『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁

文字の大きさ
325 / 358

第322話 『国外退去ならびに臨戦態勢』

 文久四年三月四日(1864年4月9日) 

「急ぎなさい。私が戻るかオールコック前公使が戻るか分からないが、正直なところ良い思い出がない。できればあまり関わり合いたくない国だがな」

 駐日イギリス代理公使のエドワード・セント・ジョン・ニールは、執事たちに命じて公使館を退去する準備を進めるとともに、日本に滞在しているイギリス人すべてに退去勧告を出していた。

 ニールの命令は迅速に広まり、横浜、長崎、箱館のイギリス居留地では商人や外交官、技術者たちが慌ただしく荷物をまとめ始めている。しかし予想していたとはいえ、多くの者が退去勧告に困惑していたのだ。

「閣下、これは戦争になるということでしょうか?」

 港で荷を積む船主の問いに、ニールは表情を硬くした。

「戦争? 日本の馬鹿な指導者のせいで、私までこんな目にあったのだ。しかし心配するな。大英帝国が負けるはずはない。すぐに日本の貧弱な海軍など粉砕して、堂々と横浜へ入港するはずだ。せいぜい1か月程度の上海旅行とでも思えばいい」

 ニールはそう言って、うんざりしながらも指示を出す。

 


 ニールの元に日英開戦のための訓令が届いたのは間もなくであった。




 ■江戸城

「とうとう来ましたな」

 筆頭大老安藤信正は、全文英語で書かれたイギリスの公式文書を前に、通訳が翻訳した内容を聞いて、静かに言った。


 

 ヴィクトリア女王陛下の政府より日本国政府へ

 我々はここに日本国に対し、重大な懸念を表明するとともに、以下を要求する。

 大英帝国は1854年10月14日、日英和親条約を締結して以来、日本との友好関係の維持に努めてきた。

 しかるに1862年8月26日に発生した生麦事件において、薩摩藩士による帝国臣民への暴挙が発生した。

 この事件に対し、我々は日本政府に厳正な処罰と十分な賠償を求めてきたにもかかわらず、日本政府は満足のいく回答を提示せず、事態の解決に向けて誠意ある努力を欠いている。

 この状況は、国際法の定める義務をはなはだしく蔑ろにするものであり、大英帝国の威信を著しく傷つけるものであって、断じて看過することはできない。

 よって、我々は日本国政府に対し、以下を要求する。

 第一に、生麦事件の責任者を速やかに特定し、厳正に処罰すること。また、被害者およびその家族に対し、十分に賠償すること。

 第二に、不当に拘束された帝国臣民を即時かつ無条件で解放すること。

 第三に、今後、大英帝国臣民の安全を保障し、全ての条約に基づく通商上の権利を尊重すること。

 第四に、日本政府は、生麦事件に対する賠償金として12万5千ポンドを支払うこと。

 我々は、1864年4月30日までにこれらの要求に対する満足のいく回答が得られない場合、大英帝国は日本国に対し宣戦を布告する。我々は、日本政府が事態の深刻さを理解し、賢明な判断を下すことを強く期待する。

 1863年12月10日

 ヴィクトリア女王陛下御名において

 大英帝国外務大臣

 ジョン・ラッセルきょう




 女王自身がこれほどの鉄の意志を持っていたかは分からない。

 対米戦争を回避するために動いた女王であったが、イギリスが善で日本が悪という情報を真に受けていたか、もしくはパーマストンらに情報統制されていたのかもしれなかった。




「なに、どうという事でもございますまい。方々、予想どおりのことにございます。この上は粛々と為すべきことを為しましょう。まずは他国に害の及ばぬよう、念のためアメリカ・フランス・オランダ・ロシアの公館を山の手へ移設し、ならびに在留外国人の避難を執り行うべきにございます」

 大村純顕は淡々と大老院の面々に話した。この辺りは事前に次郎と打ち合わせていたのだろう。次郎は大村にて海軍の指揮にあたっているが、その間の中央の裏からの差配は純顕が買って出ていたのだ。

「イギリスは馬関へ、馬関を狙ってくるのだろうか……」

「イギリスの艦隊が江戸へ来ることはないであろうと、そういう話であったが、奄美の島々を通り抜けてくるのだ。鹿児島は……」

 安藤信正の対応とは裏腹に、毛利敬親と島津忠義は気が気ではなかった。

 自らの領地が戦場になるかもしれないときに、自分だけぬくぬくと江戸にいては藩士の士気も上がらないからだ。




「中将(毛利敬親)殿、大隅守(島津忠義)殿、国許へ戻られるか?」

 敬親も忠義もハッとしてお互いの顔を見るが、おおっぴらにそれを言う事ははばかられた。

「……では公儀筆頭大老して命ず。毛利左近衛権中将、島津大隅守、命により国許へ戻りイギリスと相対しては、見事敵をうち倒してみせるがよい」

 信正のその発言に2人は居住まいを正して直視した。

「ははっ」

 敬親と忠義はそう言って退座した。




「さすがでございますな」

「なに、御家中の誰かより、腹芸は苦手にござるよ」

 純顕の冗談めかした問いに対して信正も冗談で返した。信正はふふふ、と笑った後に声を上げる。

「土佐守(山内容堂)殿、中納言(伊達斉泰)殿、陸奥守(伊達慶邦)殿、お三方はこれまで通りでお願いいたす」

「 「 「無論の事」 」 」

 


 江戸城での会議は続いた。




 ■大村藩

 どおん、どおん、どおん……!

 完成したばかりの2,500トン級新鋭軍艦『知行』の試験航海、ならびに海上試射に立ち会っている次郎は、感嘆の声をあげた。

「これで……何メートルだ? 速度は?」

「はい、約3,900メートル、速度は16ノット出ております」

「おお! 大砲は『大成』とほぼ同じ射程、新型機関を積んで速度は上がっておるな!」

 大村藩海軍は、全艦艇を運用した艦隊運動ならびに作戦行動の訓練を、休みもなく行っていた。




「ご、御家老様! 大変です!」

 港に戻った次郎に急報が入った。

「何事じゃ?」

「て、敵が……」




 上海からイギリス艦隊が出港したとの報せであった。




 ■鹿児島城

「な、なんじゃと?」




 -発 琉球在番奉行 宛 御殿

 英国艦隊来航にて首里城下へ進み留まり候。琉英条約締結を求め、艦隊は北上する模様に候間、大島の備えの要ありと認め候。-




「こ、これはいったい……如何いかにすべきか?」

 久光は苦悩した。

 前回の次郎との会談では、鹿児島にイギリス艦隊が襲撃した時の事を踏まえ、防備に徹して待ち構え、艦艇はそれを補うべく行動すべしと決まっていたのである。

 しかし今、琉球を介した清国との貿易が危ぶまれる事態となっている。しかも沖永良部島以北は薩摩藩領となっていて、沖永良部・大島・徳之島・喜界島に番所があるのだ。

 琉球は清国に冊封され、薩摩との二重支配下にあるとはいえ独立国である。そのためイギリスといえども何の名目もなく、軍隊の長期駐留は許されることではない。

 しかし薩摩藩領となれば話は別である。開戦となれば占領されても文句は言えないからだ。

「上海から直に鹿児島にくるのではなく、琉球からくるか……。しかも本国の支援を待たずにとは」

 情報収集のために上海(フランス租界)に滞在している藩士からは、援軍到着の連絡はまだない。
  
 情報はまず長崎へ到着するフランス(もしくはイギリス以外の)船籍の船によって次郎に知らされ、長州ならびに鹿児島など、重要拠点へ伝達されるからだ。

 奄美群島を見殺しにして引きこもるか、それとも艦隊兵力では半数にも満たない薩摩艦隊で南下するか? しかし南下したとして、どう戦うというのだ?

 久光は考えに考えている。

 次郎は通信網の敷設は提案してきたが、琉球から奄美群島の防衛に関してはまったく言及していなかったのだ。そのため島々には多少の小火器はあるものの、大砲の備えなどは存在しない。

 しかもその小火器は、火縄銃である。

「く……」

 久光には苦渋ではあったが、いますぐに動くことなどできない。重臣と協議した後、江戸の純顕へ電信を送った。




 -発 島津少将 宛 丹後守

 琉球在番奉行より報せあり候処そうろうところ(あったのですが)、英国艦隊来航にて条約締結の見込みあり候。北上の後、奄美大島などに攻め込む恐れ大いにありと存じ候得共そうらえども(思うのですが)、誠に遺憾なれどわが海軍のみでは抗し能わぬと存じ候間そうろうあいだ(思うので)、御家中の助力願いたく存じ候。-




 いよいよ、開戦の火蓋が切られようとしていた。




 次回予告 第323話 『イギリス東インド・清国艦隊』
感想 2

あなたにおすすめの小説

局地戦闘機 飛電の栄光と終焉

みにみ
歴史・時代
十四試局戦 後の三菱雷電J2Mとして知られるこの戦闘機は爆撃機用の火星エンジンを搭載したため胴体直径の増加、前方視界不良などが続いたいわば少し残念な機体である この十四試局戦計画に地方の無名メーカーが参加、雷電を超える高性能機が誕生し、零戦の後継として太平洋戦線を駆ける これは設計者、搭乗員の熱く短い6年間を描いた物語だ

畑の隣にダンジョンが生えたので、農家兼ダンチューバーになることにした件について〜隠れ最強の元エリート、今日も野菜を育てながら配信中〜

グリゴリ
ファンタジー
 木嶋蒼、35歳。表向きは田舎で農業を始めて1年目の、どこにでもいる素朴な農家だ。しかし実態は、内閣直轄の超エリート組織・ダンジョン対策庁において「特総(特別総括官)」という非公開の最高職を務める、日本最高峰の実力者である。その事実を知る者は内閣総理大臣を含む極少数のみ。家族でさえ、蒼が対策庁を早々に退庁したと信じて疑わない。  SSSランクのテイムスキルと攻撃スキル、SSランクの支援スキルと農業スキルを18歳時に鑑定され、誰もが「化け物」と称えたその実力を、蒼は今日も畑仕事に注ぎ込んでいる。農作物の品質は驚異的に高く、毎日の収穫が静かな喜びだ。少し抜けているところはあるが、それもご愛嬌——と思っていた矢先、農業開始から1年が経ったある朝、異変が起きた。  祖父母の旧宅に隣接する納屋の床に、漆黒に金の縁取りをしたゲートリングが突如出現したのだ。通常の探索者には認識すらできないそれは、蒼だけが見えるシークレットプライベートダンジョン——後に「蒼天の根」と呼ばれることになる、全100階層の特異空間だった。  恐る恐る潜ったダンジョンの第1層で、蒼は虹色に輝くベビースライム「ソル」と出会い、即座に従魔として契約。さらに探索を進める中でベビードラゴンの「ルナ」、神狼種のベビーシルバーウルフ「クロ」を仲間に加えていく。そしてダンジョン初潜入の最中、蒼の体内に「究極進化システム」が覚醒する。ダンジョン内の素材をエボリューションポイント・ショップポイント・現金へと変換し、自身や従魔、親しい者を際限なく強化・進化させるこのシステムは、ガチャ機能・ショップ機能・タスク機能まで備えた、あまりにもチートじみた代物だった。  蒼は決める。「せっかくだから配信もしよう」と。農家兼ダンチューバーという前代未聞のスタイルで探索者ライセンスを取得し、「農家のダンジョン攻略配信」を開始した彼の動画はじわじわと注目を集め始める。  そんな中、隣のダンジョンの取材にやってきたのが、C級探索者ライセンスを持つ美人記者兼ダンチューバー・藤宮詩織だった。国際探索者協会の超エリート一家に生まれながら自らの道を切り開いてきた彼女は、蒼の「農家なのになぜかとても強い」という矛盾に鋭い鑑定眼を向ける。  隠れ最強の農家配信者と、本質を見抜く美人記者。チート級の従魔たちが賑やかに囲む日常の中で、二人の距離は少しずつ縮まっていく。ダンジョン攻略・農業・配信・ガチャ・そして予期せぬ大事件——波乱と笑いと感動が交錯する、最強農家の新米配信者ライフが、今幕を開ける。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦 そしてそこから繋がる新たな近代史へ

鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る

丸三(まるぞう)
ファンタジー
戦国時代に転生した先は、豊臣秀吉の弟にして名宰相――豊臣秀長の息子だった。 現代では中世近世史を研究する大学講師。 史実では、秀長は早逝し、豊臣政権は崩壊、徳川の時代と鎖国が訪れる。 ならば変える。 剣でも戦でもない。 政治と制度、国家設計によって。 秀長を生かし、秀吉を支え、徳川の台頭を防ぎ、 戦国の終わりを「戦勝」ではなく「国家の完成」にする。 これは、武将ではなく制度設計者として天下を取る男の物語。 戦国転生×内政改革×豊臣政権完成譚。 (2月15日記) 連載をより良い形で続けるため、更新頻度を週5回とさせていただきます。 一話ごとの完成度を高めてお届けしますので、今後ともよろしくお願いいたします。 (当面、月、水、金、土、日の更新)