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7章

黒衣の執行者

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 浮遊魔法で浮いている黒い服装の人物は、鋭い目で周りを見回す。

「まったく! 役にたたないゴミ共だ!」

 そう言ってその人物は右手にソフトボール大の炎を作り出し、それを残ったモンスター達に向け放った。

「危ない! 逃げろ!」

 咄嗟にフェイトが叫ぶ。そして、連続で放たれる炎の魔法。残っていたモンスター達は爆発音と共にあっという間に消し炭になる。

「……信じられないです!あれだけの数のファイアーボールを詠唱もせず連続で放つなんて…………」

 マジシャン見習いのエリーナが青い顔をして後ずさり、他のパーティーメンバーも放たれた魔法の威力に驚愕している。

「あいつは不味いな……」

 パラドが小声でフェイトに話し掛ける。

「ですね……あの魔法の威力……私達、ゴールドクロウでも太刀打ち出来ない。しかも、まだ浮いていると言う事は、魔力に余裕があるという事……とんでもない化け物です」

 モンスター達が、上空の人物により壊滅させられ為、ゴールドクロウのメンバー達と合流した討伐隊のメンバーにフェイトが言う。

 そして、その言葉に続いて、フォーリスも付け加える。

「あの人物が着ている服の紋章はイーブス教の紋章です。しかも黒い服とあの魔力……恐らく『黒衣の執行者』と呼ばれる人外の幹部連中の1人……撤退すべきです。あのクラスとまともにやり合えるのはオリハルコン以上のパーティーくらいです」

「そうだな……わかった! みんな、一時撤退だ!」

 ゴールドクロウのリーダー、フェイトが、声を上げる。

「フフフ……逃すわけがないだろ……」

 上空の人物は不気味に笑うと左手に持った杖を振るう。

 すると、討伐隊の周りの石が集まり、人型に形成されていく。

「まさか! ゴーレム!!…………いや、待ってください。これは……ロックゴーレム……それも2体……」

 フォーリスが皆に伝える。

 ロックゴーレム、それは書いて字の如く、石のゴーレムである。大きさは約3m程、硬質な石の外殻に覆われた動く石の塊……呪文等は殆ど効かず、直接攻撃も打撃系以外は、殆ど効果が無い。
この世界では、最も厄介なモンスターの一角である。だが、その巨体と重量の為、素早さに欠ける。

 ロックゴーレムだけなら逃げるのは容易である……が、手を出してくる気配こそないが、上空にはそのゴーレムを作り出した人物もいる。

「最悪の状況だぜ……」

 ゴールドクロウの戦士ザインが呟く。

「くそっ! 諦めるな! ……みんな、左側の1体を集中攻撃してスキを作り、そのままエルマの町まで、撤退する! いくぞ!」

 フェイトの指示の元、全員が動きだした。素早いニールとナミールがゴーレムを翻弄し、フェイト、ザイン、パラドが攻撃を加える。さらにマークラットがゴーレムの顔を目掛けて袋を投げ付けた。
目潰しの様で、ゴーレムの顔には、粘着性の液体が張り付いている。

「よし!今だ!」

 マークラットが叫ぶ。

 目潰しにより、討伐隊を見失ったゴーレムの横をすり抜け全員が撤退する。

「よし! 抜けたぞ」

全員がゴーレムから離れ街道付近まで到着したとたん、前のメンバーが立ち止まってしまった。

「どうした!?」

 パラドが尋ね、立ち止まっているメンバーの見ている先に目をやると、街道を挟んだ南側から、次々とゴブリンが姿を現わす。そう、上空の人物はさらにゴブリン達を呼び寄せたのである。

「フフフフ……希望を持たせて落とす……最高だわ……アハハハハッ」

 そう言って不気味に笑う。

「マジか……自分で殺したくせに、また呼び寄せるとか……」

 ザインが前方の状況に驚いている中、マーラックが言う。

「いや、違う…………コイツらただのゴブリンじゃねぇ、ホブゴブリンだ……ただのゴブリンなら、大した事はないが、ホブゴブリンとなると…この数はキツイ……」

 ザインとマークラットの焦りの声がきこえる。そして、討伐隊の逃げ道を塞ぐ様にホブゴブリンが集まる。その数ざっと約50匹……メンバーに絶望感が漂う。
 背後にはロックゴーレムが2体、前方にはホブゴブリン約50匹。

「やれ……」

 上空の人物がモンスターへ命令すると、新たに呼び寄せたホブゴブリン達が、雄たけびを上げて討伐隊を攻撃しだす。

「くそーーっ!! こんな所でやられてたまるか!!」

 パシールが叫ぶ。他のメンバー達も自分と仲間達を鼓舞するかの様に、各々が声を上げる。

 魔法の武器など持っていないメンバーの攻撃ではロックゴーレムにはほぼ効かない、唯一のマジシャン見習いであるエリーナの魔法も威力が足らずほぼ効果が無い。

 ならば狙うはホブゴブリン。ホブゴブリンの強さは知能を含めて、ただのゴブリン5匹と同等と言われている。

 だが、こちらはゴールドとシルバーランクのパーティーがいる、先の戦いで疲れていると言っても死力を尽くせば何とかなる範疇だ。

 幸いにも今のところ上空の人物は攻撃してくる気配がない。

 長い夜の戦いの火蓋が切って落とされる。


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 すでに戦いが始まってから一時間ほど経過したなか…ロックゴーレムを交えた、ホブゴブリンとの闘いにザイン、ナルド、ハリル、パラド、ニール、ナミールは傷だらけになり、息も上がっている。フェイトとハヤトもキズは受けているが、何とか戦えている…しかし、状況的に厳しいと言わざるを得ない。

 後衛では、エリーナを守ろうとして、パシールが深手を負ったので、エリーヌがパシールの回復に専念し、ナルドが戦っているメンバーの回復をメインで担当している。そして、フォーリスが支援魔法と回復で皆を援護すると言う構図が出来ている。

 だが、ビショップのフォーリスも含め全員の魔力が底をつきかけている。まさにジリ貧である。

「ハァハァ……くそっ! オレもここまでなのか……」

 疲れの出てきたハヤトも覚悟を決めた。

 そのとき、セラの声が聞こえる。

「運動機能が限界に近づいています。身体強化とオートヒールを行います」

(そうだ! セラの力があるんだ!)

 記憶が戻ってから初めての戦闘と言う極度の緊張と焦りから、周りの状況しか目に入らなかったハヤトは、セラの能力を完全に忘れていたのである。

「状況確認……現在の状況から脱出を希望しますか? 危険を排除しますか?」

 この場合の脱出とは、恐らくハヤトのみの事であって、今戦っている仲間達の生還は考慮されてないはず。

「オレは、みんなを助けたい! 危険の排除だ!」

「了解しました。αCore(身体強化・体内エネルギー制御機能)20%解放・βCore(解析・ソナー・未来予測機能)10%解放。γCore(演算加速・アップデート機能)10%解放 。サポートを開始します。」

 ハヤトの傷が徐々に回復し、戦闘の疲れが和らいでいく中、左目の視界にモニターが表示される。

「石の塊相手に、オレの武器は効かない……であれば魔法だ!」

 ハヤトは、持っていた剣を鞘に納め、訓練場でセラと話した時を思い出し、ロックゴーレムの前に出て両手をゴーレムに向けた。次の瞬間、巨大な腕がハヤトに向かって振り下された。

「ハヤトさん! 危ない!」

 エリーヌの悲痛な声が聞こえる。

 そして、ゴーレムの腕がハヤトの身体に届きかけたその時

「排除します」

 セラの言葉と共に、視界のモニターが2体のゴーレムをロックオン、そしてハヤトの掌のから高出力の光線(荷電粒子砲)が2発放たれる。

 一瞬であった。眼前にいたはずのロックゴーレム2体の頭と胸部を貫いて吹き飛ばし、バラバラに破壊したのだ。
それを見たハヤト以外のその場にいる全ての者の思考が停止する。

「なんだ? あれは……」

 ザインが呟く。だが、ハヤトはここぞとばかりに前方で仲間達が戦っていたホブゴブリンにも攻撃を繰り出す。

(ゲームで使った事のあるガトリングガンをイメージして……)
「セラ、頼む!」

 セラは標的をマルチロックオンし、今度は、ハヤトの掌から小さな火のつぶてが、凄まじい勢いでホブゴブリン達を襲う。まさにイメージどおりである。

「な! …………なに!! 何ごとだ!」

 その光景を上空から見ていた人物はは驚愕の声を上げ、仲間達は呆然とする。

 そう、その場にいる全員の目の前で起こり得ない事が起こったのである。

 最高クラスの防御力を誇るロックゴーレム2体が見た事もない魔法により、一瞬でバラバラに崩れ、前方の奴らを包囲していた、ホブゴブリン達が炎系の魔法により、あっと言う間に一掃されていく。

「くっ…… 貴様……何者だ!」

 黒衣の人物がハヤトに叫び、地上に降り立つ。

 ハヤト自身、この状況に驚いているが、今は考えている時ではない。

 ハヤトは告げる。

「オレが相手になる」

「ほう! フフフ……あの程度のモンスターを倒したくらいで……調子に乗るなよ」

 ハヤトは降りてきた黒衣の人物を見て驚いた、フードを目深に被ってはいるが明らかに女である。そしてその女が不気味に笑う。

 ハヤトは、少し後ろにいたエリーヌに小声で伝える。

「オレが時間を稼ぎます。今の内に全員でエルマの街まで撤退して下さい」

「ですが……ハヤトさんだけを残してなんて……」

 エリーヌの言葉を遮り、ハヤトはさらに続ける。

「相手はバケモノです。傷ついた仲間を守りながらとなるとどの位もつか分かりません。けど、オレ1人なら何とかできます」

 ハヤトは、キツイ言い方だがこうでも言わないと素直に撤退してくれないだろうと思った。

「…………分かりました。必ず生きて帰ってきて下さい。」

 ハヤトの言葉を仲間達に伝えに行くエリーヌを見送り、目の前に降り立った女を睨み付ける。

「逃すか!!」

 女がエリーヌ達に向けて無数のファイヤーボール放つ。

「させるか! (セラ迎撃を頼む)」

 セラは瞬時にハヤトの考えを理解する。そして、女が放ったファイヤーボールの軌道と威力を計算しロックオン、それを水魔法で確実に迎撃、相殺する。

「なにっ! …………おのれ!!」

 激昂する女は、逃げるエリーヌ達討伐隊から標的をハヤトにかえる。

「ならば、貴様から殺してやる! ファイヤーボール!」

 直径1メートル程の炎の塊が女の頭上に形成されていく。

 だが、それよりも早くセラによる魔法(実際には違うのだが)が発動し、形成されたファイヤーボールを水が包み込む。効果は一目瞭然である…水の膜により、酸素供給が絶たれたファイヤーボールは一瞬で消えてしまった。

「バカな! ……私の魔法が……おのれ……ならば、これならどうだ! ダークアロー!」
 
 闇属性魔法の無数の矢がハヤトを襲う。

 だが、α・β・γCoreの強化された各能力により、ハヤトは飛んで来る矢の全てを流れるように躱しながら、先ほどのガトリングガンの魔法で反撃する。

 炎の礫が女を襲う、それに対し女も防御魔法を展開したが、圧倒的な物量に押し負け、防御魔法が破壊されていく。

「うわ~~……」

 防御魔法は崩れ、女は後方に吹き飛ばされて気を失った。これにより、黒衣の執行者と呼ばれる人外との戦いに決着が付いた。

 ハヤトは、倒れている女に近づくと生きている事を確認し、後ろ手に紐で縛り、危ない物を隠していないかセラにスキャンさせる。

「セラ頼む……(刃物を隠し持っていると危ないからな……)何々、呪冠・怨嗟と集魂の水晶……物騒な名前のアイテムだなぁ……なんに使うんだ…って何でそこまでわかるんだよ? いくら最先端AIだからと言っても情報ベースはあくまで地球だろ?」

 ハヤトは求めていた以上の情報に疑問を感じセラに聞いてみた。

「はい、以前よりこの世界の魔素を継続的に解析した結果、魔素には残留思念や記憶のような情報がデータとして残っていることを発見しました。その為、相手をスキャンすることで、その人物の記憶や知識をデータとして取り込み保存する事が可能となっています」

「マジか! ……なんと言うか……AI凄いな……」

 ハヤトがそう思った瞬間、またセラの声が頭に響いた。

「鑑定結果を報告します。 呪冠・怨嗟 装備者に強力な呪いを掛け、精神支配を行うアイテムです。 心の中にある憎しみや恨みを増幅させ、魔力に変換している様です。集魂の水晶は死者の魂を集めるアイテムです」

「精神支配を受けているのか……」

 情報を情報を手に入れる為に頬を軽く叩いて起こす。

「おい、起きろ。」
 
「うっ…………はっ!」

 女は目覚め、周りを見回す。

 倒れた状態から起き上がった事で、フードが取れ、素顔が明らかになったが、その素顔はとても美しい顔立ちをしている。ただ、目頭と目尻辺りから顎に向けて、赤く細い模様のような物が入っている。

 だが、邪教特有の模様かも知れないと、ハヤトはそれ程気にはしなかった。

 そんな事を考えていると、起き上がった女は自分の置かれている状況を理解し、暴れ始める。

「くっ……! このっ! 絶対に許さない! 絶対に殺してやる!」

 女の美しい顔が怒りと憎しみに歪み、縛っている手首からは血が滲んでいるが、ハヤトは意に介さず、女に質問する。

「お前はイーブス教とか言うのに所属する、黒衣の執行者……? だったか……その1人だな」

「だったらなんだ!」

 女は、ハヤトの質問に隠す必要もないとばかりに答える。

 黒いローブに邪神の紋章、隠さなくても見れば分かるのだから。

「お前の名前は? 目的はなんだ?」

「お前こそ、何者だ!? まさかその強さ…フレアライト級の冒険者か! フフフ……いや違うな、我らイーブス教が抑えている冒険者の中に貴様の様な者の事は載っていない。そして、見た事も無い魔法を使う…………どうだ我らのもとに来ないか?」

 女はとんでもない事を言い出す。だが、女の言質の変調にきづかず、これが時間稼ぎの質問でしか無かった事をこの後思い知らされる。

 思い掛けない勧誘に違和感を感じた、その時。

「警告……後方約15mに人がいます。攻撃魔法を検知」

 ハヤトはセラの警告により、咄嗟に振り向く。

 すると、振り向いた先から複数のファイヤーボールが飛んで来た。咄嗟にセラの能力を行使し距離を取ると、先程までハヤトのいた場所へ着弾し、中規模な爆発を起こす。

 だが、そこには当然縛り上げている執行者の女もいる。
そして、悲鳴が聞こえた。

「キャー……」

「仲間ごとか! ……けど、こう言う組織なら当然だろうな!」

「よくぞ躱したな! ワハハハ」

 シワがれた不快な声のする方を見ると、背筋の曲がった不気味な老人がいる。

「レギオン様……何故……」

 レギオンと呼ばれた老人の攻撃に巻き込まれて、息も絶え絶えに女が言う。

「おお~、居たのか。いやいやすまなんだ。しかしな、お前も良く言うではないか。役に立たない者はゴミだと。ゴミなら燃やしてしまわねばな~ワハハハ。おっと、そうじゃその前に貴重な道具を返してもらわんとな」

 そう言ってレギオンは、女の額に嵌っているサークレットと懐の中から水晶玉を魔法によって自分の所へ転移させ懐にしまと、今度は女を狙って魔法を放つ。

「フレイムランス」

「くっ!」

 女は覚悟を決めて目を瞑る。
 
「セラ!」

 ハヤトの考えとその状況を瞬時に判断し、セラが相手の魔法をロックオンし水魔法で迎撃する。

「やはり、まぐれではないのか……飛翔する魔法に自分の魔法を当て相殺する。先程は、リリスの放った複数のファイヤーボールに、今回は、ワシの放った高威力かつ、高速度のフレイムランスに……なるほどなるほど……実に興味深い……が今日はここまでにしようかの。リリス! もう貴様に要は無い」

 そう言ってレギオンは再度、リリスと呼んだ女に向かって魔法を放つ。
 
「アイスジャベリン!」

 先程よりサイズは小さいが、当たれば確実に致命傷を追うであろう氷の槍、十数本が傷を追って動けないリリスとリリスの近くにいるハヤトを襲う。

「な! 今度は氷属性の魔法か!」

 ハヤトが頼むよりも先にセラは、自分達の前に土の壁を作ってレギオンのアイスジャベリンを破壊・無効化する。
 そして、ハヤトがレギオンの方へ向き直ると、その姿はすでに消えていた。




ーーーー



「見事なヤツじゃな……まさか、ワシを相手に片手ずつ違う属性の魔法を放つとは……早めに撤退して正解じゃ」

 実はハヤト(セラ)は、レギオンが放ったファイヤーボールを相殺する際、レギオンに向けてアイスランスを放っていたのである。

 レギオンは自分の脇腹から、溢れる血を抑えながら闇へ消えて行くのであった。








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