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トラック1:長い間文通を交わしていない友達から突然メッセージが来る時は、かなり驚くけど同時に嬉しさもこみ上げてくる
心安らぐ食卓
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「お待たせ、出来上がったぞ」
俺は部屋に戻り、リビングに向かうよう紗彩に手招きした。
紗彩は、うんと頷きながら俺についていく。
スープから微かに漂う湯気は、風呂あがりには丁度良い温度で保たれている。
「え、美味しそう」
「別に大したもんじゃないって」
テーブルに座った瞬間の紗彩の第一声がそれだったので、思わず俺は否定する。
「見た目の良さなんて一切重要視しないただのスープだ。別にこんなのに価値なんか見出さなくていいさ」
「そんことない。トッピングまでこだわったりとか、普通やらない」
紗彩は、首を横に振りながら言った。
「いやいや苦手関係なくやるって。トッピングくらいは」
「あ、このスープ。何かごま油の香りも感じる」
「え、ああ。仕上げに入れてみたんだ」さりげなくスルーされたことに若干苦笑いを浮かべながら、俺は答えた。
「仕上げで入れたの?」
きょとんとした目で見つめてきた紗彩に、思わず俺はそうだけど、と平然に答える。
「芳ちゃん、料理の才能ある」
紗彩は目をきらりんと輝かせた。
「才能なんて大袈裟な」再度苦笑いを浮かべながら、紗彩から目を伏せる。紗彩のほうが、よっぽど凄い才能を持っているじゃないか。
「さあ。冷めないうちに食べようぜ」
それから俺達はいただきますと小声で言った。
いくら見た目やら香りやらが良いとしても、肝心なのは味だ。旨くないと、せっかくこだわって作ったとしても、台無しだ。
紗彩が一口スープをすする。
すると、
「美味しい……美味しいこれ!」
と、紗彩が瞳を輝かせてまっすぐに褒めてきた。
「そ、そうか」
思ってたよりも直球な彼女の反応に、俺は思わず辟易する。
人形のような可愛い目線が、俺の気を動転させる。
そこまで美味だというのならと、自分も一口放り込んでみた。
「あ、案外いけるな、これ」
何だか、味見したときよりも、圧倒的に味がしっかりしていると感じた。
あの時は熱したばかりだったせいか、かなり温度が高いことも相まり、味がそこまで分からなかったのかもしれない。
上手く作れてよかったと、俺はひと安心した。
「本当に身体の芯から温まるような感じがする」
「いやいや、いくらなんでも即効性高すぎるからそれは……あ、ほんとだな。何だかほんのり暖かくなってきたぞ」
そんな俺の反応を見て、紗彩はくすっと笑顔を見せてくれた。
久しぶりに見た彼女の笑顔はとても可愛く、非常に尊かった。
何としてでも、紗彩の笑顔を絶やすわけにはいかない。
そう強く思わずにはいられなかった。
そのためには、俺はまず謝らなければいけないことがあった。
それは、自分で勝手な解釈をして、勝手に大丈夫だと思っていたことだった。
「紗彩!」
「な、何!? どうしたの!?」
勢いにびっくりしたのか、若干肩に力が入った状態になって紗彩は反応した。
俺は肩の力を抜いて、深呼吸する。
「本当に申し訳なかった」その場で、俺は頭を下げた。「俺、実は紗彩が不登校になっていたの、知ってた」
そう俺が謝ると、紗彩は納得したような顔を見せた。
「うん、そうだよね。親同士仲良かったし、事情知らないなんてこと、ないよ」
俺は無言で頷き、「その上」と言葉をつけ足した。
「何で知ったのかというとな、両親が偶々紗彩の不登校について話していたのを、盗み聞いたからというお粗末さだ。そして挙句の果てに、紗彩なら大丈夫だ、きっと元気を取り戻す日が来るって、都合良く考えていた自分がいた」
紗彩は、俺の独白に対して悲しむことなく、真っ直ぐに聞いてくれていた。
「今日だって紗彩から来たNINEを見ても、最初何が起きてるのか分からなかった。念のため友達に『これ、大丈夫そうか?』なんて聞き始めて、そしたら『早く助けにいけ』って背中押してもらって、ほんで初めて紗彩が危ない状況にいることに気づけたくらいだ。本当、自分の鈍感さに嫌気がさしてくる」
「芳ちゃん……」
博人と暉信の二人が近くにいて、鼓舞してくれたからこそ、今ここに俺と紗彩がいる。
あの時二人が用事があったりとかでいなかったらと思うと、本当にぞっとする。
「ごめん」と謝ることは小学校の頃と比較して簡単になっていったが、「ありがとう」と感謝するのは反比例しているかのように難しくなってきている。
それは礼を言うことが、心の何処かに気恥ずかしさがあるからだと思う。そんな時でも、臆面無く礼を言える人こそ、みんなから好かれる所以だと思う。
何よりも自分のために、二人には改めて伝えよう。この一切穢れのない、透き通るように綺麗で清涼な五文字の言葉を。
そして紗彩には、誠意をもって伝えよう。自分が気づかぬうちに犯していた罪を真正面から償う懺悔の三文字の言葉を。
「だから、今まで知ってながらも、何ひとつ声かけようとしたり心配したりもしなくて、本当にごめん」
「……」
「俺はもう決めた。逃げないと」
俺の姿が目に映っているかのようにじっと見つめて聞いている紗彩に続いて、俺もじっと見つめ返した。
「何としてでも死なせないから。全力で阻止してやる。また死にたいなんて言い出したら、その度に駆けつけてやる」
言葉一つ一つ畳みかけていき、俺は最後にこう約束した。
「絶対に……お前だけは……俺が守ってやる! 例え世界中で、誰も味方になってくれなかったとしても、俺だけは……味方で居続ける!!」
言い放った直後、俺と紗彩の間の食卓は何とも言えない沈黙に包み込まれた。
そして何ともいえない後悔と羞恥に苛まれ始めた。
頭を下に向け、ひたすら俯き続ける。
何故俺は、あんなクサい言葉を吐いてしまったのか。
何故俺は、引くほど気持ち悪い擁護の言葉を口走ってしまったのか。
反芻すればするほど、紅潮していくのを感じていた。
もう穴の中に入りたい、まさしくそんな気分だった。
嗚呼、もう……適当に笑ってくれ。
半ば投げやりになり、俺は両手を顔に覆って、肘をテーブルに立たせた。
そして、俺はチラッと指の隙間から紗彩を見て、反応を確かめた。
すると……。
「っ!!」
紗彩の目からは、一筋の透き通った雫が頬をつたっていた。
俺はその姿に、目をこれでもかと大きくした。
後悔と羞恥は不要だったみたいで、俺の想いはきちんと紗彩に十二分に伝わっていた。
ゆっくりと顔を手から離し、俺は一切の恥を捨てて更に言葉を贈ることにした。
「我慢するなよ、もう。紗彩の中にある心の闇も全部、俺が洗いざらいとっちめてやる」
手をグーの形にし、ドラミングでもするかのような勢いで自分の胸を叩く。
「うん、ありがと。芳ちゃん」紗彩はにこりと笑った。「守って、わたしのこと」
最早彼女の両目からは、大粒の雫が溢れだしていた。
そんな俺も若干涙腺を刺激されていて、喉奥をぐっと堪え続けていた。
「ああ。だから、これからまた立ち直れるように、一緒に……一緒にさ、頑張ってこう!」
最早既に涙交じりの声だった。徐々に目頭が熱くなり、じわりと視界がぼやけていく。
「芳ちゃん、もらい泣きしてる」
「た、痰が混じっただけだ」誰が見ても分かるような苦し紛れの嘘。そんな嘘しか最早つけなかった。「そういう紗彩なんか、ボロ泣きじゃないか」
「わたしは励まされてる側なんだから、別に泣いたって良いじゃん」
「ああ。辛くて仕方ないような人に泣くななんて言う非道な奴が、何処にいるんだよ。今ここで存分に泣いてくれ。明日から新たにスタート切れるようにさ」
「既に泣き疲れてるから、もう出ない」首を横に振りながら、紗彩はそう微笑んだ。
「それもそうだな」
俺と紗彩は親が帰ってくるまで談笑することにし、すっかりぬるくなったスープをじっくり飲み干していった。
俺は部屋に戻り、リビングに向かうよう紗彩に手招きした。
紗彩は、うんと頷きながら俺についていく。
スープから微かに漂う湯気は、風呂あがりには丁度良い温度で保たれている。
「え、美味しそう」
「別に大したもんじゃないって」
テーブルに座った瞬間の紗彩の第一声がそれだったので、思わず俺は否定する。
「見た目の良さなんて一切重要視しないただのスープだ。別にこんなのに価値なんか見出さなくていいさ」
「そんことない。トッピングまでこだわったりとか、普通やらない」
紗彩は、首を横に振りながら言った。
「いやいや苦手関係なくやるって。トッピングくらいは」
「あ、このスープ。何かごま油の香りも感じる」
「え、ああ。仕上げに入れてみたんだ」さりげなくスルーされたことに若干苦笑いを浮かべながら、俺は答えた。
「仕上げで入れたの?」
きょとんとした目で見つめてきた紗彩に、思わず俺はそうだけど、と平然に答える。
「芳ちゃん、料理の才能ある」
紗彩は目をきらりんと輝かせた。
「才能なんて大袈裟な」再度苦笑いを浮かべながら、紗彩から目を伏せる。紗彩のほうが、よっぽど凄い才能を持っているじゃないか。
「さあ。冷めないうちに食べようぜ」
それから俺達はいただきますと小声で言った。
いくら見た目やら香りやらが良いとしても、肝心なのは味だ。旨くないと、せっかくこだわって作ったとしても、台無しだ。
紗彩が一口スープをすする。
すると、
「美味しい……美味しいこれ!」
と、紗彩が瞳を輝かせてまっすぐに褒めてきた。
「そ、そうか」
思ってたよりも直球な彼女の反応に、俺は思わず辟易する。
人形のような可愛い目線が、俺の気を動転させる。
そこまで美味だというのならと、自分も一口放り込んでみた。
「あ、案外いけるな、これ」
何だか、味見したときよりも、圧倒的に味がしっかりしていると感じた。
あの時は熱したばかりだったせいか、かなり温度が高いことも相まり、味がそこまで分からなかったのかもしれない。
上手く作れてよかったと、俺はひと安心した。
「本当に身体の芯から温まるような感じがする」
「いやいや、いくらなんでも即効性高すぎるからそれは……あ、ほんとだな。何だかほんのり暖かくなってきたぞ」
そんな俺の反応を見て、紗彩はくすっと笑顔を見せてくれた。
久しぶりに見た彼女の笑顔はとても可愛く、非常に尊かった。
何としてでも、紗彩の笑顔を絶やすわけにはいかない。
そう強く思わずにはいられなかった。
そのためには、俺はまず謝らなければいけないことがあった。
それは、自分で勝手な解釈をして、勝手に大丈夫だと思っていたことだった。
「紗彩!」
「な、何!? どうしたの!?」
勢いにびっくりしたのか、若干肩に力が入った状態になって紗彩は反応した。
俺は肩の力を抜いて、深呼吸する。
「本当に申し訳なかった」その場で、俺は頭を下げた。「俺、実は紗彩が不登校になっていたの、知ってた」
そう俺が謝ると、紗彩は納得したような顔を見せた。
「うん、そうだよね。親同士仲良かったし、事情知らないなんてこと、ないよ」
俺は無言で頷き、「その上」と言葉をつけ足した。
「何で知ったのかというとな、両親が偶々紗彩の不登校について話していたのを、盗み聞いたからというお粗末さだ。そして挙句の果てに、紗彩なら大丈夫だ、きっと元気を取り戻す日が来るって、都合良く考えていた自分がいた」
紗彩は、俺の独白に対して悲しむことなく、真っ直ぐに聞いてくれていた。
「今日だって紗彩から来たNINEを見ても、最初何が起きてるのか分からなかった。念のため友達に『これ、大丈夫そうか?』なんて聞き始めて、そしたら『早く助けにいけ』って背中押してもらって、ほんで初めて紗彩が危ない状況にいることに気づけたくらいだ。本当、自分の鈍感さに嫌気がさしてくる」
「芳ちゃん……」
博人と暉信の二人が近くにいて、鼓舞してくれたからこそ、今ここに俺と紗彩がいる。
あの時二人が用事があったりとかでいなかったらと思うと、本当にぞっとする。
「ごめん」と謝ることは小学校の頃と比較して簡単になっていったが、「ありがとう」と感謝するのは反比例しているかのように難しくなってきている。
それは礼を言うことが、心の何処かに気恥ずかしさがあるからだと思う。そんな時でも、臆面無く礼を言える人こそ、みんなから好かれる所以だと思う。
何よりも自分のために、二人には改めて伝えよう。この一切穢れのない、透き通るように綺麗で清涼な五文字の言葉を。
そして紗彩には、誠意をもって伝えよう。自分が気づかぬうちに犯していた罪を真正面から償う懺悔の三文字の言葉を。
「だから、今まで知ってながらも、何ひとつ声かけようとしたり心配したりもしなくて、本当にごめん」
「……」
「俺はもう決めた。逃げないと」
俺の姿が目に映っているかのようにじっと見つめて聞いている紗彩に続いて、俺もじっと見つめ返した。
「何としてでも死なせないから。全力で阻止してやる。また死にたいなんて言い出したら、その度に駆けつけてやる」
言葉一つ一つ畳みかけていき、俺は最後にこう約束した。
「絶対に……お前だけは……俺が守ってやる! 例え世界中で、誰も味方になってくれなかったとしても、俺だけは……味方で居続ける!!」
言い放った直後、俺と紗彩の間の食卓は何とも言えない沈黙に包み込まれた。
そして何ともいえない後悔と羞恥に苛まれ始めた。
頭を下に向け、ひたすら俯き続ける。
何故俺は、あんなクサい言葉を吐いてしまったのか。
何故俺は、引くほど気持ち悪い擁護の言葉を口走ってしまったのか。
反芻すればするほど、紅潮していくのを感じていた。
もう穴の中に入りたい、まさしくそんな気分だった。
嗚呼、もう……適当に笑ってくれ。
半ば投げやりになり、俺は両手を顔に覆って、肘をテーブルに立たせた。
そして、俺はチラッと指の隙間から紗彩を見て、反応を確かめた。
すると……。
「っ!!」
紗彩の目からは、一筋の透き通った雫が頬をつたっていた。
俺はその姿に、目をこれでもかと大きくした。
後悔と羞恥は不要だったみたいで、俺の想いはきちんと紗彩に十二分に伝わっていた。
ゆっくりと顔を手から離し、俺は一切の恥を捨てて更に言葉を贈ることにした。
「我慢するなよ、もう。紗彩の中にある心の闇も全部、俺が洗いざらいとっちめてやる」
手をグーの形にし、ドラミングでもするかのような勢いで自分の胸を叩く。
「うん、ありがと。芳ちゃん」紗彩はにこりと笑った。「守って、わたしのこと」
最早彼女の両目からは、大粒の雫が溢れだしていた。
そんな俺も若干涙腺を刺激されていて、喉奥をぐっと堪え続けていた。
「ああ。だから、これからまた立ち直れるように、一緒に……一緒にさ、頑張ってこう!」
最早既に涙交じりの声だった。徐々に目頭が熱くなり、じわりと視界がぼやけていく。
「芳ちゃん、もらい泣きしてる」
「た、痰が混じっただけだ」誰が見ても分かるような苦し紛れの嘘。そんな嘘しか最早つけなかった。「そういう紗彩なんか、ボロ泣きじゃないか」
「わたしは励まされてる側なんだから、別に泣いたって良いじゃん」
「ああ。辛くて仕方ないような人に泣くななんて言う非道な奴が、何処にいるんだよ。今ここで存分に泣いてくれ。明日から新たにスタート切れるようにさ」
「既に泣き疲れてるから、もう出ない」首を横に振りながら、紗彩はそう微笑んだ。
「それもそうだな」
俺と紗彩は親が帰ってくるまで談笑することにし、すっかりぬるくなったスープをじっくり飲み干していった。
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