濁らないあなたへ

そらいろ

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『声』を聞きたい

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 耳の鼓膜を震わせるのは、雑音。
 信号が青になって進めと命じるのを合図に、車やバイクのエンジン音は静かになり、それまでピタリと止まっていた沢山の足音が一斉に、それもどれも不揃いに奏で始めた。
 他人との会話も数え切れないほど行き交う。
 イヤホンから漏れる音楽も渋谷の大きなテレビジョンから聞こえる音もどれもが雑音だった。

「……」

 五月蝿い。
 聞き取ろうともしていないのに入ってくる音たちが多すぎて、気持ちが沈んでいく彼は俯きがちに横断歩道を渡る。
 鳴り止むことも無く、音の数が減ったり増えたり。その抑揚や音の大きさの幅に酔いそうになったため、人通りの少ない裏道へと早足で駆け込んだ。

「……っう」

 口元では無く、両方の耳をそれぞれの手で覆う。
 鼓膜を震わせる音が先程より幾分優しくなり、彼は冷静さを取り戻した。

「はぁ……」

 誰もいない路地裏。
 その場でしゃがみこんで目を閉じる。
 1本道を外せば、また雑音に変わりがない。

「慣らさない、と…」

 耳を覆っていた手を外し、鼓膜を自然に奏でる音を聞く。

『……、……』

 自然の中に溶け込んだ音たち。

『…~、……』

 騒がしいだけの音に交じっている、一つの音がやたらと彼を響かせる。

(なんだろ、この音。いや……声?)

『あ~…、…よ』

 その音に集中して、耳を凝らすことに限界を感じたため彼は立ち上がり、音の在り処を探しに歩み始めた。

(声が…聞こえる…)

 一歩一歩と踏み出す力が強くなり、一歩一歩と歩くスピードも速くなる。
 それに伴って彼の鼓膜を震わせる『声』が大きくなっていく。
 路地裏から出て現れたのは歩行者天国。
 それぞれのペースで大勢の人が歩き行き交い、彼の中では雑音が溢れかえっている都心だ。なのになぜか、先程のように酔わなかった。むしろ、気にも留めなかった。

(声…この声を聞きたい)

『あ~…に、~えたくて~』

 断片的に聞こえていた『声』は、やがて歌を紡む『声』だと分かった。

(聞きたい。もっと、もっと聞かせてほしい)

 息も上がってきた。歌もだんだんとはっきり聞こえてきた。
 もうすぐそこに居ると確信したのは人が集まり何かを囲っているあの場所。
 その中心からは『声』が漏れている。

(もう、すぐ…)


 渦の中心が開け『声』の持ち主が視界に入った。その瞬間、鼓膜を震わせたのは沢山の大きな大きな歓声と拍手だった。

「はぁ…はぁ…っ…」

 その場に立ち尽くし、歓声の渦にあっというまに飲まれる。
 走ったせいで身体の中に薄くなった酸素を取り込もうと、肩を大きく動かして息をする。
 しかし、空気を取り込んでいるのに落ち着くことができない。それどころか段々と息が上がって鼓動も早くなっていく。

「っは…!!はぁ…!」

(苦しい…苦しい…苦しい…)

 止まない雑音が五月蝿い。大勢の人が奏でる不規則な音が気持ち悪い。

(もう…だ、め……)

 視界も暗くなり、耳鳴りが響く。過呼吸になった息を整えられなくなって、とうとう彼は膝から崩れ落ちた。

「君!!」

 大きく奏でた『声』が彼の全身を震わせる。
 聞きたかった音が、今すぐそこにあって、脳に響いたその音に鳥肌が立った。
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