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トラック1:長い間文通を交わしていない友達から突然メッセージが来る時は、かなり驚くけど同時に嬉しさもこみ上げてくる
やっと明かした我が儘
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現在の時刻は、もうすぐ19時を過ぎようとしている。
そろそろ近いうちにお袋が帰ってくる時間帯であり、俺は紗彩を家に送るために外に出る準備をしていた。
さて、そんな紗彩なのだが。
何かどうも落ち着きが無い。
「どうした紗彩、何か挙動不審だぞ」
堪らず俺は、紗彩に聞き出した。「守ってやる!」なんて、どこかのヒーロー気取った壮言をほざいた手前、気になって仕方がない。
「だ、大丈夫。わたしは」紗彩は片手で制し、それまで目を伏せていたが一瞬で俺と目が合った。「ほら、もうこんなに笑えるんだから」
両手で口角を吊り上げて、身体を左右に振る。
「じゃあわたし、濡れた上着とってくるね」
そう言い残して、紗彩は俺の部屋を出ていこうとした。
その瞬間俺は……彼女の腕を掴んだ。
すると、びっくりしたようにピタッと動きを止める。
「ど……どうしたの?」
俺の方を振り向くことなく、そう聞いてきた。
「お前、嘘ついてるだろ」
「な、何が嘘だっていうの?」
「さっきの大丈夫って言ってたとこ。無理に取り繕うとしてるのが、鈍感な俺にでもわかった。昔にもあったよな。修学旅行のとき。元気だって心配させないように周りに応えてたけど、結局その後倒れて、高熱出してたじゃないか」
小六の頃だった。華厳の滝の展望台で僅かにふらつきながら皆に紛れて歩いていたのを、当時の俺は見逃さなかった。紗彩の顔の熱りが段々濃くなってきているのを、その時の俺は感じたのだ。
「紗彩は前からそうだった。何かを隠しているときは、いつだって無理に平気な素振りを見せていた」
「……」
「何かまだ問題があるのか? 隠してないで話してくれよ」
俺は「な?」と言って、掴んでいる紗彩の腕をより強く握った。
「こ、これ以上我が儘なんて言えない」
「我が儘なんてとんでもない。事情は深くは知らないが、今まで我慢しすぎてきたのだけは分かる。だったら我が儘のひとつやふたつ、いいや全部言ってくれ! そしてその全部、応える」
そう俺が訴えかけるように答えたら、紗彩はくるっと俺の方を振り向いた。意を決したのか、じっと強く俺を睨んでいる。
「わ、わたし……」
嘘偽りない本音を言おうとする紗彩の姿に、俺はゆっくりと頷いた。
「自宅に……帰りたくない」
俺は一瞬呆けた顔をしてしまっていた。
「そ、それって、一体?」
思わずそう聞き出さずにはいられなくなっていた。
「わたし……あの家には帰りたくない、ううん……もう帰れない」
「ど、どうしてなんだ」俺は彼女の心意が気になって仕方がない。「何か、家庭事情で深刻な問題でもあるのか?」
「うん」そう紗彩は頷いた。「今わたし、両親が離婚しちゃって、家でほとんどわたし一人なの」
「えっ……?」
思わず俺は、正気が無くなったかのようにショックを受けていた。その衝撃は、頭を思い切り鉄球で殴られたかのようだった。
「そんな、だってお前の両親、喧嘩なんて全然やってなかったじゃん……」
まだ俺は、彼女が直面している現実を受け入れられないでいる。
「うん、芳ちゃんにとっては、想像なんてできないよね」紗彩は自虐気味に笑ってみせた。「だって離婚したの、高校に上がってからだったもん」
「そんな、そんなこと……あるのかよ」
俺は依然として、信じられないと言わんばかりに首を横に振る。
高校生になって、夢へ一歩一歩少しずつ進んでいこうとした矢先、こんな悪夢のような現実をつきつけられることになるなんて誰が想像できるだろうか。
「お父さんがこの家に残って、お母さんは出てった。その上お父さんは元から、出張が多くて家にいないことが多かった」
「だから、一日中ずっと家に籠っていたということなのか」
紗彩の父親が、出張が多いのは無論俺も知っていた。
両親同士の付き合いで、紗彩と俺は久慈川の上流でキャンプしたり、大洗の海岸で遊んだりしていた。
当時から紗彩の父は、よく仕事で国内に限らず国外への出張で来られないことが多かった。
「もう、あの家に帰れないかも。朝から夜まで一日中ずっと、部屋でわたし一人。もうそんな生活、耐えられなくなっちゃった」
そう紗彩は、真っ青になりながら半ば自嘲気味に笑った。
その時の紗彩の顔色は、俺でもわかるくらいに悲壮なものだった。
「わかった。ひとまずお袋に聞いてみる」
多分住ませてくれると思う、と俺は最後に言葉を付け足した。
「うん。ありがと。そして本当に今日は、何から何まで迷惑かけちゃってすみません」
と、紗彩はさも礼儀正しく、頭を深々と垂れた。
「や…やめてくれ、そんなかしこまった言い方すんの。むしろ、こっちはもっと我が儘言ってほしいくらいなんだから」反対に俺は笑いながら、顔の前で両手を左右に振る。「もう少し頼れよ。これからは、俺が紗彩を養ってやるくらいの勢いなんだから」
半分ほど冗談で固めたことを、勝ち誇ったように強気に、俺は言った。
「はい、沢山頼らせていただきます」
「あいよ」
そう言って、俺は紗彩の頭を撫でた。
そろそろ近いうちにお袋が帰ってくる時間帯であり、俺は紗彩を家に送るために外に出る準備をしていた。
さて、そんな紗彩なのだが。
何かどうも落ち着きが無い。
「どうした紗彩、何か挙動不審だぞ」
堪らず俺は、紗彩に聞き出した。「守ってやる!」なんて、どこかのヒーロー気取った壮言をほざいた手前、気になって仕方がない。
「だ、大丈夫。わたしは」紗彩は片手で制し、それまで目を伏せていたが一瞬で俺と目が合った。「ほら、もうこんなに笑えるんだから」
両手で口角を吊り上げて、身体を左右に振る。
「じゃあわたし、濡れた上着とってくるね」
そう言い残して、紗彩は俺の部屋を出ていこうとした。
その瞬間俺は……彼女の腕を掴んだ。
すると、びっくりしたようにピタッと動きを止める。
「ど……どうしたの?」
俺の方を振り向くことなく、そう聞いてきた。
「お前、嘘ついてるだろ」
「な、何が嘘だっていうの?」
「さっきの大丈夫って言ってたとこ。無理に取り繕うとしてるのが、鈍感な俺にでもわかった。昔にもあったよな。修学旅行のとき。元気だって心配させないように周りに応えてたけど、結局その後倒れて、高熱出してたじゃないか」
小六の頃だった。華厳の滝の展望台で僅かにふらつきながら皆に紛れて歩いていたのを、当時の俺は見逃さなかった。紗彩の顔の熱りが段々濃くなってきているのを、その時の俺は感じたのだ。
「紗彩は前からそうだった。何かを隠しているときは、いつだって無理に平気な素振りを見せていた」
「……」
「何かまだ問題があるのか? 隠してないで話してくれよ」
俺は「な?」と言って、掴んでいる紗彩の腕をより強く握った。
「こ、これ以上我が儘なんて言えない」
「我が儘なんてとんでもない。事情は深くは知らないが、今まで我慢しすぎてきたのだけは分かる。だったら我が儘のひとつやふたつ、いいや全部言ってくれ! そしてその全部、応える」
そう俺が訴えかけるように答えたら、紗彩はくるっと俺の方を振り向いた。意を決したのか、じっと強く俺を睨んでいる。
「わ、わたし……」
嘘偽りない本音を言おうとする紗彩の姿に、俺はゆっくりと頷いた。
「自宅に……帰りたくない」
俺は一瞬呆けた顔をしてしまっていた。
「そ、それって、一体?」
思わずそう聞き出さずにはいられなくなっていた。
「わたし……あの家には帰りたくない、ううん……もう帰れない」
「ど、どうしてなんだ」俺は彼女の心意が気になって仕方がない。「何か、家庭事情で深刻な問題でもあるのか?」
「うん」そう紗彩は頷いた。「今わたし、両親が離婚しちゃって、家でほとんどわたし一人なの」
「えっ……?」
思わず俺は、正気が無くなったかのようにショックを受けていた。その衝撃は、頭を思い切り鉄球で殴られたかのようだった。
「そんな、だってお前の両親、喧嘩なんて全然やってなかったじゃん……」
まだ俺は、彼女が直面している現実を受け入れられないでいる。
「うん、芳ちゃんにとっては、想像なんてできないよね」紗彩は自虐気味に笑ってみせた。「だって離婚したの、高校に上がってからだったもん」
「そんな、そんなこと……あるのかよ」
俺は依然として、信じられないと言わんばかりに首を横に振る。
高校生になって、夢へ一歩一歩少しずつ進んでいこうとした矢先、こんな悪夢のような現実をつきつけられることになるなんて誰が想像できるだろうか。
「お父さんがこの家に残って、お母さんは出てった。その上お父さんは元から、出張が多くて家にいないことが多かった」
「だから、一日中ずっと家に籠っていたということなのか」
紗彩の父親が、出張が多いのは無論俺も知っていた。
両親同士の付き合いで、紗彩と俺は久慈川の上流でキャンプしたり、大洗の海岸で遊んだりしていた。
当時から紗彩の父は、よく仕事で国内に限らず国外への出張で来られないことが多かった。
「もう、あの家に帰れないかも。朝から夜まで一日中ずっと、部屋でわたし一人。もうそんな生活、耐えられなくなっちゃった」
そう紗彩は、真っ青になりながら半ば自嘲気味に笑った。
その時の紗彩の顔色は、俺でもわかるくらいに悲壮なものだった。
「わかった。ひとまずお袋に聞いてみる」
多分住ませてくれると思う、と俺は最後に言葉を付け足した。
「うん。ありがと。そして本当に今日は、何から何まで迷惑かけちゃってすみません」
と、紗彩はさも礼儀正しく、頭を深々と垂れた。
「や…やめてくれ、そんなかしこまった言い方すんの。むしろ、こっちはもっと我が儘言ってほしいくらいなんだから」反対に俺は笑いながら、顔の前で両手を左右に振る。「もう少し頼れよ。これからは、俺が紗彩を養ってやるくらいの勢いなんだから」
半分ほど冗談で固めたことを、勝ち誇ったように強気に、俺は言った。
「はい、沢山頼らせていただきます」
「あいよ」
そう言って、俺は紗彩の頭を撫でた。
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