濁らないあなたへ

そらいろ

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聞きたくないのに

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「大丈夫!?」

 響く。
 声が音になって、それは彼の中に巡る。
 彼に向けられているその音に、何度息をしても吸い込めなかった酸素が取り込めるようになった。
 吐く息も吸い込む息も少しずつ少しずつ、落ち着きを取り戻していく。

「誰か!!救急車を呼んで!!」

 その声が大勢の人へ向けて奏でる。
 地面に倒れそうになった瞬間、声の持ち主は彼を 支えてくれたらしく身体は密着しあっている。それが声をより近くに響かせるせいか、何時もならすぐに不快になる人の雑音が気にならなくなっていた。

(その『声』を、俺に……)

 『声』を自分だけのものにしたい。
 そう望んだ途端に、彼の意識は遠くへ飛んだ。


___


 いつだったか。もう物心がつく前からあらゆる音に敏感だった。

 男の子だったら乗り物に興味を持つだろうと、両親が車で連れて行ってくれた鉄道博物館で、幼い僕は鳴り止まない電車の発車メロディーや走る車輪の音にパニックを起こして外へ出て逃げ回った。
 後々、両親がその時なんで逃げ回ったか俺に聞いたら、「音に押しつぶされそうだったから…」と答えたらしい。
 その時のことを覚えていないけど、沢山の音に囲まれてどうしょうもなく、逃げたくなるという感覚は今でも残っていた。

 一番最悪で憂鬱なのは、雨の降る日。
 家の中でテレビを見ていると、聞こえてくるのは外で降りしきる雨の音だった。ザーザーと降りやまない雨は、俺の鼓膜をただただ震わせる。
 雨がうるさくて聞こえないからとテレビの音量をどれだけ大きくしても、耳に入って来るのはなぜか窓の外の音。雨の日は、テレビを見ることも音楽を聞くことも辞めた。
 幼稚園や小学校でも、周りのクラスメイトとは馴染めなかった。
 授業中の話し声には耐えることができても、休み時間になるとあらゆるところから会話が飛び交い、廊下では足音がバタバタと止むことを知らない。
 沢山の誰のせいでも無い、だだただ音が俺の耳を狂わせていった。

(息が…苦しい)

 音がごちゃまぜになって、沢山の不協和音を奏でる。ある日の体育の授業中、運動場でうずくまっていた俺の異変に気づいた先生が助けようと声を掛けた。

「…ぶ!?み…くん!ね…」

 先生の慌てているその声が、最大級に俺の鼓膜を気持ち悪くさせ、その場で意識が遠くなった。


___


「んん…」

 目を開けると、見慣れない天井だった。
 包まれていた布団の手触りも匂いも見慣れない。自分の家でないところで眠っていたと瞬時に察する。

「え!!」

 おもわず驚いて飛び起きると、目があったのは一人の青年だった。

「あっ!やっと起きた!良かった」

 見たことがある青年。けれど、知り合いでも友達でも無い。たしか…

「ライブの終盤に他のお客さんかき分けて最前に来たと思ったら突然倒れたもんだからさ、ビックリしちゃったよ」

 そうだ。彼の歌声を求めて、必死に追いかけて辿り着いたときに…。
 ぐるぐると考えながら周りを見渡すと、今いる場所が病院だと分かった。

「一応、一通りの検査はしてもらったけど、どこも異常無いみたいだから安心して。かおるくん」
「え…。名前…」
「ああ!消防隊の人に説明するのに身分が分からなくって」

 罰の悪そうに、ベッド横のテーブルの上に置かれている薫のカバンを指差した。

「初対面なのに勝手に個人情報探ちゃってごめんね」
「いや、だいじょう、ぶ…」

 薫は言葉を詰まらせる。
 というのも、人とこうして会話をするのが久しぶりだった。話し方が分からなくなっている様子だった。

「じゃ、看護師さん呼ぶね」

 そう言いながら、彼は薫の枕元にあるナースコールのボタンを押す。
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