兜虫と鍬形がその自慢の角や顎で突き刺し、引き裂こうと飛翔してくる。
銃剣でクロはそれを迎え撃つも、そこへさらに、蟷螂が両腕の鎌で襲いかかってくる。
堪らず後退するクロ。そこへ蜘蛛や芋虫、毛虫などが様々な角度から糸を放出する。
クロはそれらを避けきれず、糸に雁字搦めにされる。
そして、身動きが取れないクロに蟲たちが襲いかかる。
絶体絶命、クロは死を覚悟した……
そんなときだった。
突如、双銃から黒い炎が灯ったかと思うと、それはクロの身を包んだ。
そして、糸を焼き切り、アバドンが指揮する蟲たちを焼き尽くした。
†††
自身の操る蟲が焼かれる光景にアバドンは驚愕した。
なぜならば、人の子は魔力を使い果たし、フラフラだった。
通常、魔力や法力などと呼ばれる咒力の源はそのものが持つ生命力。その生命力以上の力を出すことは実質的には不可能。
それなのに、目の前のそれはそんなことを無視して魔力を発している。
だが、アバドンが真に驚愕したのはそこではない。
アバドンが真に驚愕したのは、それが半分人の身でありながら地獄の炎を……、黒炎を召喚していることに驚愕していた。
悪魔でさえも、召喚できるのはほんの一握りしかいないというのに、目の前のそれは半分は悪魔の血が流れてはいるものの、もう半分は人の身。それなのに、目の前のそれは召喚している。
アバドンはその真実に目を疑った。
†††
クロ自身もまた、突如、双銃から黒炎が発し、身を包んだことに驚いていた。
しかし、不思議なことに身を包んだ炎はクロを焼かず、巻き付いてる糸を焼き切り、襲いかかってくる蟲たちを焼き尽くした。
クロが唖然としていると、突如、凄まじい耳鳴りと頭痛が襲う。
その衝撃に耐えられず、クロは意識を失った。
†††
あ……るじ……あるじ……
主……我が主……
呼び声に呼応し、俺は目を開ける。
すると、闇黒の空間と4つの紅い眼が俺を出迎えた。
『我、汝には失望したぞ――……』
『故に、我、汝が身体を貰い受ける――……』
すると、俺の足元に黒炎が灯ったかと思うとそれは一瞬で全身を包み込んだ。
「がぁあああああ――……ッ!?」
熱い――……
その一言に尽きた。
身を、骨を焦がす程の熱、まさに、地獄の業火と呼べた。
クロはその黒炎の中で藻掻き苦しんでいた。
だが、足掻けば足掻くほどに黒炎はクロを苦しめた。
そして、どんなに足掻いても黒炎は消えない。
やがて、クロは動かなくなった。
『他愛、無――……』
『汝が、身体貰い受けた――……』
4つの紅い眼が2つの口を開き、横たわっているクロに言う。
すると、横たわっているクロの指がピクリと動き、黒炎の中、呻きながら叫んだ。
「ふざけるな……!」
4つの紅い眼が驚嘆の声を上げる。
その視線の先には黒炎に焼かれながら立ち上がるクロの姿が映っていた。
『何ッ――!!』
「ふざけるな……! オレはヤツを……ヴァイスを殺すまでは死ねない……! 邪魔するのなら誰だろうと殺す……!」
黒炎の中、紅く光るクロの瞳には殺意の炎が宿っていた。
その瞳を見た4つの紅い眼はニヤリっと口元を歪め――……
『クックックッ……良き瞳だ……』
『今回はその瞳に免じて、汝に力を再び貸そう……』
『だが、努々その瞳を忘れることなかれ……』
†††
クロが纏っている黒炎によって、アバドンはとどめを刺しあぐねていた。
そんなときだった。
突如、黒炎が激しく燃え上がったかと思うと、それは、クロの身体に吸収されていく。
そして、黒炎を吸収したクロが、ゆっくりと起き上がる。
その身体からは先程とは比べものにならない魔力が迸り、漆黒の瞳は燃えるような紅に変わっていた。
アバドンは蟲を指揮し、クロを襲わせるが、クロが放った双銃の一撃で半数の蟲が灰も残らず燃え散っていった。
アバドンは再び驚愕した。
半人半魔の身で、地獄の炎を……、黒炎を完璧に操っていることに。
アバドンは翅を広げ宙へ逃げようとする。
クロは宙に逃げようとするアバドンを追撃しようと双銃を構え、アバドンに狙いを定める。
だが、アバドンは両手を揮い、蟲を操り、クロの視界を奪う。
クロは黒炎を銃剣に纏わせて蟲の群れを燃やし断ち切り、双銃をアバドンに向け構える。
だが、しかし、アバドンが蟲を指揮する方が迅く、蟲を捌きながらアバドンに狙いを定め引き金を引くことが難しい。
上下、左右、前後から襲ってくる魔蟲の群れを躱し、捌き、迎え撃つだけで精一杯のクロ。
対するアバドンはクロが操る黒炎のせいで、自ら攻められずにいた。
まさに、千日手――……
だが、互いに勝機が訪れるとするのならば、どちらか一方の力が尽きたときのみ……。
その均衡は、徐々にではあるが崩れ始めていた。
アバドンの操る魔蟲の群れが時間が経つに比例して、徐々に黒炎に焼かれ減っていく。
対するクロは魔眼と黒炎を同時に発動しているというのに、体力、魔力ともに衰えない。
それどころか、時間が経つに反比例して、動きが加速していく。
どちらに軍配が上がったかは自明の理だろう。
クロの銃撃がアバドンの翅を遂に捉え、アバドンを地に撃ち落とした。
撃ち落とされたアバドンは耳を劈く奇声を発する。
「――__ ̄_―― ̄――_― ̄!!」
クロは堪らず両耳を塞ぐ。
「ッ――……!?」
アバドンの方を見ると最後の蟲の群れがアバドンを中心に球状に集まっていた。
そして、その球状の中から奇声に混じってノイズがかかった咆哮が薄暗く湿った部屋に響く。
「我らの― ̄_ェザの―_ ̄―分際で― ̄_――ッ!!」
咆哮とともに球状に集まっていた魔蟲の群れが弾け飛んだ。
そして、中から出てきたのは赤黒い巨大な蝗だった。
その大きさは、先の戦いで戦ったフュルフュールよりも一回りほど大きく圧倒的。そして、巨大な複眼の眼は一瞬こちらに“死を悟らせる”程の威圧感。
アバドンは肉を引き裂くための乱杭歯をガチガチと鳴らしながら、巨大な鎌を音速を超える速さでクロの胴体目掛けて放った。
クロはその一振りを躱し、後ろに回り込み、双銃をアバドンに向けて構える。
しかし、アバドンの毒尾がクロの頭部目掛けて先の鎌を超える速さで放たれる。
クロは間一髪、寸でのところでこれを躱すが、アバドンの毒尾の攻撃は続く。
右、右、左、下、上からの振り下ろし、左、右、左からの薙ぎ払い……
様々な角度からの波状攻撃。
しかし、クロはそれらの攻撃をすべて見切り紙一重で躱していく。
やがて、業を煮やしたアバドンは乱杭歯をガチガチと鳴らし、蟲を呼び寄せクロを襲わせた。
アバドンの毒尾と魔蟲の群れの混成攻撃。
常人ならば1秒と持たず貫かれ、魔蟲のエサになっている。
しかし、いや、やはりというべきか、クロはアバドンの毒尾も魔蟲の群れの攻撃もその真紅の魔眼ですべて見切り躱している。更には、双銃に纏わせた黒炎で魔蟲の群れを焼き払っている。
アバドンは巨大な赤黒い複眼でそれを、その光景を目の当たりにして、更に怒り、乱杭歯をギチギチと鳴らし、翅を広げ、宙へ飛ぶ、その速度はまさに一筋の閃光、その赤黒い邪悪な流星はクロ目掛けて突撃する。
対するクロは、それを迎撃するため双銃を構え、吼える。
「穿て、オルトロス!!」
放たれたのは極大の黒炎の弾丸。
当たればアバドンすら灰に変える地獄の炎の塊。
アバドンは速度はそのまま、黒炎の弾丸に向かって飛翔する。そして、当たる直前で大鎌を振りかぶり勢いそのまま大鎌を思いっきり振り下ろした。
すると、海を割ったモーゼの如く極大の黒炎の弾丸は縦に真っ二つに割れた。
しかし、驚いたことに縦に割いた黒炎の弾丸の中から勢いよくクロが飛び出してきた。
そして、お互い勢い弱まることなく、双銃と大鎌が火花を散らし音を立てて激突した。
だが、アバドンの飛翔は止まらない。クロと鬩ぎあったまま速度を上げて乱雑に飛び回る。
右へ、左へ、上へ、下へ、時には急旋回をし徐々に徐々に速度を上げていき、やがて、邪悪な赤黒い流星はクロ諸共、錐揉み回転をしながら地面に向かって急降下した。そして、凄まじい衝撃音と共に地面に衝突する。
その衝撃は凄まじく、頑強な造りの部屋のあちらこちらには罅や亀裂が走り、今にも崩れかけていた。
その衝撃の中心地、そこではアバドンと満身創痍のクロが未だ激しい戦闘を繰り広げていた。
クロは左腕が千切れかけており、右手だけでアバドンの攻撃をいなし、紙一重で躱している。
対するアバドンは大鎌と毒尾の波状攻撃でクロを攻めたてる。
だが、アバドンもまた先程の攻撃で摩耗していたのだろう。攻撃の速度が遅くなっている。
クロは左腕を噛み咥え、右手と魔眼の力のみでアバドンの攻撃をいなし、躱しながら耐え忍ぶ。しかし、それも長くは続かず、遂にクロは片膝をつき、俯いてしまう。
アバドンは大鎌と毒尾で確実にとどめを刺しにかかる。
その刹那、クロは地面に向けて発砲した。
すると、その反動でクロの身体が宙に跳ぶと、アバドンの大鎌と毒尾を躱す。
そして、自身のすべての魔力を込めた一撃をアバドンに向けて放った。
黒炎の弾丸はアバドンに当たり、その身を包み込んだ。
アバドンは断末魔を上げながら藻掻き苦しみ、そして、暴れ回り、力尽き灰となっていた。
†††
クロはまともに受け身を取れず、宙から無様に転げ落ちた。
そして、クロは崩れ落ちていく砦の地下から出るため、身体を引き摺り出口へと向かっていた。
だが、アバドンとの戦いであまりにも血を流しすぎたためか目が霞み、真っ直ぐ歩いているのか定かではない。
何とか地下の出口に辿り着くが、地鳴りと共に砦内が激しく揺れ、クロは思わず倒れこむ。
クロが倒れこむと同時に、地下が崩落した……。
燃え盛る業火と立ち昇る黒煙――……
血溜まりには母――……
そして、傍らには返り血塗れの少年が――……
「俺は、悪魔として生きる」
そう少年が言うと、業火の向こうへと去っていく――……
俺は、ただその背中を見ていることしかできなかった――……
†††
頭の痛みは気を失う前と比べて薄らいでいた。
しかし、目覚めは最悪の一言に尽きるだろう。
最も忘れたい記憶であり、忌むべき記憶――……
そんな過去を見たせいで、クロの気は立っていた。
クロは苛立ちながら立ち上がり、砦の外に出た。
外は黒雲が消え、紫電が鳴り止んでいたが、濃霧が立ち込めていた。
クロは、次の砦に向かおうと歩き出したときだった。
突如、濃霧の中から蟲が襲ってきた。
その大きさから只の蟲ではないことが判る。
どの蟲も体長は2~3mはあるだろう。
そして、どの蟲からも悪魔特有の腐った血と臓物の臭いがする。
クロは懐から双銃を抜き放ち、それらに弾丸を撃ち込む。
だが、甲殻が硬く弾丸を弾く。そのうえ、濃霧のせいで狙いが着けづらい。
そして、極め付けは濃霧からの上下左右前後、あらゆる角度から蟲たちがクロを攻めたてる。
クロはそれらの攻撃を紙一重で躱していく。
故に躱しながら観察して、対策を考える。
一体は蠍、その長い毒尾を振り回し、毒尾をクロの急所目掛けて突き刺そうとしてくる。
一体は鍬形、その強靭な顎でクロの身体を真っ二つに両断しようとする。
一体は蟷螂、その剛刃な鎌でクロの四肢をを引き裂こうとする。
敵はどうやら三体、一対一ならば容易に倒せるだろうが、三体の連携がそれを許さない。
前に出れば蠍の毒尾が、翔べば鍬形の凶顎が、脚を止めれば蟷螂の剛刃が襲ってくる。
まさに、三位一体とも言うべきか、無駄のない連携にクロは苦しめられる。
だが、クロはそんな状況に在りながらも反撃の機を窺っていた。
しかし、クロはいつの間にか岩山の岩壁にまで追い込まれてしまう。
そして、三体の一斉攻撃がクロを襲う。
蠍の毒尾がクロの頭部を、鍬形の凶顎が胴体を、蟷螂の剛刃が手足を狙って放たれる。
クロはそれを読んでいたのか、はたまた、誘っていたのか、どちらにしろクロはそれらの攻撃を眼の力を使わず無傷で躱した。
蠍の毒尾の一突きも鍬形の凶顎の一撃、蟷螂の剛刃の一振をすべて身を低くして躱した。
そして、クロは振り向きざまに弾丸を一斉に3発、甲殻の隙間を狙って放つ。
奇妙な奇声を上げて、蟷螂が倒れ、塵と化す。
三体のうち 一体だけを仕留めた。
残りの二体、蠍は鋏を楯にして防ぎ、鍬形は飛翔して躱した。
クロは、直ぐさま双銃を構え直し、二体の攻撃に備える。
二体は蟷螂が殺られたにも拘らず、攻撃を緩めず襲ってくる。それどころか、一層激しさを増す。
蠍の毒尾の一刺しを躱せば、鍬形の凶顎が飛来し、それを躱せば、やはり、蠍の毒尾の音速の一刺しがクロを襲う。
クロは、それらを躱しながら、弾丸を放つが、互いが互いを補っている為、狙い通りに弾丸が当たらない。
クロは、この連携を崩す方法を考えていた。
先のような方法は警戒されていて、もう使えないだろう。
ならば、どうするか。
答えは直ぐに出た。
クロは思いっきり、敵に背を向けて走り出した。
クロの背を追う二体の蟲。
蟲が一直線に並んでクロを追いかける。
すると、クロは急停止を掛け、今度は蟲の方へ駆けだした。そして、勢いはそのまま、二体の蟲の下を滑り込み、二体の同じ個所に寸分違わず連続して弾丸を撃ち込む。
撃ち込まれた弾丸は、見事、二体の蟲の強固な甲殻を貫いた。
弾丸を撃ち込まれた二体の蟲は奇妙な奇声を発して、地に堕ちた。
クロは二体の蟲型の悪魔が塵になるのを確認してから、双銃を収めた。
クロが双銃を収めると同時に、後ろから突如として、銃声のような乾いた発砲音が響く。
クロは一度収めた双銃に手を掛け、振り返った。
すると、鳴らしたばかりのクラッカーを手に持ったオーギュストが、そこに立っていた。
クロは抜きかけた双銃に手を掛けたまま、訊ねる。
「今度は、何のようだ」
オーギュストは拍手をしながら答える。
「いや~、流石はクロ様。見事にあの三体の蟲を倒されました。その手腕に、私感服いたしました……」
クロは、オーギュストの態度に苛立ち抜きかけていた銃を抜き、オーギュストの赤鼻に銃口を突きつける。
「世辞はいい、本題に移れ」
オーギュストは軽く両手を上げ本題に入る。
「今、貴方が倒した三体の悪魔は、南東の砦の悪魔アバドンの配下の悪魔です。その蟲型の悪魔が島中のあっちこっちに現れて、駆除が追いつかないのです。……ですので、協力をお願いしに馳せ参じたのです」
そう言うと、オーギュストは深々と頭を下げた。
クロは、銃口をオーギュストに向けたまま答える。
「答えは〝NO〟だ。お前で何とかしろ」
そう、オーギュストに冷たく言い放つ。
しかし、オーギュストは珍しく食い下がる。
「いえ、なにも配下の悪魔のお相手をしてほしい訳ではないのです。寧ろ、私めが兵隊の相手をします。その間にクロ様には女王、アバドンを倒してほしいのです。」
クロはオーギュストに向けていた銃口を静かに下ろし、「話を聞かせろ」と言う。
オーギュストはその言葉に嬉々として説明を始める。
「まず初めに私が此処に、アバドンの兵隊を呼び寄せます。その隙にクロ様には南西の砦にこれで向かってもらいます」
そう言うと赤い布を一枚取り出し広げる。
そして、すぐさまそれを取り下げると、布の奥から一台の黒いバイクが現れた。
「私が1からカスタマイズしましたバイクです。クロ様のお気に召せばよいのですが……」
クロはオーギュストから鍵を受け取るとエンジンを掛けた。
すると、まるで凶暴な獣のような唸り声の如き駆動音が周囲に木霊する。
そして、その音を聞きつけたのか、蟲の大群が近寄ってくるのを二人は感じた。
「お早く、私めが引き付けます故」
そう言うとオーギュストはクロを急かす。
クロはアクセルを回した。
†††
クロは南西の砦に向かい、道なき道をバイクで駆け抜けていた。
木々の隙間を縫い、岩を飛び越えていく。
しかし、南西の方角に行けば行くほど、蟲型の悪魔が襲いかかってくる。
クロは後でオーギュストに会ったら文句と鉛玉を打ち込んでやろうと内心考えつつ、巧みにバイクをコントロールしながら文字通りバイクで悪魔を蹴散らしながら駆け抜ける。
そして、バイクで悪魔たちを蹴散らしながら木々の隙間を抜けると、開けた場所に飛び出した。
すると、四方八方から悪魔がクロに襲いかかる。
クロは空宙でバイクのアクセルを全開で回し、更にはニトロを点火させ、ヌンチャクの如くバイクを振り回し、四方八方から襲いかかる悪魔を再び蹴散らした。
そして、最後に悪魔の群れにバイクを無人で走らせると、懐から銃を取り出し、バイクに向けて発砲した。
銃弾は見事、バイクの燃料タンクに当たり悪魔の群れの中心で、バイクは爆発し炎上した。
バイクが炎上した先には南西の砦が炎でゆらゆらと揺らめいていた。
†††
南西の砦に入ると、魔蟲の巣窟と化していた。
ありとあらゆるところから蟲型の悪魔がクロに襲い掛かる。
クロはそれらを蹴散らしながら進んで行く。
そして、クロは南西の砦の最下部へと辿り着いた。
蟲、蟲、蟲――……
床に、壁に、天井に様々な蟲が蠢いていた。
蟲たちが蠢くその奥にこの場には似つかわしくない愛らしい少女が玉座に鎮座していた。
少女が目を開けこちらを見つめ、蠱惑的な笑みを浮かべる。
その笑みにクロは背筋がざわつき、冷や汗が流れた。
クロは感じたこの少女は、いや、これは人間ではないと。
咄嗟にクロは双銃を構え、それに銃口を向けた。
しかし、玉座にいた筈のそれがいない。
周囲に気を張ってると、上からキラキラと輝くなにかが降り落ちてきた。
クロは上を見るとそれが、蝶や蛾のような翅を背中から生やし、宙を舞っていた。
そして、相も変わらず、蠱惑的な笑みを浮かべながらそれは口を開き、言葉を紡ぐ。
「ようこそ、人の子よ――」
双銃をそれに向けながら、クロは背筋に冷たいものを感じながら訊ねる。
「お前、何者だ……?」
翅を生やし、それは宙をひらひら舞いながら答える。
「妾は魔蟲の皇女、アバドン。歓迎するぞ――人の子よ」
そう言うと、アバドンは両手を掲げる。
すると、蠢いていた蟲たちが一斉にアバドンを中心にして集まりだした。
蚊や虻、蜂、蜘蛛に百足などの不快害虫だけじゃなく兜虫や鍬形、蟷螂に蜻蛉ありとあらゆる蟲がアバドンを中心にして集まる。
そして、アバドンが両手を指揮者のように揮うと蟲たちが一斉にクロに襲い掛ってきた。
クロは咄嗟に地を蹴り、身体を捻り、今入ってきた入口に向かって疾走した。
しかし、それを見越していたのか入口には様々な毒蟲が群がっていた。
踵を返し、覚悟し、双銃を構え、迫りくる蟲を文字通り迎え撃った。
だが、放たれた弾丸は迫りくる蟲に当たらず、虚空を切るだけだった。
ならばと、クロは迫りくる蟲を銃剣で斬り落としていく。が、数が多く総てを防ぎきるのは時間の問題。そう判断すると、先の戦いで使った眼の力を使うことを決断する。
眼を閉じ、全神経を眼へと集中させ、そして、ゆっくりと眼を開ける。
すると、やはり視界が一瞬紅く反転し、総てのものの動きが止まったかのように遅くなった。
その時の中でクロは、自分に迫ってくる蟲を斬り落としていく。
そうして、総ての蟲を斬り落としたクロは、跳躍しアバドンを銃剣で一刀のもとに斬り伏せた。
なんとも呆気ない終わりに違和感を覚えつつもクロは双銃を懐にしまい、眼を閉じ、緊張を解く。すると、ひどい倦怠感とともにじんわりと頭痛と目眩が襲ってくる。
堪らずクロはその場に跪き、頭を抑えて蹲った。
そんなときだった。
「ふふふ――……」
背後から背筋が凍る嗤い声が響いた。
すかさず、懐から双銃を取り出し、振り返ると、アバドンの顔がすぐ側まで迫っていた。
咄嗟に銃剣で切り払うが、アバドンはそれをひらりと躱し、宙に舞う。
クロはこの状況を痛む頭で冷静に考えていた。
ひどい倦怠感に少しずつ酷くなっていく頭痛と目眩――……、加えて、アバドンは斬られた箇所をすでに回復し、再び蟲たちを呼び寄せている。
まさに状況は最悪の一言に尽きる。
それでもクロは双銃を構え、立ち上がる。
その姿を見てアバドンは愉快げに嗤う。
「くっくっく――……、辛そうだな人の子よ」
クロは苦しげに、しかし、銃口を向けながら悪態をつく。
「――ああ、こっちはさっさと横になって休みたいんだが?」
アバドンはまた、愉快げに嗤い返した。
「ああ、眠らせてやろう――、永久にな」
そう言うと、アバドンは再び指揮者の如く両手を揮い蟲を指揮する。
まず飛び出したのは百足――、その長い胴体でクロを締め付け捕らえようとする。
それを後ろに大きく跳躍してクロは、百足の射程距離から逃れる。
続いて左右からは兜虫と鍬形がその自慢の角や顎で突き刺し、引き裂こうと飛翔してくる。
銃剣でクロはそれを迎え撃つも、そこへさらに、蟷螂が両腕の鎌で襲いかかってくる。
堪らず後退するクロ。そこへ蜘蛛や芋虫、毛虫などが様々な角度から糸を放出する。
クロはそれらを避けきれず、糸に雁字搦めにされる。
そして、身動きが取れないクロに蟲たちが襲いかかる。
絶体絶命、クロは死を覚悟した……
そんなときだった。
突如、双銃から黒い炎が灯ったかと思うと、それはクロの身を包んだ。
そして、糸を焼き切り、アバドンが指揮する蟲たちを焼き尽くした。
†††
自身の操る蟲が焼かれる光景にアバドンは驚愕した。
なぜならば、人の子は魔力を使い果たし、フラフラだった。
通常、魔力や法力などと呼ばれる咒力の源はそのものが持つ生命力。その生命力以上の力を出すことは実質的には不可能。
それなのに、目の前のそれはそんなことを無視して魔力を発している。
だが、アバドンが真に驚愕したのはそこではない。
アバドンが真に驚愕したのは、それが半分人の身でありながら地獄の炎を……、黒炎を召喚していることに驚愕していた。
悪魔でさえも、召喚できるのはほんの一握りしかいないというのに、目の前のそれは半分は悪魔の血が流れてはいるものの、もう半分は人の身。それなのに、目の前のそれは召喚している。
アバドンはその真実に目を疑った。
†††
クロ自身もまた、突如、双銃から黒炎が発し、身を包んだことに驚いていた。
しかし、不思議なことに身を包んだ炎はクロを焼かず、巻き付いてる糸を焼き切り、襲いかかってくる蟲たちを焼き尽くした。
クロが唖然としていると、突如、凄まじい耳鳴りと頭痛が襲う。
その衝撃に耐えられず、クロは意識を失った。
†††
あ……るじ……あるじ……
主……我が主……
呼び声に呼応し、俺は目を開ける。
すると、闇黒の空間と4つの紅い眼が俺を出迎えた。
『我、汝には失望したぞ――……』
『故に、我、汝が身体を貰い受ける――……』
すると、俺の足元に黒炎が灯ったかと思うとそれは一瞬で全身を包み込んだ。
「がぁあああああ――……ッ!?」
熱い――……
その一言に尽きた。
身を、骨を焦がす程の熱、まさに、地獄の業火と呼べた。
クロはその黒炎の中で藻掻き苦しんでいた。
だが、足掻けば足掻くほどに黒炎はクロを苦しめた。
そして、どんなに足掻いても黒炎は消えない。
やがて、クロは動かなくなった。
『他愛、無――……』
『汝が、身体貰い受けた――……』
4つの紅い眼が2つの口を開き、横たわっているクロに言う。
すると、横たわっているクロの指がピクリと動き、黒炎の中、呻きながら叫んだ。
「ふざけるな……!」
4つの紅い眼が驚嘆の声を上げる。
その視線の先には黒炎に焼かれながら立ち上がるクロの姿が映っていた。
『何ッ――!!』
「ふざけるな……! オレはヤツを……ヴァイスを殺すまでは死ねない……! 邪魔するのなら誰だろうと殺す……!」
黒炎の中、紅く光るクロの瞳には殺意の炎が宿っていた。
その瞳を見た4つの紅い眼はニヤリっと口元を歪め――……
『クックックッ……良き瞳だ……』
『今回はその瞳に免じて、汝に力を再び貸そう……』
『だが、努々その瞳を忘れることなかれ……』
†††
クロが纏っている黒炎によって、アバドンはとどめを刺しあぐねていた。
そんなときだった。
突如、黒炎が激しく燃え上がったかと思うと、それは、クロの身体に吸収されていく。
そして、黒炎を吸収したクロが、ゆっくりと起き上がる。
その身体からは先程とは比べものにならない魔力が迸り、漆黒の瞳は燃えるような紅に変わっていた。
アバドンは蟲を指揮し、クロを襲わせるが、クロが放った双銃の一撃で半数の蟲が灰も残らず燃え散っていった。
アバドンは再び驚愕した。
半人半魔の身で、地獄の炎を……、黒炎を完璧に操っていることに。
アバドンは翅を広げ宙へ逃げようとする。
クロは宙に逃げようとするアバドンを追撃しようと双銃を構え、アバドンに狙いを定める。
だが、アバドンは両手を揮い、蟲を操り、クロの視界を奪う。
クロは黒炎を銃剣に纏わせて蟲の群れを燃やし断ち切り、双銃をアバドンに向け構える。
だが、しかし、アバドンが蟲を指揮する方が迅く、蟲を捌きながらアバドンに狙いを定め引き金を引くことが難しい。
上下、左右、前後から襲ってくる魔蟲の群れを躱し、捌き、迎え撃つだけで精一杯のクロ。
対するアバドンはクロが操る黒炎のせいで、自ら攻められずにいた。
まさに、千日手――……
だが、互いに勝機が訪れるとするのならば、どちらか一方の力が尽きたときのみ……。
その均衡は、徐々にではあるが崩れ始めていた。
アバドンの操る魔蟲の群れが時間が経つに比例して、徐々に黒炎に焼かれ減っていく。
対するクロは魔眼と黒炎を同時に発動しているというのに、体力、魔力ともに衰えない。
それどころか、時間が経つに反比例して、動きが加速していく。
どちらに軍配が上がったかは自明の理だろう。
クロの銃撃がアバドンの翅を遂に捉え、アバドンを地に撃ち落とした。
撃ち落とされたアバドンは耳を劈く奇声を発する。
「――__ ̄_―― ̄――_― ̄!!」
クロは堪らず両耳を塞ぐ。
「ッ――……!?」
アバドンの方を見ると最後の蟲の群れがアバドンを中心に球状に集まっていた。
そして、その球状の中から奇声に混じってノイズがかかった咆哮が薄暗く湿った部屋に響く。
「我らの― ̄_ェザの―_ ̄―分際で― ̄_――ッ!!」
咆哮とともに球状に集まっていた魔蟲の群れが弾け飛んだ。
そして、中から出てきたのは赤黒い巨大な蝗だった。
その大きさは、先の戦いで戦ったフュルフュールよりも一回りほど大きく圧倒的。そして、巨大な複眼の眼は一瞬こちらに“死を悟らせる”程の威圧感。
アバドンは肉を引き裂くための乱杭歯をガチガチと鳴らしながら、巨大な鎌を音速を超える速さでクロの胴体目掛けて放った。
クロはその一振りを躱し、後ろに回り込み、双銃をアバドンに向けて構える。
しかし、アバドンの毒尾がクロの頭部目掛けて先の鎌を超える速さで放たれる。
クロは間一髪、寸でのところでこれを躱すが、アバドンの毒尾の攻撃は続く。
右、右、左、下、上からの振り下ろし、左、右、左からの薙ぎ払い……
様々な角度からの波状攻撃。
しかし、クロはそれらの攻撃をすべて見切り紙一重で躱していく。
やがて、業を煮やしたアバドンは乱杭歯をガチガチと鳴らし、蟲を呼び寄せクロを襲わせた。
アバドンの毒尾と魔蟲の群れの混成攻撃。
常人ならば1秒と持たず貫かれ、魔蟲のエサになっている。
しかし、いや、やはりというべきか、クロはアバドンの毒尾も魔蟲の群れの攻撃もその真紅の魔眼ですべて見切り躱している。更には、双銃に纏わせた黒炎で魔蟲の群れを焼き払っている。
アバドンは巨大な赤黒い複眼でそれを、その光景を目の当たりにして、更に怒り、乱杭歯をギチギチと鳴らし、翅を広げ、宙へ飛ぶ、その速度はまさに一筋の閃光、その赤黒い邪悪な流星はクロ目掛けて突撃する。
対するクロは、それを迎撃するため双銃を構え、吼える。
「穿て、オルトロス!!」
放たれたのは極大の黒炎の弾丸。
当たればアバドンすら灰に変える地獄の炎の塊。
アバドンは速度はそのまま、黒炎の弾丸に向かって飛翔する。そして、当たる直前で大鎌を振りかぶり勢いそのまま大鎌を思いっきり振り下ろした。
すると、海を割ったモーゼの如く極大の黒炎の弾丸は縦に真っ二つに割れた。
しかし、驚いたことに縦に割いた黒炎の弾丸の中から勢いよくクロが飛び出してきた。
そして、お互い勢い弱まることなく、双銃と大鎌が火花を散らし音を立てて激突した。
だが、アバドンの飛翔は止まらない。クロと鬩ぎあったまま速度を上げて乱雑に飛び回る。
右へ、左へ、上へ、下へ、時には急旋回をし徐々に徐々に速度を上げていき、やがて、邪悪な赤黒い流星はクロ諸共、錐揉み回転をしながら地面に向かって急降下した。そして、凄まじい衝撃音と共に地面に衝突する。
その衝撃は凄まじく、頑強な造りの部屋のあちらこちらには罅や亀裂が走り、今にも崩れかけていた。
その衝撃の中心地、そこではアバドンと満身創痍のクロが未だ激しい戦闘を繰り広げていた。
クロは左腕が千切れかけており、右手だけでアバドンの攻撃をいなし、紙一重で躱している。
対するアバドンは大鎌と毒尾の波状攻撃でクロを攻めたてる。
だが、アバドンもまた先程の攻撃で摩耗していたのだろう。攻撃の速度が遅くなっている。
クロは左腕を噛み咥え、右手と魔眼の力のみでアバドンの攻撃をいなし、躱しながら耐え忍ぶ。しかし、それも長くは続かず、遂にクロは片膝をつき、俯いてしまう。
アバドンは大鎌と毒尾で確実にとどめを刺しにかかる。
その刹那、クロは地面に向けて発砲した。
すると、その反動でクロの身体が宙に跳ぶと、アバドンの大鎌と毒尾を躱す。
そして、自身のすべての魔力を込めた一撃をアバドンに向けて放った。
黒炎の弾丸はアバドンに当たり、その身を包み込んだ。
アバドンは断末魔を上げながら藻掻き苦しみ、そして、暴れ回り、力尽き灰となっていた。
†††
クロはまともに受け身を取れず、宙から無様に転げ落ちた。
そして、クロは崩れ落ちていく砦の地下から出るため、身体を引き摺り出口へと向かっていた。
だが、アバドンとの戦いであまりにも血を流しすぎたためか目が霞み、真っ直ぐ歩いているのか定かではない。
何とか地下の出口に辿り着くが、地鳴りと共に砦内が激しく揺れ、クロは思わず倒れこむ。
クロが倒れこむと同時に、地下が崩落した……。
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